1−2. ファーストバトル

 そんな時、決闘空間となっている中庭へ一人の女生徒が走り込んできた。

 頭に三角帽を乗せケープを纏い長杖を握った騎士生徒会書記のマリネル・テレンジーだ。


「な、なんでこんなことに……」


 爆発音を聞いてから一生懸命走ってきたが、足に自信のないマリネルにはこれが精一杯だった。

 学生騎士生徒会長のオリヴァーが気安く声を掛けてくる。


「やあ、マリネルくん。予定通り校内の点検は終わったかな。

 明後日には新入生が沢山入ってくるんだ。万全の状態で迎え入れたいね」

「これ、会長が審判役なんですか?」

「なかなかに白熱したところだ。周りのみんなも夢中で観ているよ」


 校舎を見上げると、各階の窓に見物している生徒たちが何組かいた。

 若い魔女はそれだけで何が行われているのか理解した。


「また、悪巧みですか?」


 マリネルが前髪で半分隠れる瞳を涙で揺らす。

 さすがのオリヴァーも少し顔を曇らせる。


「ロウくんもだけど、すぐに僕を悪者にするのはやめてくれないかな。これは最低限必要な措置と思ってくれ」


「解り、ました……。彼女、なんですね。ルイノーフの」


「マリネルくんが賢い魔女で助かるよ」


 オリヴァーが息が上がっている部下を称える。


「でも、ロウの呪いって、そろそろ時間じゃ……」


「いやぁほら。僕って献身的に働く部下にささやかな贈り物をする心優しい上司だろう」


「……物は言い様ですね」


 マリネルは泣きたくなった。実際ちょっと泣いた。




 決闘を続ける騎士たちは、それぞれの武器で勇壮に打ち合う。

 見知らぬ魔法に気後れ気味だったミカレントだが、持ち前の勝気で盛り返してきた。


「武器が変わったぐらいでなによ。覗き魔になんか負けないんだから」


 波状剣を振るい、ロウのライフポイントを切り裂こうとする。

 一方でロウはまさに仕切り直しで仕掛けてきた。


「〔マナレイ〕〔マナレイ〕」


「低位魔法でライフを削るのイライラするからやめなさいよっ!」


「こういう駆け引きが戦術だろ」


 小狡い魔法でミカレントの注意を下方に集めてからの、太刀による連続突き。うち有効打が二回、王女の身体に命中。

 ついにライフポイントでロウが勝った。


 ミカレントも仕返しに全力で切りかかる。

 波状剣を受け止められはするが、付与エンチャントされた炎でロウの腕を焼き焦がす。ライフ差がまた逆転する。


 ロウが武器を変えてからの近距離戦は、一進一退のシーソーゲームになってきた。

 しかしミカレントはこのまま剣戟の削り合いを続けては自分が負けると感じた。

 武器の優劣を返されたのが思いの外効いている。


 自分とロウの戦力比は魔法で8:2、剣術で4:6だと見立てる。

 ロウは取り立てて強い騎士ではないが弱点も見当たらない。

 強いて特徴とするなら、あまり人が使わない呪術魔法を使い、剣術も独自の型であることか。


 これなら最初から距離を保つ戦いをしていた方が良かった。ロウが短剣を持っていたから斬り合いを受けて立ってしまった。

 仮に帯剣の種類も近接を誘うの一つと考えれば、策士としての頭も備わっていることになる。


 ルイノーフ公国第三王女ミカレントの実力を思い知らせる。

 そんな理由だけで近接を許すのではなかった。

 悔やんでも仕方が無い。ロウが言うように自分も戦い方を仕切り直す必要がある。


「巻き上がれ、豪炎。第四階梯〔フレイムピラー〕!」


 二人の騎士が構えるその中間に、身長を超える高さまで炎が吹き上がる。

 放射熱を肌で感じたのかロウが下がる。柱の側にいるだけでライフポイントが下がってゆくほどの高威力魔法だった。


「列せよ〔サイズワイド〕」


 ミカレントの追加詠唱で、最初の柱を起点に複数の炎柱がロウを追うように立ち並ぶ。

 次々に打ち立つ炎柱に、ロウが後ろトンボを切って更に距離を取る。


 炎の柱が連なり、燃える壁と変わった。

 この魔法は数分間自動で燃え続ける持続型。

 短縮詠唱で使うには重たい魔法だ。


 しかしミカレントは易々と効果拡大までこなして見せた。

 これほどまでの魔法行使ができるのは、国内でも指折り数える程度だ。

 魔法使いとしての才覚が垣間見える。


 炎の攻撃を避けるロウは何やら補助の呪術を使ったようだ。

 状況からみて炎耐性の呪文か。

 だがその程度でミカレントの炎は完全に防げない。


 ロウはライフゲージが減らないギリギリの距離で炎壁を走り抜けようとする。

 なんとか炎の姫に食らいついて、再び武器戦闘に持ち込もうという算段だろう。


 だが、炎の魔法騎士がそんな猶予を与えるはずがない。

 炎壁を挟み相手のいる逆側に移動しながら〔ボイルダート〕を曲射で打ち込む。

 ロウが脚が止まり、これで両者の間を炎の壁が隔てることになった。正に仕切り直し。


 状況はミカレントの方が優位だ。後は並んだ炎柱越しに攻性魔法を放てば決闘は終わる。

 中位魔法の拡大行使に軽い頭痛がするが、炎で仕切られた今なら十分に体勢を立て直せる。

 ミカレントが魔力消費の脱力感に両腕を垂らし、反動を付けて思いっきり息を吸い込み少女らしい胸を張る。

 次がトドメだ。


 先にロウから詠唱に入る。

 ミカレントに対して半身になり、頭上に太刀を担ぐ型を取った。


「ここに新しき島より来たる第五階梯律法を奉ずる。

 残るは破、あるは砕、定めるは射。

 逆しまにってここに術理を結ぶ。

 は堅城の石垣を破砕の目にて射る。

 は飛翔の槍矢にて一点を穿ち刻む。

 は合理の法を以って破城を成す」


 このタイミングで完全詠唱フルキャスト

 実力差が明白なのに、攻性魔法の打ち合いをする気!?


 今日何度目かになる驚きにミカレントは一瞬硬直した。

 驚き慣れたと思ったが、この黒髪騎士にはまだ隠し手があった。


 詠唱の終了予告だろうか、ロウの頭上にこれ見よがしのカウントダウンが表示される。


 カウント5。


 それならまだ間に合う。

 炎柱の隙間から見える獲物を見定めて、軽く唇を舐め魔法の準備に入る。


 カウント4。


「第五階梯の炎よ舞え。

 碧き海路の国より出でる焔が謳う。

 瞬きは永遠とわに、羽撃きは紅蓮に」


 抱くように広げたミカレントの腕の中で、炎が渦巻き卵形にまとまりだす。

 詠唱している魔法の階梯から、ロウは炎の柱ごとミカレントを吹き飛ばすつもりだろう。それなら自分の魔法が先に発動する。


 カウント3。


 黒髪騎士がニヤリと笑う。


「〔ドットバリスタ〕」


 ロウの魔法が発動した。

 頭上のカウントは2。


 えっ!?


 太刀使いは輝く両手を頭上に掲げて重ねると、左右に広げ光の大弩を作り出す。

 その上にロウ自身が身軽に飛び乗ると、強烈な速度で射ち出された。


 カウント1。


 直感でミカレントは抱えていた炎の卵を紐解き、作り出した炎の翼でガードを固める。

 炎の壁を太刀で切り裂き潜り抜けたロウがミカレントの直前にまで迫り、カウント0。


 ロウの頭上が大爆発。


 カウント表示の爆発が両者のライフポイントを吹き飛ばし、決闘場の魔法は引き分けドローの判定を下す。


 予感的中のミカレントは片膝を付いて目眩に耐えている。

 爆発は炎の翼を掻き消すほどの大威力だった。防護に徹しなければどうなっていたか。


 一方で勢い良く吹き飛んだロウは中庭に倒れ込んだが、すぐに軽快に飛び起きる。

 受け身が上手かったのか、頭上が爆発したのにミカレントより早く復帰した。

 〔デュエル〕の魔法が終了したので、再現された腕の怪我も消えている。


「これで終わりだ。引き分けだった場合の結果を決めていなかったから、この件の一切を水に流すということを提案するぜ」


 元の長さに戻った脇差しを逆手に返して納刀したロウが、制服に付いた埃を払う。

 剣を鞘に納めたオリヴァーがぱちぱちと拍手する。


「お見事だね。審判の僕としても異論はないよ」


「冗談じゃないわ。最後のカウントダウンは何よ。あれ、あなたが何かしたわけじゃないでしょ」


 決闘の結果に納得出来ないのはミカレントだ。決闘前と変わらない威勢でロウに詰め寄る。

 ロウが最後に唱えたのは重量物射出の魔法だ。謎の爆発とは関係ない。

 対戦相手の頭に表示されたカウントと魔法発動のずれから、ミカレントはそこまで見抜いた。


 第一に爆発を制御していたのなら、ミカレントを巻き込んだ自爆をせずとも爆発魔法単体を使えばいい。


 オリヴァーが審判ジャッジをしているのだから決闘に第三者が介入したとは思えない。それにロウが試合前に何かを仕込んだ様子もない。


「一体どうなっているのよ!」


 状況を理解できず憤慨やるせないミカレントにマリネルが走り寄った。

 新入生に魔女が頭を下げる。


「ご、ごめんなさい! アレはあたしがロウにかけた更衣室点検監視用の呪いなの」


「はぁ? あなた誰よ」


 突然の新人物登場にミカレントが怪訝な顔をする。

 オリヴァーがマリネルの横に立ち解説する。


「紹介しよう。騎士生徒会の書記であるマリネル・テレンジーくんだ」


「あれは、その。部屋の中で特定の動作以外をすると爆発する簡易的な呪いで……」


 つまり点検にかこつけてロウにふらちな行動をさせない。監視と罰則の措置である。


 俯いて辿々しく説明し出したマリネルを生徒会長が静止した。


「そういうわけだよ、ミカレント。

 ロウくんの呪いは決闘前から別の目的で準備されていたものだ。不正をしたわけじゃない。逆に上手く使ったと褒めべるきだろう」


 尊敬するオリヴァーにそう言われてはミカレントも言い返せない。


「それじゃ、この話はここまでということで。マリネルくんはサマントレくんを呼んで来て、三階の片付けをお願いしてくれ」


「また副会長に怒られますよ……」


「必要経費だ。一時間ぐらいの説教なら聞き流すさ」


 騎士生徒会の二人にロウが歩み寄る。


「オレからはマリネルに一つ報告がある」


「なにかし、きゃっ!」


 いきなりロウがマリネルにもたれ掛かった。


「爆発の威力、高すぎだ……」


 黒髪騎士がそのまま気絶する。

 マリネルはロウを支え切れず、押し倒される形になった。


「ちょ、どいて……。う、腕が胸に……」


 騎士生徒会書記が真っ赤な顔で狼狽える。

 非力なマリネルでは、意識を失ったロウを身体の上から動かすことが出来ない。


 それを見たオリヴァーは不純異性交遊は禁止だよと言葉だけの対応をして、ニコニコと笑っていた。


 怒りのミカレントが波状剣を振り回す。


「やっぱり不埒者じゃないのーーっ!!」

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