ラナノベーシ魔法騎士学園 ―ジャッジメント・デュランダル―

石狩晴海

1.炎と氷と

1−1. ファーストコンタクト

 ドアを開けると下着姿の女生徒がいた。

 学生騎士生徒会庶務のコバック・ロウは一歩下がって部屋の表札を見直す。


 『3階女子更衣室』


 うん。間違っていない。

 部屋の中に視線を戻して、赤い顔で震える女生徒に忠告する。


「今ここは使用できない場所だ。着替えるなら別の階の」


「きゃあああーーー!!!」


 女生徒が悲鳴を上げながら脇に置いていた自分の帯剣を引き抜くと、波状剣フランベルジュを振りかざし無言詠唱ダムキャストで複数の火球を作り出した。

 波状剣の揺らぎが高温の熱波で更に揺れる。


「ま、待ってくれ。学内での魔法私的利用は原則禁止で」


「とにかく出てけぇー! 〔ボイルダート〕!」


 怒号と呪文を合図に火球が飛んでくる。


「聞く耳無しか!」


 ロウは廊下に向かっての横っ飛びでこれを避ける。


「逃がさないわ!」


 しかし火球は術者の意志で屈折し、ロウの背中を的にする。

 慌ててロウは第一階梯魔法を短縮詠唱クイック


「〔タックル〕!」


 魔法で強制的に横へ飛んだ。

 運良く開いていた廊下の窓枠を通り抜け中庭へ。

 火球は廊下に着弾して爆発した。


 直撃は免れたが、ロウの身体を衝撃波が叩きバランスを崩す。

 自由も儘ならず次の試練が迫る。宙を泳ぐロウに対して重力が働き地面を叩きつけに来る。

 衝撃波と唐突な魔法の行使で頭痛がするが、落下の恐怖が思考を加速させる。


「第二階梯〔シェード〕〔フォーリングコントロール〕!」


 腋の下あたりから流体抵抗の場を薄く広く展開。落下傘代わりにする。

 薄黒の幕が空気をはらみ落下速度が目に見えて下がった。余裕を持って体勢を立て直し芝の上に足先から着地。

 薄膜が消え、前転受け身で無傷の生還を果たして一息つけた。


 自分が飛び出した場所を見上げると、見事に窓ガラスが砕け散っていた。

 薄い煙も立ち上っている。

 中庭を見下ろせる校舎の各階窓際に、ぽつぽつと見物客が出来ていた。


 本年度の新入生入学式を明後日に控えた学園内には、数えられる程度しか生徒はいない。

 彼らは爆発痕とロウの姿を指さして事件の推理を楽しんでいるようだ。


 とりあえず三階に戻って、見知らぬ彼女に説明と謝罪をしなければ。

 頭を抱えるロウの前に、学生騎士生徒会長のオリヴァー・マステアが何事も無かったかのような口調で中庭にやってきた。


「こりゃまた見事に煤けたね、特に髪」


「髪色は元から黒ですよ。それよりも良かった。

 会長、オレの潔白を証明してください。このままじゃ痴漢と間違われるかもしれない」


「人の着替えを無遠慮に見ておいて、誰が潔白なものですか!」


 怒りの声は頭上から降ってきた。

 着替え終えた炎使いの少女が握る波状剣を下に向け、刀身から炎を噴射して悠々と中庭に着陸する。


 身につけているのは、このラナノベーシ連邦王国の旧王宮跡に建てられた魔法騎士マージナイト学園の制服だ。


「先程の言葉から、あなたは女子更衣室だと解っていて踏み込んだようね。なんて破廉恥な!」


「もしかしてとは思ったけど、制服からしてやっぱり新入生か。

 未許可の特別室を無断利用していたのはそっちだ。それに魔法の行使も」


「魔法に関しては、あなたも同じでしょう!」


「オレのは生命の危機に関する特例準拠だ。

 あんな大威力の攻性魔法を向けられたんだぞ!」


 ロウは未だくすぶっている三階を指さす。


「私の肌を覗き見た不埒者への正当な対応よ。

 むしろ自ら眼球を差し出すのが礼儀でしょう!」


「ふっかけ過ぎだ。それほど価値があるものじゃなかったぞ」


「なんですってぇーー!!」


「まあまあ、二人ともそのぐらいにしないかい」


 生徒会長のオリヴァーが、ヒートアップする二人の間に割って入る。


「ヴェス兄様!

 神聖な学園内に不浄の輩がいます。今すぐに焼却しましょう!」


「えっと、この火の玉は会長の知り合いなんですか?」


「彼女の家とはちょっと類縁があってね。昔馴染みなんだ」


「ちょっと、誰が火の玉ウィスプですってぇ!

 私は碧翠へきすいの宝玉とも謡われたルイノーフ公国。

 その第三王女ミカレント・シミュー・ルイノーフよ。

 覚えておきなさい」


 ロウが無言の不審顔でオリヴァーに真偽を問うと、やんわりと頷かれてしまった。


「しかし僕としてはどちらに加担するわけにもいかないな。

 ロウくんが生徒会の仕事で各所の点検をしていたのは事実だし」


「更衣室なら同性の人が行えばよいでしょう。

 それとも女性の役員がいらっしゃらないとでも言うんですか?」


「いや、ちゃんといるぜ。現在も学園内を点検中だ」


「ですよね。この魔法学園の学生騎士生徒会は、そんな手筈すら整えられないほどの烏合なのでしょうか」


 言ってミカレントが波状剣を構える。


「いいえ。聡明なヴェス兄様が指揮する騎士生徒会がそのようなことをするはずがありません。

 よってそこの粗忽者が仕事を建前に覗きを働いたに決まっています」


「反語表現するほどか。

 オレと会長とで信頼度に差がありすぎだろ」


「昔から思いこんだら一途な子だからね。

 それよりもロウくん、時間は大丈夫なのかい?」


「危険ですから、早く取りなしてくださいよ」


「それなら結構」


 笑顔のオリヴァーが二人から距離を取った。


「双方、己の道を貫きたければ剣を取りなさい。

 審判役ジャッジは僕が引き受けよう」


「さすがヴェス兄様。やはり最後には私の味方ですよね」


「味方? 更衣室と呪い……。

 あー、くそっ!

 そういう筋書きシナリオか。この謀略会長が!」


「おやロウくん。何を言っているのか僕にはよくわからないなぁ」


 糸目の生徒会長は年下の罵りにも笑顔を崩さない。


「この期に及んでヴェス兄様に何て言葉を!

 さあその風変わりな剣を抜きなさい。あなたも騎士の端くれなら一縷望みを剣に託せばいいじゃない」


 ミカレントの指す通り、ロウが巻いている剣帯はオリヴァーや窓から野次馬している騎士生徒たちとは形が違う。

 剣帯を佩き鞘を吊すのではなく、少し反り身のある細めの短剣を直接剣帯に差し込んでいた。


「この勝負オレが勝ったら、更衣室のドアをノックも無しに開けたことを謝るだけでいいか?」


「そうね。もしも万が一にでも勝てたら考えてあげなくもないわ」


「負けたら黒焦げか。割に合わないが、これ以上は押し問答だな」


 仕方なしにロウも自分の剣を抜いた。


「会長、後でちゃんと説明してくださいよ」


「まずは勝負をしてからだね。生き残れたら色々説明してあげよう」


「死ぬ可能性があるんすか!?」


「彼女は強いよ。守りきれなかったらごめんね」


 笑顔のオリヴァーが抜剣して魔法の詠唱に入る。

 魔法騎士の剣は魔法を行使するためのキャストでもある。法則に従って動かす事により、魔力の消費を抑えたり高度な魔法を扱えるようになる。

 生徒会長の朗々とした詠唱が行われる。


「双方の意志を確かに認める。

 我ローエンの子オリヴァーがここに第四階梯の亜法を敷く。

 誇りを胸に、剣に己の身を写し、魂を掛けて競い合え。


 〔デュエル・スタンバイ〕」


 ロウとミカレントの含む空間に魔法が重なり、中空に二桁の数字が浮かぶ。

 相対する二人の騎士は剣を正面に構えた。


「「騎士の剣に誓いジャッジメントこの勝敗を決とするデュランダル!」」


 決闘場に宣誓がなされ空中のタイマーが動き出し、騎士二人に円型のライフポイントゲージが重なるように表示される。


 オリヴァーが唱えたのは学生騎士同士での諍いを仲裁したり技量を競い合ったりする時に使う決闘の魔法だ。

 この魔法は剣で切られたり命中した攻性魔法のダメージを再現エミュレートに留め、実被害を無くす効果がある。


 しかし恩恵を得るには魔法への参加を宣言しなければならないので、万能の楯にはならない。

 あくまで合意の元で行われる競技や決闘のための魔法だ。


 だが例外というのは存在するもので、ダメージ緩和には閾値がある。

 つまり強烈な斬撃だったり高位の攻性魔法などでは威力が再現仕切れず、実ダメージになってしまうのだ。


 この閾値は〔デュエル〕を唱えた術者の技量によって増減する。

 今回の審判役は学内序列第四位の生徒会長オリヴァーである。

 彼が施した〔デュエル〕の魔法は生半可な攻撃などで揺らぎはしない。


 ミカレントの実力は三階の惨状をみれば誰にでも解る。

 生徒会長の言葉はそれ以上があると言外で警告してきた。

 特に彼女の炎魔法は非常に強力。

 の一振りで無言詠唱ダムキャストなど、学生騎士では最上位の腕前である。


 そんな才媛を前に距離を取った魔法戦は無謀だ。

 ミカレントがどれほど剣術に通じているか解らないが、勝機を見出すには接近戦を仕掛ける他ない。


 宣誓と同時にロウは動いた。

 まっすぐに対戦相手へと向かう。


「そんな見飽きた対処法でどうにかできると思わないで!」


 ミカレントが無言詠唱で火球を作り出し投げ放つ。

 これをロウは先程の再現をするかのように〔タックル〕で横に避ける。

 この魔法は身体から一方向に魔力を放出し加速するもので、開発された用途以外にもこうした使い方も出来る。


「だから対処が甘いのよ! 〔ボイルダート〕」


 炎使いの姫が攻性魔法を連発する。

 高熱の火球がロウに向かって降り注ぐ。

 回避一辺倒と思われたロウは第一階梯の魔法を短縮で唱える。


「〔マナレイ〕」


 一閃。


 瞬間ミカレントは自分が何をされたのか解らなかった。


 今、空を見上げている。


 どうして?


 攻撃されたからだ!


 炎の王女は両脚を開いて力を込める。

 仰け反っていた体勢を元に戻し、炎の弾幕を走り抜け短剣で切りかかってくる相手を視界に捉えた。

 波状剣でロウの攻撃を打ち返す。


「意外にやるじゃない。とりあえず褒めて上げるわ」


「お褒めに預かり光栄の至り」


 剣戟の間合いで二人が睨み合う。

 ロウが使ったのは軽く速い攻性魔法だ。

 短縮詠唱で発動する上に、地を這って進み相手の足元で浮き上がる。

 相手の行動を妨害する為の魔法だった。

 その証拠に、魔法はクリーンヒットしたがミカレントのライフポイントを僅かにしか減少させていない。


「だけど私の剣がどれほどか知らないでしょう」


 今度はミカレントから斬りかかる。

 腕をしならせて撫でるように振る。

 傷口を裂く波状剣の効果的な扱い方だ。

 深く切るよりもそちらの方がライフポイントを多く減らせる。

 ロウの短剣では完全に防ぎきれず、腕に何本かの切れ筋が入ってしまう。


「炎の魔法だけが私の特技じゃないわ。剣だって使えるんだから」


「それなら、また妨害するだけだ」


 腕の傷を増やしライフポイントを削られながら、ロウが呪文の詠唱に入った。


「この第二階梯は新しき島より来たる。

 敷かれた呪法に畏れ従え〔ウィークネス〕」


 魔法が発動した時、ミカレントの腕がずずっと重くなった。

 腕だけではない。

 軽快に振るっていた波状剣の切っ先が震え定まらない。

 体全体に錘を付けられたようだった。


「なによこれ。一体なんの魔法……!?」


 短剣で防ぐまでもなく、ロウは速さを失ったミカレントの剣を避けると呪文を続ける。


「綴られ続け、第二階梯〔ブラインドネス〕」


 空いている左手で印を切り追加詠唱アドワードでの魔法発動。

 ミカレントの眼前に黒い靄が出現し視界を塞ぎに来る。

 相手の魔法系統がなんであるかを理解してミカレントが吠えた。


「呪術なんて根暗な魔法を使うんじゃないわよっ!」


 自らの魂が生み出す魔力を高め、現実を侵食してくる相手の魔法を押し返す。

 盲ましの魔法を抵抗レジストし打ち消したミカレントは、手足の見えない枷にも的確な対処方法を導き出す。

 波状剣を軽く動かし短縮詠唱で発動。


「第二階梯〔エンチャントウェポン・ファイア〕!」


 活性化した炎の魔力が体内を巡りロウの呪術を打ち払った。

 迸る魔力は波状剣に集約して噴出、刃を炎が覆う。


「この程度でどうにかなるとは思わないことね」


 炎の剣を手にしたミカレントが勝ち誇る。

 これにはロウも苦笑い。


「魔力が尋常じゃなく高いお姫様だな。ここまで簡単に破呪ブレイクされるなんて」


「ヴェス兄様と親しいからどれほどの手練かと思ったけど、それほどでもないわね」


 再びミカレントが攻勢に出る。

 ただでさえ波状剣には押されていた。

 更に炎を纏っては手が付けられえない。

 炎の剣が振られる度に、ロウのライフポイントがみるみる減ってゆく。


「オレは普通の騎士生徒会庶務だ。過度な期待はしないでくれ」


「それなら跪いて負けを認めなさい。そうすれば黒焦げで許してあげるわ」


「ただで負けるのは騎士の誇りに背くだろ。腹黒会長の思い通りなのもムカつくしな」


 ロウが短剣を構え直す。

 両手で柄を握り呼気を吐く。


「鋼は刃金よ、玉鋼。

 芯金折り織り、燃え鍛え、打ち鍛え、冷え鍛え。

 新たなる島の匠よ巧め。

 第三階梯〔エンチャントウェポン・ブレイド〕」


「もうあなたの呪術は通じないわよ!」


 ミカレントは勢いに乗って波状剣を振り下ろす。

 自分の一撃がロウの身体を引き裂いたと思った時、金属音を鳴らして弾き返された。


「今度は何よ!」


 ミカレントは驚いた。

 ロウの短剣が反り身片刃の長剣に変わっていた。


 〔エンチャントウェポン〕系統は武装に属性を付与する第二階梯の魔法だ。

 それよりも上位の第三階梯だとしても、武器を作り変えるなんて聞いたことがない。

 長さを誤魔化す幻覚の魔法でもない。

 さっきの一撃は確かに金属に打ち返された手応えだった。


 ロウの短剣は柄の長さも変わっていて、柄頭に小指を絡めるような独特の握りに支えられている。

 正体不明の武器が真っ直ぐにミカレントに向く。


 突き、だ。


 ミカレントの鍛えた身体は考えるよりも先に対応してくれた。


「くぅっ!」


 咄嗟に後ろへ飛び退ったミカレントだが、その腹に深く一撃が入っていた。

 ライフポイントが大幅に下がり、ほぼ互角までになった。


 今の攻撃で判明したのは相手の間合いが見切りより長いことだ。

 波状剣と同じくらいの長さと見たが、ロウの剣術が寸先を伸ばしている。


 白兵戦を得物の有利さで押してきたミカレントだったが、不可思議な魔法で逆転されてしまった。


「それじゃ、仕切り直しと行こうか」


 普通の学生騎士生徒会の庶務が太刀を構える。

 光に煌めく切っ先が、魔法で作られた刃の鋭さを物語っていた。

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