1−3. 騎士生徒会の面々

 ルイノーフ公国第三王女との決闘から一夜明け、新入生歓迎の準備が忙しい昼前。

 書類や工作道具が入った木箱を抱えたコバック・ロウは、身体にまとわりつく倦怠感に悩まされながらも校舎の廊下を進んでいた。


 昨日は魔力を許容量限界まで使い尽くた上に、ロウの呪術の師でもあるマリネル・テレンジーの強力な爆発魔法を受けてしまい、失神した。


 聞いた所では、サマントレ・シュグラグル副生徒会長が倒れたロウを寮まで移送して部屋に放り込んだらしい。

 目覚めた時、部屋の床に突っ伏していたので文字通り投げ込まれたのだろう。


 せめて気絶している時ぐらい、もう少し部下に優しくして欲しかった。


 今朝目覚めてからも仕事の連続で魔力回復もままならなず、いまいち身体に力が入らない。


 それでも仕事は山とある。


 昨日の学内点検も持ち越しているから、ロウの作業量は多忙を極めている。


「フリエジオとランザも帰ってくるのは昼過ぎだし。猫の子の手も借りたい気分だ」


 どうにもできないが、とりあえず愚痴っておく。


「面白い表現ですわね。仔猫になにを手伝わせるのですか?」


 鈴の音に似た声がロウの前を横切る。


 そこには銀色の長い髪を風に流す、学園内では氷の妖精フラウとも呼ばれる学内序列第七位の魔法騎士がいた。


「そっちの予想通り、くにで使われている忙しさの例えだよ」


「でしたらこのエーンソフィ・カル・ホホディットの手をお貸ししますが、入用ですか?」


 エーンソフィは踊るような軽やかさでロウの隣にやってくる。


 彼女とはロウが入学してから色々な催事や事件で縁ができ、以後微妙な距離の友人を続けている。


「休み明けのお嬢様は自分の学生騎士団サークルをまとめなきゃいけないだろ。序列上位ランカー騎士団ナイツの団長なんだから仕事はあるはずだ」


「ご心配無く。明日の準備は抜かりなく万端ですわ。騎士生徒会に最後の書類を出したおり面白い話を聞いたので、こうしてからからかいに来たのです」


 からかうと直球で言い切ったぞ、この妖精の血族。

 ロウの片眉が青筋立てて跳ね上がった。



 魔法騎士学園には生徒で結成された学生騎士団サークルというグループが複数存在し、学内の個々人の序列とは別に騎士団での順位付けがある。


 しかも騎士団序列は王都の宮殿魔法騎士学園だけでなく、各地方の騎士学園も参加する国で一つの巨大なものだ。

 催し物や決闘競技には騎士団単位で参加することが多く、そこでの結果が順位付けに反映される。


 真の魔法騎士の誉れは、ただ個人が強くても得られるものではない。

 騎士団を運営する統率力や先を見据えた慧眼も要求される。


 学生騎士団はそうした総合的な評価を定めるシステムとして、また指揮をする側の人間への振るい掛けと集団活動での訓練も兼ねられている。


 更に学生騎士団の中には由緒正しく伝統と世代を重ね、卒業生が本物の魔法騎士団に在籍し深く繋がっているところもある。

 所属する騎士団によって卒業後の進路に大きく関わるのだ。


 新入生も希望に胸膨らませ人気や実力のある騎士団を訪れ入団を申し込むだろう。


 当然、希望者が多い騎士団も相応の受け付け準備が必要になる。

 ロウが指摘したのはその事前準備のことで、エーンソフィが軽くいなしたわけだ。



 妖精の祝福フェアリーパウダー騎士団ナイツの団長がロウに薄く笑いかける


「なんでも早速と新入生の女生徒を誑かしたそうですね」


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。オレは何もしていない。会長のはかりごとに巻き込まれただけだ」


 毅然と言い切りロウが脚を早める。


 しかしエーンソフィが逃がしてたまるかと強引に腕を絡ませてきた。口元は猫のような曲線を描いている。


「本当ですか?

 どうなのですか?」


 荷物を抱えているロウにはエーンソフィを強引に振りほどけない。


 好奇心に目を輝かせる氷の妖精のしつこさに辟易していると、向かいからマリネルがやってきた。


「なにをしているんですかっ」


 腕を組んで歩く二人を見て状況を看過するはずもない。二人を力づくで引き離そうとする。


「ロウは仕事中なんですから、邪魔をしないでください」


「あら、昨日の決闘をお教えくださったのはマリネルさんじゃありませんか」


 涙目のマリネルがぐいぐいと力を込めてエーンソフィを引っ張るが、如何せん彼女は非力である。


「気になりませんか。ロウがどんな方法でルイノーフの第三王女を怒らせたのかを」


 力ではエーンソフィを引き剥がせないと悟ったマリネルは、ロウのもう片方の腕に絡んできた。


 ……どうしてこうなる。


 二人に挟まれたロウは途方に暮れる。


「ロウがまた女の子の着替えを覗いたって……」


「だから昨日のは事故だ。それに”また”ってなんだよ」


「あら、下着姿ならわたくしのも見たではないですか」


「私も見られた……」


「両方とも不可抗力だ。それにちゃんと謝っただろ。蒸し返さないでくれ」


 生徒会室が近づくにつれ、廊下で擦れ違う生徒の数が増えてきた。

 エーンソフィと同じく騎士団の申請関連でやってきたのだろう。

 そんな中を妖精と魔女に絡まれて歩くのは、投獄される罪人のようで心が痛い。


「それだけじゃありません。ロウにはお尻も撫でられましたわ」


「首筋かじられた……」


「胸を揉みしだかれたわ」


「太股舐められた……」


「告白されましたわ」


「押し倒された……」


「公衆の面前であることないこと言うのはやめてくれ!」


 ひそひそ、やっぱりあの人……。


 視界の端にすれ違う生徒たちが耳打ちしているのが見えた。


 勘弁してくれ。


「それはそうとマリネルさん。お休みの間、きちんとボディケアと鍛錬は怠っていないでしょうね」


 エーンソフィが素早く腕を伸ばしマリネルの三角帽子を取り上げる。

 強めの巻き毛がウェーブをとなって広がり、柑橘系の香りがロウの鼻孔を擦った。


「や、返してくださいぃ」


 涙目のマリネルがロウ越しに腕を伸ばすが、届くはずもない。

 的確に魔女の格好をチェックしたエーンソフィが朗らかに笑い、帽子を友人に返した。


「身嗜みは及第点ですね。やればできるじゃないですか」


 ……去年、入学してきた頃のマリネルはそれはそれは酷いものだった。

 外観も内面的にも、とても人前には出せない代物だった。

 髪はぼさぼさ、頭半分は小さく見える酷い猫背。そして常に俯きぶつぶつと独り言を繰り返す不気味さ。伝承さながらの悪い魔女だったのだ。


 さすがに見兼ねたエーンソフィたち女性有志が徹底的な改造を施し、現況にまで押し上げた。

 一重に生徒会に携わる人間を見れるものにするため、学園の名誉のためである。


「そしてロウに確認です。マリネルさんのプロポーションはどうでしょう。わたくしのものと比較して表現されても良いですよ」


 エーンソフィが腕に力を込めて胸部を押し付けてきた。

 制服越しにもひと目で解る大きさで、脚色無しに柔らかく、張りがあり若さに任せた弾力もある。


 ロウは思わず脚を止めてしまった。

 唐突な振りにわけもわからず大きく嚥下する。


 その様子を見たマリネルは、いつもの涙目に加え頬をふくらませて対抗する。

 若い魔女が力の限り黒髪騎士の腕を引く。

 マリネルのそれはケープに隠されているが、大きい。とても大きい。


 見事な形を保つエーンソフィのモノと比べても大きかった。衣服が無ければロウの腕さえも挟めるのではないだろうか。 


 再びロウの喉を鳴らす。


 答えなければ次はこちら押し付けるぞと尻を振る氷の妖精。

 魔女の脇腹を指で突き牽制するのも忘れない。

 なにより顔にはニヤニヤと楽しげな笑いを張り付かせている。


 マリネルは決死の覚悟で双房をロウの腕に添わせているが、完全に腰が引けていた。涙が決壊するのも時間の問題だ。


 ロウの頭の中で、色々な本能とか理性とか悪魔の囁きや天使の誘いが渦巻くが、一刀両断で快刀乱麻を断つ。


 ここは真っ直ぐに立ち向かい敵陣中央を突破撤退するべきだ。

 エーンソフィの奸計に惑わされてはいけない。

 質問の趣旨は胸部だけではなくプロポーション、全体を対象にしている。


「マリネルはちゃんと俺たちが訓練つけてるよ。前みたいに体形が崩れることはないさ。少しずつだけど体力や腕力も付いてきている」


 早口に批評を述べて歩みを再開する。


 本当に少しずつだけどな。


 今もマリネルが絡んでいる腕は一払いで捌けるだろうが、口にはしない。


 魔女の外見改造は女子の領分だったが、魔法騎士として致命的なまでに非力な彼女を鍛えるのは所属する騎士団の使命とされた。

 ロウを含め所属騎士団は全力でこれに対応した。

 生まれてこの方、杖より重たいものを持ったことがなく、椅子から降りたことがないのではと疑われたマリネルの虚弱体質も、子供並みの体力を得るまでにはなった。


 ……騎士として武器戦闘を行うのは、まだまだ先の話ではあるが。


 今日はこれぐらいでやめてあげましょうと、自分勝手な妖精が引き下がる。しかし腕は外さない。

 マリネルはロウの褒め言葉に顔を赤らめ脇に寄り添ってくる。


 やだ、またあの人。ふたりも侍らせて……。

 うらやまけしからん。穴だ、穴を掘れ!


 廊下で現場を見かけた生徒たちがまたロウの悪評を大きくしてゆく。


 本気で勘弁してくれ。


 羞恥に耐えながらなんとか生徒会室に逃げ込んで荷物を置くと、自由になった腕で二人の拘束から抜け出る。


 ロウが箱に入れていた道具を片づけ始めると、エーンソフィが肩を突っついてきた。


「それで、あれはどうしますの?」


 じぃーー……。


 生徒会室の扉枠に半身乗り出したミカレント・シミュー・ルイノーフが張り付いていた。


 実はエーンソフィと出会う前から隠れ切れていない尾行をされていたのだが、面倒くさい臭いしかしなかったので無視していた。


 これ見よがしに大声で白を切ってみる。


「え、なんだって!?」


「ですから、あの火の玉ウィスプさんですよ。付け加えるなら最初の頃から眼力があがっていますよ」


 しかしエーンソフィは平然と話題を変えなかった。


「お前らが煽ったんだろうがっ」


「でも、嘘は言ってないよ……」


 マリネルの言葉には無反応を決め込む。これ以上傷痕を抉り返したくはない。


「ならば、コバック・ロウに一つ命令だ」


 声の主は騎士生徒会副会長のサマントレ・シュグラグル。事務卓でせっせと仕事をこなしていた女騎士がロウを指名する。


「さっさと事情を説明して誤解を解け。

 ミカレント姫は友好国からの留学生なんだ。

 ラノベ連邦王国魔法騎士団マージナイツの品位が貶められないよう最大限の努力を示せ」


 機械的事務的な口調の副団長が冷酷な声音と視線でロウを攻める。

 上司に命令されては逃げられない。


 ここはミカレント姫にお茶を振る舞いでもして穏便に立ち去ってもらおう。

 ロウは意識して笑顔を作り炎の魔法騎士に呼び掛けた。


「そんな扉に張り付いておらず、どうぞこちらにおかけください。今お茶を煎れますから」


 接客用の円テーブルにある椅子を引いて誘う。


「美味しいお茶請けもありますよ」


 なぜか部外者のエーンソフィが我が物顔で卓上に置かれていた小籠を見せる。中には珍品である最中が入っている。


 ミカレントは半眼でロウを睨みつつ、髪を梳いて見栄を張る。


「ふん、呼ばれたからには応えてあげるわよ。寛大な私の心に感謝なさい」


「……すぐにお湯を沸かしますね」


 三角帽を脱いだマリネルが小振りな薬缶が乗る敷板を指先で軽く叩き、魔力を通して湯沸し機能を点けた。

 この薄板も限定的な魔法使いの杖キャストで、通された魔力を熱に変える魔法が書き込まれている。

 見る間に薬缶が沸騰しはじめた。


「お茶の準備はこっちでするから、ロウは姫様のお相手をして上げて……」


「助かるよ。

 それでは姫様、よろしいでしょうか」


 誘われた椅子に座るミカレントが一同を見渡した。


「先に言っておくわ。今の私はラノベ連邦王国魔法騎士学園の生徒でもあるの。不必要な遠慮はいらないから」


 事務卓の女騎士が起立して略礼をする。


「ですが先に一件、片付けさせてください。

 昨日さくじつはとんだ事態に巻き込んでしまい、すみませんでした。

 コバックなら多少無茶をしても壊れませんので、ご自由にお使いください」


「最近オレの扱いがぞんざい過ぎません?」


「文句はオリヴァーに言え。ヤツの謀略で私の仕事も増えているんだぞ」


 薄く熱い怒りを孕む声で女騎士が嘲笑する。

 昨日の三階小火を思い出し、あっとミカレントが声を上げた。


「こちらこそ、すみませんでした。あの時は覗き魔を懲らしめたい一心で」


「気にしないでください。悪いのは男衆ですから」


 着席するサマントレが、ほら今がタイミングだとロウを促す。


「オレにも謝罪をさせてください」


 ロウがミカレントに頭を下げる。


「昨日は着替え中に失礼致しました。平にご容赦を」


「あら、意外に素直なのね。決闘デュエルの結果では諸々を流すと言ったのに」


「流れるに越したことはないが筋は通さないと、その先の説明も言い訳がましくなるだろ」


「なるほど、覗き慣れているというのは本当のようね」


 ミカレントの皮肉にロウが氷の妖精と魔女を睨む。

 いつの間にかエーンソフィは円テーブルの一席を陣取り反省の色無し。

 マリネルは抹茶を点てる作業を盾にしてロウの追求を逃げた。


 ひとまずの謝罪を確かめたサマントレは事務仕事に戻った。


 ロウは眉をしかめながらも話を進める。


「改めての自己紹介になるが、オレの名前はコバック・ロウ。奇縁に絡まれ騎士生徒会の雑用係をしている。以後よろしく。

 そっちの雪ん子は小妖精グレムリン程度に思っておいてくれ。

 最後に茶を点てているのが昨日もいたマリネル会計。

 以上紹介終わり」

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