第4話 子流れの廃墟街



「なあジーサン、ちょっといいか?」

「あぁ?」



見た目こそこの辺りでは少し身綺麗な部類に入るただの爺さんだが、食料や衣服と引き換えに地域の情報を教えてくれるとヘプタロマではちょっとした情報通で知られているアクル爺をその日の昼下がりに訪れたのは、食料不足や生活環境もあってか男としては未熟な体つきをした少年だった。



「この辺で人が来なくて雨風が凌げる場所って知ってるか?」

「んぁー?さあ、どうだったかぁ」



どう見ても大人用の服を無理矢理身の丈に合わせて身に付けている、見るからに瑞穂らしい少年に対しアクル爺は真っ当な答えを返さない。

仕方ない、と少年は背中に綴り付けていた麻布のバッグから林檎を一つアクル爺に差し出して再び訊ねる。



「この辺で人が来なくて雨風が凌げる場所、あるか?」

「近場ならあそこに見えるデカい鐘撞き塔だ」



掠め取る様に林檎を受け取ったアクル爺が指差した先には、成程周囲の建造物から頭一つ飛び出たレンガ造りの塔があった。以前は時刻を報せるために撞かれていただろう鐘の音は、長い事聞かれていない。

レンガ造りの塔は頑丈そうで一見雨風には困りそうにないが、よくよく見ると壁全体に大きな亀裂が入っている。



「少し遠くて構わんなら街並みから少し離れた所にある教会だな」



戦前や戦時中は教会の参列者も多かったが、今はもう過去の話。

「神など居ない、祈ったところで救いなどない」と身を以て知った第三番街の住民達は、神に祈る事をしなくなった。

むしろ縋ったにも関わらず救いを授けて下さらなかった神に怒りを向け、今だに祈りを捧げ続ける憐れな人々を「愚か者」と詰り手酷く扱う“反神活動家”を名乗る者も多い。



「後は…こっから離れてるが廃墟街か」

「廃墟街?」



聞き覚えが無かったのか、それまで静かにアクル爺の話を聞いていた少年が訊ねる。



「ああ。元は鉱山で結構栄えてた町なんだが戦時中人手が足りねぇってんで炭鉱夫も徴兵されてな。残ってた炭鉱夫連中も戦争が終わってからはタダ同然で働かされるのを恐れて逃げちまって、今じゃすっかりもぬけの殻だ。最近は行き場や食うモンが無くなったガキ共が住み着いてるが…ありゃあもうダメだな。死人と変わらねぇ」



親をなくし家族とも離れ生きる術も気力も失った子どもが流れ着く場所になっている、とアクル爺は語る。

少年自身も似た様な身の上ではあるが、生きる術を知っている少年はまだ諦めていない。だからだろうか、彼にはそんな場所に流れ着いて死を待つだけの存在になったらしい子ども達の気持ちは理解出来ず首を傾げた。


だが、知りたかった情報は手に入った。少年は麻布のバッグから林檎をもう一つ取り出すとアクル爺に差し出した。



「助かった。ありがとう」

「構わねぇが…ボウズはどこ行くんだ?」



押し付ける様に林檎を受け取らせると鐘撞き塔とも教会とも違う方向へ歩き出したこの細身の少年が何処へ向かうのか、何となく気になったアクル爺は訊ねた。



「鐘撞き塔はいつ崩れるか分かんないし、教会は反神活動家に見付かったら困るだろ?廃墟街に行く」



足を止める事無く振り返った顔に掛かる陽に焼けた赤い焦げ茶の髪と生きる気力がまだ残った緑の目がえらく印象に残る。



「おいボウズ!おらぁアクルってんだ。大体この辺にいるからまたなんかあったら聞きに来い!」



アクル爺の言葉に、先程までは全く止まる気配のなかった細い脚の歩みが止まった。


対価が無ければ情報は寄越さない。守銭奴の情報通だと自負してる自分にしては珍しい、と他人事のように思いながらもアクル爺は背を向けたままの少年に投げ掛けた言葉は、確かにその少年に届いたらしい。

今度は身体ごと、ゆっくり振り返った少年の表情は先程までの感情が読み取り難いものから子どもらしい、屈託のない笑顔に変わっていた。



「…ありがとなジーサン!おれギース!」

「そうか、気ィつけてけよギース!」

「おう!」



歯を見せて笑うその顔には、確かにまだ幼さが残っていた。

あんな子どもがついさっきまで感情を見せない表情を浮かべていたのか、いや浮かべざるを得ないのか。

誰も悪くはないし誰を責める事も出来ない。それでもアクル爺は何処か虚しさの滲んだ眼差しでギースの背中を見送った。






離れている、と聞いていた通り。

アクル爺の住居を発ってから2日経ちようやく廃墟街が見えて来た。

レンガ造りで背の高い建物もいくつか残ったままになっているが、所々崩落したらしく大きな穴が空いている建物が多く見られた。

その代わりレンガ造りの建物に挟まれる様にして建っている木造建築は目立った外傷も無く普通に過ごす事が出来そうだった。


だが、気になる事が一つ。

アクル爺から聞いていた住み着いてる子どもというのが見当たらない。

何処かから様子を窺っているのかと思ったが、そういった気配どころか生き物がいるなら発生するはずの物音一つ聞こえない。


いくら何でもおかしいと怪しんだギースが近くの木造住宅に入れば、その理由はソコに“居た”。



「…もう、死んでたか」



恐らくはソコで生きていただろう小さな骸が2つ、手を繋いで並んで居た。兄妹らしいそれはどちらも子どもらしい丸みはすっかりなりを潜め、申し訳程度の肉と臓器、骨を皮が被っているだけの状態だった。

全ての建物を見てみなければ分からないだろうが、廃墟街に足を踏み入れてすぐの建物でこれなら此処に居た子ども達は同じか、運が良くてもこの一歩手前だろうと推察出来た。


弱者は強者によって追いやられる。その弱者の中から更なる弱者が追いやられ、毎日数え切れない程の人がこうして寂しくその生命を枯らして逝く。

終戦後早13年。この国はもう、その状況が日常になる程慣れてしまっていた。



「―――…おやすみ」



もう死んでしまった見ず知らずの兄妹に、ギースはただ目を閉じた。




それから。

ギースは近くの家々を漁ってスコップやツルハシを手に取ると空き地だったらしい場所を見つけて穴を掘り始めた。兄弟か、友人か。同じ建物の中で眠っていた彼ら彼女らを一つの穴に入れてそっと上から土を被せる。

それが例え「埋葬だけでもしてやろう」という優しさではなく、腐臭を嗅ぎ付けた獣がやって来させないための対応だったとしても。

こんな国で最期まで弱者だった彼ら彼女らへの、後を追う者になるかもしれない自分に出来る“せめても”だ。と思いながら。

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瓦落多ガジェット 緒環 兆 @odamaki0714

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