1−7. 序列裁定決闘競技公式試合・開始

『みなさん、こんにちわ。

 こちらラナノベーシ連邦王国魔法騎士マージナイト学園、第二競技場、実況室。

 わたくし学園放送ブロードキャスト騎士団ナイツ所属、実況を担当いたします、ボリルノ・バデラーゴです』


 きっちりと糊の利いた制服を着た男子学生が、マイクの前で軽く会釈する。


『解説にはこの方をお招きいたしました。

 旧王宮領内利用及び警護保全を国王陛下より任された近衛別動大隊大隊長、魔法騎士学園常任理事及び総責任者、学園長にして連邦王国子爵位のハヌトベウィ・カルブラー・トジェジセ様です』


 口元を立派な白髭が飾る老年の男性が挨拶する。


『どうも、学園のみなさん。学園長のトジェジセです。

 明日からの新学期に向けて、準備は済んでいますか?

 急ぎ取りこぼしが無いよう余裕を持って行動しましょう』


 ボリルノはもう一度隣席の人物に会釈した。


『新年度もよろしくお願いいたします。

 しかし新年度最初の挨拶が第二競技場の実況室となってしまいましたね。

 大講堂の演壇でないのは意外でした』


『急遽決闘競技の公式試合を行うと耳にしたので、学園長室から飛んできました。魔法的に』


『見事な飛翔魔法でした』


『これに関しては、一つ説明しなければなりません』


『と、おっしゃいますと』


『校門での開催宣言から一時間で準備できたのを不思議に思いませんか?』


『そうですね。忙しいはずの講義開始直前の今日に、突発的な開催にしては手際がよいと感じました。

 実を言うわたくしも、寮室の荷解きがまだ残っています』


『年度休暇前に提出された騎士生徒会活動予定表のことなのですが。

 この時間に第二競技場の設備点検を行いたいと、騎士生徒会長のオリヴァーくんから申請されていたのです』


『なるほど。学園騎士団総長は本年度も絶好調というわけですね』


『ですから、副審席で笑顔を振りまいているオリヴァーくんは試合が終わり次第、学園長室に来なさい』


『早くも場外暗闘が開始されている序列裁定ランキング決闘競技デュエル

 会場に居る運の良い新入生のみなさん。今後このレベルのやり取りが規定値デフォルトになりますから、よく覚えておいてください。

 さあそんな注目の中、最初は東側ゲートからデュエリストが登場です。

 まずは前年度個人決闘競技最多試合数を誇る黒髪の中堅騎士アベレージ、騎士生徒会庶務のコバック・ロウ。

 そして海運の公国ルイノーフからの留学生、海路の灯火ミカレント・シミュー・ルイノーフ王女殿下です』



 ミカレントとロウが第二競技場のアリーナに進み出る。


「最多試合数なんて大層なステータス、聞いてないんだけど」


「序列上位でもないのに騎士生徒会にぶち込まれたからな。

 入った当初は面白がられたんだ。

 あわよくば立場を狙ってくるヤツらも湧いて出てきて、むちゃくちゃ苦労したんだぜ」


「それで勝率はどうなの?

 中堅騎士なんて渾名から少しは察しがつくけど」


「考えの通り五分五分だよ。辛うじて勝ち越してるレベルだ」


 肩をすくめたロウは軽く周囲を見渡した。

 観客席は六分入りといったところか。

 入学式直前ならこの程度集まれば多い方だろう。


『続いて西門より、我が学園の二大騎士団から妖精団長と新鋭騎士のコンビが入場します』


 喧噪にくるまれた競技場の向かい側。

 まずは全身金属鎧の巨漢がやってきた。


 厳しい金属音が重武装の脅威を知らせてくる。

 武器は大振りの戦斧バトルアックス

 十分な筋力に支えられたそれは恐ろしい凶器に他ならない。


 ロウとミカレントは、現物を目にしていかにしてこの金属塊を打倒するか具体的な思考シミュレーションに入る。


 しかしエーンソフィ・カル・ホホディットの姿が見えない。

 よく見ればダドリーの様子も少し変だ。

 身悶えしている様に見える。


 鎧の重さを苦にするほど調整が甘いのか。

 校門前で見た体躯からそうは思えないが。

 思案している不意を打って、銀色が踊る。


「じゃ~ん!

 真打ち登場で~す」


 金属鎧の後ろから舞うように姿を表したエーンソフィは、どこから見ても立派な水色のビキニアーマーだった。

 会場のボルテージが一気に上がる。



『エーンソフィ選手の見事なパフォーマンスアンドアピール。

 観客をも取り込むファーストアタックがきれいに決まりましたね』


『あの鎧もこれまで見たことのないので、今年の新作でしょう。

 さすが妖精の眷属。色々楽しませてくれますね』


 動じない実況とほくほくとする解説者。



 ピィーッ! ピッピッ、ピィーッ!!



『主審席マリネル・テレンジー嬢、頬を膨らませ腕振り&ホイッスル連呼。

 序列上位ランカー騎士団ナイツタッグに対して危険行為の注意です』


『私的感情での審判は感心しませんが、今年度も波乱を予感させる開幕ですね』



 一方でミカレントは混乱していた。


「なんなのよあれ。

 なんなのよ、あれ!

 なんなのよっ、あれっ!!」


「三回続けなくても聞こえてる」


 どうどうと、ロウが暴れ馬を諌める。


 エーンソフィが面白そうに笑う。


「あら、ビキニ水着の起源は海路の国ルイノーフですのよ。

 姫様も水着と一緒に鎧仕立ての物をお持ちのはずですよね」


「そういうのはエキジビションや賑やかしの興行用でしょ。

 公式試合に持ち込むなんて、どうかしているんじゃないの!」


 怒りと羞恥で燃え盛る第三王女をロウがなだめる。


「待て待て、これは割りと重大で戦術に影響する大事な場面だぞ」


「あの格好のどこが?

 遊んでいるだけじゃない」


「逆だよ、逆。

 氷の妖精フラウはド真剣にあの装備なんだ。

 戦略的に物理防御を捨てている。

 完全後衛に徹して魔法戦しかしない構えだ。

 そう考えると身軽な鎧は理に適っている。

 ダドリーもあれだけの体格と筋力だ。

 盾役として対戦相手を引き止める技能を持っていないとは思えない。

 つまりオレたちは、あの金属鎧を突破しないと妖精の魔法を打たれ放題になる。

 ほら、よく考えられた難敵だろ」


「……説明はよくわかったけど。

 そこまで詳しいのは、あなた自身が鼻の下伸ばしながら盾役を経験しているからよね」


 ロウの表情が作り笑いで固まる。返す言葉がない。


「不潔っ……!」


 紅潮して謗るミカレントに、当のビキニアーマーが反論する。


「仕方がありませんわ。

 どれだけ理論で固めてもこればかりは殿方の定め。

 そして、それらを許容し利用し喜ばせてこその女というものです」


 妖精が肢体を揺らし、柔肉を弾ませ、ビキニアーマーを弛ませる。


 今一度の歓声。

 第二競技場の温度が数度は上がった。


 あんな色香の変質者が横にいたんじゃ、純情な新人騎士が身を固くするのも仕方が無い。

 ロウの中にあるダドリーへの同情が一層深まる。



『さあ、呼吸を整えた主審テレンジー書記が〔デュエル〕の詠唱に入りました。

 本年度最初となる序列裁定ランキング決闘競技デュエル公式試合オフィシャルレート

 いよいよ開始です』



 試合場の大型メインモニター下にある審判席で、マリネルが杖を掲げた。


「これより綴られる世界に重なる者は、その名を告げよ」


 会場のサイド、二つの副審席に居るオリヴァー・マステア生徒会長とサマントレ・シュグラグル副生徒会長が唱和する。


「我ローエンの子オリヴァーが汝マリネルの亜法に従う」


「供に風を紡ごう。この儀に我が風を預ける」


 マリネルが展開した魔力プールに、副審の二人が同機して魔力を注ぐ。


 これは魔法の極大行使を可能にする連結詠唱ジョイント

 簡易的な儀式魔法の一種で、 下位魔法を第十階梯以上の威力で行使できる。


 マリネルが生徒会役員二人から送られてくる魔力を使って、第二競技場全体を覆う強固な決闘フィールドを作る。


「深きいにしえの森が望む。

 子らの意志を確かに認める。

 汝らは第四階梯に従い、誇りを胸に、剣に己の身を写し、魂を掛けて競い合う。


 〔デュエル・スタンバイ〕〔マキシマイズ〕!」



 試合場と魔法が重なり、センタースクリーンに試合時間“999”秒が刻まれる。

 相対する騎士たちは各々の武器を正面に構えた。



『騎士の剣に誓いジャッジメントこの勝敗を決とする!』デュランダル



 宣誓の終わりと同時に、ロウが身を乗り出すようにして全力で駆け出した。

 何はともあれ間合いを詰める。


 残る三人はそれぞれの魔法詠唱を開始。


 エーンソフィは踊るようにバックステップをしながら完全詠唱フルキャストに入る。


「ファランデース、グラギエーム。

 アルアト、コキュヌル、ソースティ。

 ヘックセブノ、シルメサン。

 氷海に漂い吹き荒ぶ母よ、ここに契約を果たせ。

 娘ホホディットの身に依り、風さえ凍る煌めきの絹糸を。

 七つの侍従が、七つの織機で、七つの氷晶ひょうしょうを編み縫い上げる」


 氷の妖精が持つ武器は剣ではない。

 蒼色の水晶で飾られた魔法杖だ。

 軽装のビキニアーマーとあわせて、完全に魔法戦オンリーへと振り切った装備をしていた。


 そんな相手を野放しにはできない。ロウはエーンソフィへ追い縋ろうとする。


 しかし、守護する新鋭騎士が二人の間に割って入り走る黒髪騎士を魔法で狙い撃つ。


「第三階梯の攻性魔法〔ブラスト〕!」


 ロウは臆せず突き進む。

 もう一段前のめりになり短縮詠唱クイック+追加詠唱アドワード


「〔タックル〕〔ロング〕!」


 ダドリーに向かって加速する。

 横に避けるのではなく、攻性魔法の下を高速で潜る。

 追加詠唱で効果を伸ばした魔法で新鋭騎士と接敵した。


 ミカレントは波状剣と短杖の二刀流を振るい魔法を完成させる。


「第三階梯〔ファイヤーボール〕〔ブースト〕!」


 複数の炎球が生み出される。大きさが頭一つ分程もある高威力の攻性魔法だ。


「いっけえぇー!」


 こちらも飛距離を増やした追加詠唱版で、距離を取ろうとするエーンソフィを狙って放たれる。

 炎球が氷の妖精に当たり爆煙を撒き散らす。


 その中から静かな声が聞こえた。


「自己増幅魔法、第七階梯〔クリスタルアプソープション〕。

 間に合いました」


 煙を晴らし、水晶のドレスに身を包んだエーンソフィが姿を見せる。

 水晶のドレスは魔力で編まれた外部増幅機だ。


 試合時間と併設して表示されるエーンソフィのライフゲージは漸減していない。


 ミカレントが悔しがる。


「大掛かりな増幅魔法を儀式無しで行使するなんて。

 どんな代償で口頭詠唱まで落とし込んだのよ」


「このドレスは衣服を濡らします。

 冬場に使うと凍えますのよ」


「水着の意味合いってそれだったの!?」


 ダドリーと睨み合うロウが、彼女たちを横目で見る。


「言ったじゃないか。氷の妖精は本気でビキニになっているって」


「初見じゃわからないわよ!」


「だが十分だ。本来は七つあるブースターを一個削った」


 クリスタルドレスのロングスカートには左右に3つずつ大振りの結晶が付いていた。

 これが増幅器の本体だ。


 氷の妖精を背中側から見るとスカートが左右に開いており、艶の良いビキニヒップが顔を覗かせている。

 そこにあった七つ目のブースターを使い、ファイヤーボールを相殺したためだ。


 合点がいったミカレント。


「つまりあの増幅魔法は、回数制かつ攻撃で切り崩せるのね」


「あーん、姫様ってば、理解がお早くて困りますわー」


 おどけるエーンソフィだが、次の魔法詠唱を開始する。


「まずはダドリーくんにエンチャントです」


 セリフに被せた無言詠唱ダムキャストで〔エンチャントウェポン・アイス〕が発動。

 大男の戦斧に氷が貼り付く。

 容易く行われた補助魔法だが、第二階梯の無言詠唱という高度な技だ。


「ご助力、ありがとうございます」


 援護を得た氷の斧が、ロウを叩き潰さんと振り下ろされる。

 ロウはすんでで避けたが、具足に霜が張り付きライフゲージが削られる。


 ダドリーが息吹を出す。


「ふんっ!」


 素早い切り返し。

 重量がある戦斧とは思えない速度での連撃。

 単純な膂力だけではなく、武器として斧を扱う技量の高さがダドリーにはあった。


 今度は避けきれず、ロウの左胴に戦斧が命中する。

 衝撃に身を浮かす黒髪騎士だが、辛うじて踏みとどまり武装長杖を構え直す。


 全身金属鎧の騎士は訝しんだ。

 相手のライフゲージが予測より減少していない。


 ロウが悪態をつく。


「ちくしょう。鞘が割れた」


 戦斧の一撃はロウの刺料に当たり、その鞘を砕いていた。

 仕方なく左逆手で抜いて、用を成さなくなった鞘の残骸を捨てる。


 自分の攻撃は、あの小剣に当たり威力が減少したのだとダドリーは考え、即疑念を抱く。


 命中した感触は確かなものだ。

 通常なら武装ごと粉砕するだけの力があると断言できる。


 現在対峙しているロウも、長杖での受けは行わず避け優先していることも、こちらの威力を証明している。


 だがあの異国の小剣は、鞘こそ砕けたが折れも歪みもしていないではないか。


 左右の手が戦斧を防ぎきれない得物で埋まっている今が好機なのに、不気味な気配が大柄の新鋭騎士の心を捉え追撃を躊躇ためらわせた。


「ダドリーくん、試合前に言ったとおりです。

 ロウのおかしな部分に気を取られないでください。

 今はこちらが有利です。押していきましょう」


 相方を鼓舞するエーンソフィは、増幅水晶を一つ使い魔法を強化させる。

 代償として増幅水晶が溶けて、周囲のスカートが破れた。


「第六階梯〔フローズン・バレット〕〔ブースト〕」


 水に濡れた脚を晒し複数の氷球を撃ち放つ。

 先に撃たれたファイヤーボールの意趣返しでもある。


 ミカレントはこれを炎柱の魔法で防御する。


「巻き上がれ、豪炎。第四階梯〔フレイムピラー〕」


 フレイムピラーを打ち立て影に隠れるが、氷球は柱を打ち消してもなお数多く。

 降り注いだフローズン・バレットにより、炎姫のライフゲージが大きく後退した。


 ルイノーフの姫は強い焦燥感を覚えた。


 氷の妖精が行使する強化魔法はあと五回。

 全て攻撃に使われたら、確実にこちらのライフが保たない。


 しかし防御しなければ、強力な魔法の一発でライフを全損させられる危険性がある。

 どうにか反撃して、増幅魔法を切り崩さなければならない。


 ロウも眼前の相手を仕留めるべく準備を整える。

 第三階梯の魔法を唱え、両手の武器を重ねた。


「新たなる島の匠よ巧め。

 第三階梯〔エンチャントウェポン・ハールーン〕」


 左手の脇差しが武装長杖の先端に装着される。

 さらに、その形は鎚状に変化していた。


 ダドリーが兜の下で渋面になる。

 多少長さがあっても木製杖の攻撃なら、自分の金属鎧ならいくらでも耐えきれると踏んでいたが、ここでも予想が外れる。


 まさか即席で金槌が用意されるとは思わなかった。

 これが魔法騎士学園の完全武装公式試合。

 一筋縄にはいかないと気を引き締め直す。



『さあ、序盤から攻防目まぐるしい両チーム。

 ダドリー選手の攻性魔法から始まり、ひとしきりの補助魔法も使われました』


『試合の流れは、増幅魔法を成功させたエーンソフィくんが握っている感じがありますね。

 やはり氷の妖精フラウの二つ名持ち。個人序列で上位に数えられるだけはあります。

 彼女の魔法が勝敗を分けるでしょう』


『おっと、ここで対戦相手からの総評が”良い意味で悪い”ロウ選手が動きます』



「〔マナレイ〕」


 ロウが唱えたのは単発の牽制魔法。攻性魔法だがダメージはたかが知れている。

 昨日の〔デュエル〕で使った足元からのポップアップではなく、直接大柄なダドリーの頭部を狙う。


 大男もこれは避けられないと覚悟して、命中の衝撃に備える。


 しかし、光条はダドリーの兜を迂回するとエーンソフィへと飛んでいった。


「あんっ、もう。

 まいどながらいやらしい魔法ですわね」


 不意打ちに氷の妖精が拗ねる。

 曲芸射がきれいに入り、増幅水晶の一つが水しぶきを出して弾けた。


 隙を逃さずミカレントが腰だめになる。

 短杖を鞘に戻し、波状剣の切っ先を背に向けて柄をしっかりと両手で握る。


「第三階梯〔ジェット〕!」


 刀身から爆発的に炎を噴射して飛び出す。


 これは練習中の飛行魔法。

 昨日中庭に降り立った時はバランス重視で出力を絞っていたが、今は直進だけ考えた爆発魔法に近い。


 男二人を飛びこえて、氷のドレスを着たエーンソフィ目掛けて噴煙が伸びる。


「せりゃぁーっ!!」


 そのまま勢いに任せて切りつけた。

 流石に大振りの剣では、身軽な氷の妖精に避けられてしまう。


 ミカレントは危ういバランスでざさっと地面に二条跡を刻む。急制動で足が少し痛い。


 距離を取っての攻性魔法合戦より、近づいて切りつけたほうが確実と見切っての奥の手だった。

 〔ジェット〕は扱い難い未完成の魔法だが、接近という目的は果たせた。次は手数重視で相手のドレスを削っていくだけだ。


 ダドリー・ルトン・ゴカテケスルは戦斧での攻撃をコバック・ロウへ続ける。

 踏み込んでの突き。

 極低温の冷気を纏った斧先が見事な一閃を描く。


 ロウは後ろに下がりながら避ける。

 身を捻って得物の長さを活かした突き返しが命中。


 長鎚ハールーンになった武器は十分な威力を発揮した。

 金属鎧のダドリーに重なるライフゲージが、見て分かるだけ減少する。


 そのまま互いに長物の間合いで打ち合い、二人のライフゲージがジリジリと削れていく。


 ダドリーは若干の焦りと共に興奮を覚える。

 ロウは強い。戦闘が巧みで技の引き出しが多い。


 打ち合いでも同じ動きが少なく先が読み難い。

 攻撃力はダドリーが上だが、なかなか好ヒットが出ずに押し切れない。


 これで学園の中堅だという事実に武者震いする。

 魔法騎士学園に入学し、ミカレント姫に出会って浮かれていた自分に喝を入れる。



 エーンソフィは、無言で自身に〔エンチャントウェポン・アイス〕。

 ミカレントの接近に対抗するため杖を氷の短槍にする。


 炎の姫がしきりに攻撃してくるが、短槍の受け流しと軽やかなステップで乗り切り、勝利に向けて第九階梯の完全詠唱フルキャストに入る。


「ジャイオーム、シャイオン。

 フラトケラ、モイラッド。

 ベルバ、リミティ、シャズケット。

 氷海に漂い吹き荒ぶ母よ、ここに契約を果たせ。

 娘ホホディットの身に依り、静寂に煌めく一つの世界を。

 白光の銀、吐息の韻。我侭に募り、雲母に積もる。

 生命が絶え、御霊が耐える。真白に迷い、魂が彷徨う。

 これは凍てつく慟哭がなす楼閣なり。

 連なり顕現せよ。第九の迷宮!」


 エーンソフィは氷晶を3つ破棄して魔力を大増幅する。


 第九階梯は個人が発現させられる最上位魔法だ。

 これ以上の階梯は、最低でも連結詠唱ジョイントを行い儀式としての体裁を整えなければならない。


 氷の妖精が長い脚のコンパスで半径を重ねた2つの円を描く。


「〔ヴァクラヴィリンス〕!」


 描かれた半重ねの円から強烈な冷気が噴き出した。

 冷気が二つの円の中心を一線で結び、さらに両端から内角120度曲がった線を伸ばす。

 円に触れた冷気の線は再度内角120度に曲がり円の外へ。

 円の中と同じだけ線を伸ばし、三度120度曲が伸びる。


 これで両端が繋ぎ合わさり正六角形ができた。


 そして6つの角から今一度冷気の線が走る。

 最初に描かれた六角形を囲むように、6つの同形を作る。

 後は一気に、競技場全体に六角形の図を広げた。


 ミカレントは足元に敷かれた冷気の幾何学模様を警戒する。


「これは一体なに!?」


 横目でパートナーの状況を把握したロウは、一言で伝わることを祈る。


「色の無い場所に立て!」


 黒髪の騎士が言うように、六角形には氷が張られた場所と枠線だけの二種類があった。

 迷いなくミカレントは枠線の中に入る。


 次の光景は衝撃的だった。


 ドンッと空気が震えた。


 数え切れないほどの六角柱が聳え立った音だ。


 氷が張られた六角形が、地面から天上目掛けて押し上がったからだ。


 現れた氷柱の高さは2mほど。不規則に立ち並び、視界と行動範囲を制限している。


 作り上げられたのはまさに氷の迷宮だった。


 これが第九階梯の威力、地形変化の戦術級魔法。


 非常にまずい。炎の姫君は焦る。


 この魔法はミカレントたちを一気に不利へと追い込んだ。

 手法としては昨日ミカレントが唱えた〔フレイムピラー〕の壁と同じものだ。

 魔法で自分と相手を分かち仕切り直す。


 ただしエーンソフィが唱えた氷の迷宮は、戦場の再設定に近い大きさだ。

 単純に迂回で凌げる代物ではない。

 ロウと完全に分断させられた。


 なにより唱えた術者は迷路の正解を知っている。


 一瞬〔ジェット〕で飛び越そうと考えて、押し留まる。

 地の利を相手に取られているのだ。

 視界が制限されては、上に昇っても着地場所が定まらない。

 下手に飛び上がっても撃ち落とされるだけだ。


 エーンソフィ自身はちゃっかり氷柱の上に乗っていた。

 氷柱を渡ってダドリーとロウが戦っているスペースに向かう。


「それではそれでは、孤立した黒猫さん狩りといきましょー」


 氷の妖精フラウはゆっくりと歩きで進んでいく。

 大魔法の負荷で大きく息を乱しているためだ。

 額に汗吹き、前髪が張り付いている。

 氷のドレスも半ば溶け落ち、残りのブースターも最後の一つを残すのみ。


 自分たちの有利を感じたダドリーは、定例的ではあるが降参の勧告をする。


「この勝負、大局を制したのはこちらです。

 試合を降りられますか?」


「いいや、まだ終わっちゃいない。

 雪の子と合流するより先に、お前を倒せばいい」


 中堅騎士アべレージは不敵に笑い返す。

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