第3話 緑目の茶色い子ども

第三番街の8つに分けられた土地はそれぞれ“ロマ”という区画名が与えられ、各ロマには中心街である第二番街側から土地の順位を付けられる。

フォルトに一番近い区画“モノロマ”は物資も比較的手に入り易い為か人間的な生活が送れ、反対にフォルトから一番遠い区画の“オクタロマ”では飢えと強奪が慢性化し、餓死に殴打、殺傷と原因は違えど毎日死者が出るのが当たり前となっている。力無い者達は身を寄せ合い、死と隣り合わせの恐怖と飢えと寒さに震える日々を送っている。


第三番街には戦争で親を亡くした孤児も多くいたが、まだ他者を気遣う余裕があるモノロマならばともかく旧帝国の端になるオクタロマには弱者しかいない。自らの明日の食料や生活さえ無事に送れる保証もないまま、自分よりも弱者に当たる孤児に手を上げるならず者は居ても手を差し伸べる物好きは居なかった。

力無い少年少女達には行き場も無く、雨風だけでも凌ごうと崩壊寸前の建物に身を寄せ合う姿がよく見られた。同じ荒屋に身を寄せた自分と同じ年頃の仲間が飢えて倒れていくのを何も出来ずに眺めながら、いつか自分に訪れる最期をじっと待つ。それが第三番街の端に追いやられた幼い彼ら彼女らに与えられた、選ぶ権利の無い人生だ。




ヘプタロマ。ここは旧帝国の端であるオクタロマの1つ手前の区画。

最下層のオクタロマより多少はマシとはいえ、この地でも飢えや強奪、暴力が慢性化している事には変わりない。むしろ既に諦めてしまったオクタロマの住民と比べるとまだ生きる気力がある者が多い分、生への執着や執念から争い事が後を絶たない区画と言えるだろう。

最近、そんなヘプタロマに奇妙な噂が流れている。


「あのガキが」「せっかく手に入れた毛布を盗まれた」

「道の真ん中で死人みたいに丸くなってた」「茶色いガキだった」「食い物を盗られた」「近付いたら倒された」「あの緑目の」


人々に語られる度に内容が削られて情報量が減った噂は「緑目の茶色い子どもが盗みを働いている」というものだ。

基本的に第三番街…特に下層とされているヘキサロマ、ヘプタロマ、オクタロマに身を寄せている子どもは自ら行動しようとしない。子どもだけで集まりこそするが、力が無い事を理解してただ死を待つだけの静かな弱者集団でしかない。

まさかそれらの中から生にしがみ付き、力の強い大人に歯向かってまで生き長らえようと行動する子どもがいるという事が、自らもその立場ならば生きる事を諦めていただろう大人達には信じられない事だった。


「ガキ独りで、何が出来る訳でもないのに」


何をしてもどう足掻いても自分達は救われない。変わらないし変われない。

それを知っているからこそ、大人達は諦めを知らないらしいその緑目の茶色い子どもとやらに畏怖の念さえ、抱いていた。




ヘプタロマには廃墟街と呼ばれる場所がある。

戦前であればそこそこに栄え賑わっていただろうその地は、現在は人気も途絶え崩壊を待つだけの建物だったもの達の墓場と化していた。

廃墟街の街並みはレンガ造りが主だが木造建築もいくつか見られた。本来なら木が腐り真っ先に崩壊していたであろうそれらは、背の高いレンガ造りの建物に挟まれていたため荒屋となり果てながらも雨風を凌ぐだけなら申し分のない姿を保っていた。


そんな荒屋の中で今日を生き抜く小さな影が、一つ。

大きさの合わない大人用の衣服の丈を切り、腰の位置を紐で縛る事でどうにか着れている状態。邪魔にならないよう肩より長くなる度に研がれてもいない刃物で適当に切った、陽に焼けた赤い焦げ茶の乱れ髪。服も髪も全身砂と土に塗れ、その身体は細く栄養が足りていない事が伺える。が、その大きな緑色の瞳にはまだ諦めと絶望は宿っていない。


ヘプタロマで自身が畏怖を込めた噂になっているとは欠片も思っていない少年は、この荒屋に身を寄せた子ども達の最後の独りだ。

父は徴兵制度により戦場へ向かったまま音沙汰が無く。まだ家があった頃共に生活していた祖母は足手まといになると自ら行方を眩ませ。旧帝国軍の弱者切り捨てが始まる前に必要な物を一纏めにして少年の手を引き、生き残る道をくれた気丈な母は暴漢に襲われた際その身と引き換えに少年を生かしてくれた。

悲惨と言えるだろう少年の身の上だが、この国では有り触れた理由の孤児の1人でしかない。


遂に母とも別れ独りになった少年はいつだったか父から教わったキャンプの知識と祖母から聞かされていた飢餓時代を生き抜いた術、母から譲り受けた気丈さだけでどうにか生き延び続ける事が出来ていた。

だが、やはり子ども1人ではどうにもならない事も多く、せめて雨風だけでも凌げ安心して眠れる場所を求めて彷徨った少年がこの廃墟街に辿り着いたのは今から数ヶ月前の事だった。


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