第22話 雪やこんこん、山の宿

 まっさらな白銀の大地に、ポツンと存在している和風な建築物。

 そこから立ち昇る湯気を見上げて、ここが温泉のある宿だろうと俺は認識した。


「ここで合ってるよね?」


「ウン、間違イ無イヨ」


 念の為にラッキービーストに確認。

 しかし心配は要らなかった様で、ここが温泉宿だと確信した。


「よし、早く温泉に入りに行こう!」


 ワガママバードに振り回され、言われるがままに森林から遥々とやって来たけど、なんとかその苦労は報われそう。


 早速、高まる気分を足取りに現しながら敷地内へと足を踏み入れた。


 だが…



「ごめんなさい!今メンテナンス中でお風呂には入れないの!」


「…え?」


 玄関を潜って早々に聞かされたのは、高まる気分が砕け散りそうな通告。


 その内容は、週に何回かお風呂の掃除や周りの機械の様子を見なければならないらしい。それをメンテナンスと呼び、その間は温泉には入る事は出来ない。


 俺は丁度その期間に当たってしまったということだ。せっかく遥々とやって来たのに、運が悪かった。


「あ、けど!後ちょっとで終わるから、それからで良いなら少し待っていてちょうだい?」


 …どうやら少し我慢すれば温泉に入れる様だ。何とも運が良かった。

 それなら、それまで宿の中でも探検していよう。


 でも、その前にやる事が一つ。


 それは卵の安全確保。本日のメインミッションの重要なブツ、割れてしまっては元も子もない。

 その為に、なるべく早めに卵を安全な場所に置いておきたかった。


「あの、卵ってどこに置いておけばいいですか?」


「卵?それなら奥のキッチンに置いておけばいいけど…」


「奥ですね。ありがとうございます」


 本人は『何で卵…?』みたいな顔をしていたけど、ちゃんと答えを返してくれた。

 お礼を一言告げると、彼女はメンテナンスの続きをしに赤い暖簾を潜って行った。


 さてと、俺も言われた通り奥のキッチンを目指すとしよう。卵を割らない様に慎重に…


 あ、それなら他の荷物はラッキービーストに預けて行こう。


「アワワワワ…」


 よし、行くか。



 …



「キッチンは… ここかな?」


 目の前には『きっさん』と平仮名で書かれたプレートが下げられている扉があった。

 字は間違っているけど、プレートの情報からしてここがキッチンであるのは間違い無さそう。


「…早く置いてこよう」


 プレートを見上げて立ち止まる自分に、急かす様に声を掛ける。


 実は、さっき何も無い廊下で卵を落としかけた。幸いな事に被害は無かったけど、ここに来てから五本指に入る程ドキドキした。


 もうあんなスリルはゴメンだ。


 そういう訳で辺りに注意を払いながら迅速にドアノブに手を掛ける。

 そして、そのままゆっくりと扉を引いた。



 …力を掛けずとも、扉が開いた気がするのはただの気の所為だろうか──





 ──「きゃっ?!」




 ──「へっ?!」





 …どうやら、気の所為では無かったみたいだ。


 扉が開いた途端にこちらに向かって倒れ込んでくる小さな体。それが何かも考える間もなく、反射的にそれを受け止めようとした。


「いてて…」


 倒れ込んでくる何かを抱えて強く床に叩き付けられる。全身で庇う様に倒れたから、普通に痛い。


 だがそんな事を気にしているより、相手の安否の確認だ。


「大丈夫だった?」


「はい、なんとか。ありがとうございます…」


 その子は丁寧な物言いでゆっくりと顔を上げる。「ごめんなさい」と言いながら髪を触る、そんな彼女には見覚えがあった。


「あ、かばんちゃん…」


 少女の正体は、この前にみずべで出会ったばかりのかばんちゃん。なんという偶然か、これには思わず驚きを隠せない。


 そして、それはあちら側も同じ様だ。


「えっと… 奇遇だね?」


「は、はい… また会えるなんて」


 みずべを立つ時、かばんちゃんはパーク巡りの続きをすると言っていた。もしかしたらまた何処かで会うかもな、と思っていたけど、まさかこんなにも早く再開するとは思ってもいなかった。


「ルロウさんも温泉に入りに来たんですか?」


「まぁ、半分そうかな?」


「半分?それってどういう…」


「博士に温泉たまごを作って欲しいって頼まれちゃってさ。それでここまで来たんだけど… あ、しまった!卵!」


 完全に頭から吹き飛んでいた。結構な衝撃で床に倒れ込んだけど、卵は無事か?!


「ああ?ああ、よかったぁ…」


 慌てて卵の状態を確認してけど、奇跡的に無事な様だった。良かったよ、割れてて森林へとんぼ帰りルートにならなくて。


 一応、ひと安心…


「ごめんなさい、僕のせいで…」


「いや、大丈夫だよ。気にしないで」


 卵は無事だったから大丈夫、結果オーライと言うやつだ。

 仮に誰が悪いとしても、問題があるのは注意をして無かった俺の方だ。


 さて、今度こそ割ってしまわないように早く卵を置いてこよう。


「それじゃ、俺は置いてくるから」


「あ、待って下さい!中にはまだ…」



「かばんちゃーん!なんかおっきい音したけど大丈夫ー?」


「どわぁ?!」


 もうスリルはごめんだと言ったじゃないか…




 …




「うみゃみゃ… ごめんね?ルロウちゃん」


「大丈夫だから気にしなくていいよ、ハハハ…」


 まさか開いた扉から更にサーバルちゃんが飛び出してくるなんて、思ってもいなかった。

 二度あることは三度あるとは正にこの事か。


「えっと、こういうのおわびって言うんだよね?じゃぱりまんどーぞ」


「うん、ありがと。ああ、美味…」


 おわびと言われて渡されたじゃぱりまんを受け取ると、すぐに口へ頬張った。

 何故だろうか、スリルを味わった後のじゃぱりまんはとても不思議な味がした。


 ただし、もう一度は味わいたくは無いかな。



「それじゃ、私ちょっと行ってくるね!」


 じゃぱりまんを完食しこれからどうしようかと悩んで居ると、同じく隣で食べていたサーバルちゃんはそう言った。


「あれ、どこか行くの?」


「うん!おふろにはまだ入れないみたいだから、私はこれからキタキツネの所にげぇむしに行くの」


 ゲーム… これまた、ここでは珍しい単語が出た。

 それとその言い方的に、ゲームをしているフレンズも居るようじゃ無いか。


 少し気になるな…


「ねぇ、もしよかったら俺も着いて行っていいかな?」


「もちろんだよ!げぇむは皆とやる方がたのしいから!」


「うん、ありがと。かばんちゃんはどうする?」


「僕は… ル、ルロウさんが行くなら、行こうかなと…」


「かばんちゃんも来るの?やったー!それじゃあ早速キタキツネの所に行こー!」


 皆の意見が纏まったところで、サーバルちゃんはその『キタキツネ』の所へ案内を開始した。


 宿らしい和風な空間の中、案内にしたがって歩いていると、やがてある一つの部屋に辿り着いた。


(ここは… ゲームコーナー、かな?)


 ヒトの居ない島に似つかわしくないアーケードゲーム機の様なのが数個と、中身の無いクレーンゲームの様な物。後はおそらく空っぽであろうガチャガチャとか、卓球台もあった。


 第一印象の通り、ここはゲームコーナーの様だ。


(意外にもしっかりしてるんだな)


 使えるかどうかはさておき、整っている設備に感心を示しながら部屋の中を見渡した。しかし、見えるのは並び立つ機体と小さな青い機械ラッキービーストだけ。例の子の様な姿は見えなかった。


「ねぇ、キタキツネって子はどこにいるの?」


「こっちだよ!」


 そう言われて連れられたのはまさかのゲームコーナーの外。出てすぐの廊下を歩いて行くと、ある客室に辿り着いた。


「ここだよ」


「え、ここなの?」


「うん」


「えぇ…」


 どう見ても普通の客室の襖でゲームがあるようには思えない。

 そして、ふと廊下の先を見てみるとそこには、出発地点。


 果たして、ゲームコーナーを通る意味はあったのだろうか。


「キタキツネ!遊びに来たよ〜!」


 そんな事もお構い無しにサーバルちゃんは襖を開ける。考えても無駄だと俺は思い、半ば呆れ気味に客室の中を覗いた。



 部屋の中には、金色の髪を長く伸ばした、大きな尻尾の少女が一人こちらに背を向けて座っていた。その手前にはテレビがあり、そこから伸びる配線がゲーム機らしき物に繋がっている。


 あそこに居なかったのは家庭用ゲーム機で遊んで居たからみたいだ。納得。


 その少女はサーバルちゃんの声に気が付くと、ゆっくりと首をこちらに向けた。


「あ、サーバル。来てたんだね」


「うん!ひさしぶり!」


「うん、久しぶり」


 サーバルちゃんとは対照的に、落ち着いた物腰で返事をする少女。しかしその声色にはどことなく嬉しさも感じられた。


「それで、そこの茶色いのは誰?」


「いや茶色いのて… 初めまして、俺はルロウって言うんだ。よろしくね?」


「…キタキツネ、よろしく」


 あまりにも素っ気ない返事。大人しい子だなと思ったけど、実は興味が無いだけかもしれない。茶色いって言われてたし…


「で、君は何しに来たの?」


「温泉に入れるまで暇でね。ゲームがあるらしいから来てみたんだけど…」


「げぇむ知ってるの?」


「え… あ、うん。やった事は無いけどどんなものかは知ってるよ」


「そうなんだ…!」


 本題に移ると、キタキツネの顔がパァーっと明るくなった。何だかゲームに負けたみたいで釈然としないが、まぁいいだろう。


「ここに4人用のげぇむがあるんだ!皆でやろう?」


 そう言って取り出して来たのが、4人用の愉快なパーティーゲーム『大乱戦!ぶっ飛びシスターズ』。


 どんな内容なのか、それはお互いの残基を削り切るまで戦う格闘ゲーム… みたいなパーティーゲームの様だ。


 多種多様なキャラクターが存在しており、それぞれ選んでから戦う様だ。


「はいこれ。こんとろーらー」


「お、ありがとう。かばんちゃんも、これ」


「ありがとうございます」


「サーバルの分もね」


「ありがとう!キタキツネ!」


 皆にコントローラーが行き渡った所でいよいよゲーム開始だ。皆で仲良くテレビの前に並んで、コントローラーを握る。


 ゲームを起動するとタイトルコールと共に画面が写し出される。そこからAボタンを押して次に進むと、モードを選択する画面に切り替わる。


 今回プレイするのは普通のモードだ。


 モードを選んだ所でまずはキャラクター選択。パッケージに書いてあった通り多種多様なキャラクターが選択出来るようになっている。


「皆は何使うの?」


「私はこれかなー」


 サーバルちゃんが選んだのは、何でも吸い込む事が出来る謎の丸い生命体。普通はピンク色のところを彼女は黄色にして使う様だ。


「ボクはこれだよ」


 キタキツネが選んだのは、雇われのパイロットであるキツネのキャラ。パイロットの癖に、主な攻撃は格闘らしい。


「僕は… シンプルにこれで行きましょう」


 かばんちゃんが選んだのは、赤い帽子がトレンドマークで配管工姉妹の姉の方。ちなみに年齢は26歳らしい。


「後は俺だけか… よし、決めた」


 俺が選んだのは、水色の装衣に身を包んだ金髪の勇者。剣を使ったり弓を使ったり、他にも爆弾も扱えたりするやれる事が多そうなキャラだ。


 皆の使うキャラが決まった所で、いよいよ試合が開始する。


 ステージは宙に浮いているメインの足場に、追加の足場が三つ浮いているシンプルなステージ。


 それぞれのキャラクターがステージ上に登場する。


「負けないんだから!」


「ボクだって!」


「お手柔らかにお願いしますね」


『3… 2… 1… GO!』


 カウントダウンが始まり、GOサインが切られた。


「先手必勝…!」


 最初に仕掛けて来たのは、宣言通りのキタキツネ。素早い動きで俺の方へ近付いてくると、攻撃を始めた。


「ちょっと待って?痛い痛い痛い?!」


 素早い攻撃の嵐。それがコンボとなり俺のキャラの体力を削ってくる。幸いにも攻撃力はそこまでで、大幅に体力が削られる事は無かった。


「よし、反撃を…」


「えーい!」


「ちょっと?サーバルちゃん?」


 コンボから解放された俺は反撃を開始しようと狙いをキタキツネに定めた。しかし、ここでまさかのサーバルちゃんの横やり。

 強力な攻撃で俺のキャラは吹っ飛ばされてしまった。


「次はサーバルの番だよ!」


「わぁ!こっちに来ないでー!」


 俺がステージの上から弾き出された後に二人が交戦を始めた。お互いの気がお互いに向いている間に俺はステージの上に復帰してしまおう。


「ジャンプして、上昇攻撃… よし上がれた」


 何とか台の上には戻ってこれた。これからどうしようか、これ以上攻撃を食らうと不味い為下手に行動をしたくない。


(ブーメランでも投げとこ)


 とりあえず俺は地味に飛び道具を投げる事にした。これでヘイトを稼ぐ事は無いだろう… 無いよな?


(そういえばかばんちゃん、さっきから静かだけど何やってるんだろう)


 ふと一人のプレイヤーの存在が脳裏に浮かび上がった。最初から怒涛の展開で気にしている暇が無かったが、余裕が出来た今、彼女の動向を探る事にした。


 しかし、そう思った頃にはもう遅かった。


「隙ありです!」


「…となり?!」


 俺が彼女のキャラを認識した頃には既に横を取られていた。行動が取れず驚く事しか出来なかった俺は簡単に吹っ飛ばされてしまった。


「マジかよ…」


 呆気にとられている間に彼女は激戦を繰り広げている残った二人の方へ近付く。最初にキタキツネのキャラを掴み投げ飛ばすと、そのまま攻撃を繋げて場外の底へ叩き落としてしまった。


「わわわ?!」


「なんか助かったー!…ってみゃみゃみゃ?!こっち来ないでよー?!」


 俺、キタキツネと来れば最後はサーバルちゃんの番。鬼神たる動きでサーバルちゃんのキャラに近付いて投げ飛ばし、攻撃を繋げて場外にぶっ飛ばしてしまった。



 伏兵とはこの事か。それに対して一同はこう思った。


(誰が止めるんだろう…)


 その後、残ったストックで仕掛けに行くも、纏めて片付けられてしまった。


「僕の勝ちです♪」


 ゲームが終わると彼女はとびきりの笑顔でそう言って見せた。プレイ中の時と重ねてみればタダならぬ恐怖を感じるが… まぁ、なんかカワイイからいっか。



 そんなこんなでゲームをしていると、やがて部屋の扉が鳴った。キタキツネによってその扉は開けられた。


 扉の向こう側に居たのは、最初に対応してくれたフレンズさん、ギンギツネさんだった。


「あら、皆ここに居たのね」


「うん、皆でげぇむしてたよ」


「なら丁度良かったわ。メンテナンスが終わったから呼びに来たの」


 ゲームをしている間にそんなに時間が経ってしまっていたらしい。

 その報告を聞いて上がっていた気分が更に高まった。


 なのだが。


「それじゃ早速…」


「そこの茶色ヒトに何だけど、ごめんなさい!」


 高まって早々、上がった気分が砕け散りそうだった。


「はぇ…?」


「貴方はヒトで言う所のオス何でしょう?」


「はい、そうですけど…」


「それが、オスの湯の方がお湯が止まってて… 頂上の方にある装置を弄らないといけないのよね。それで悪いのだけど、後もう少しだけ待ってて貰えないかしら?」


「まぁ、入れるのなら…」


 念願の温泉までどんどん遠ざかってる気がするが、運が悪いとしておこう。

 だがここまで運が悪いと、どこか納得し難い自分が居る。


 そこで、迷惑が掛かるかもしれないが俺はとある提案をした。


「あの、俺も着いて行っていいですか?」


 誰のせいでも無いが、散々な目にはあった。ちょっとぐらいワガママいっても良いのではないだろうか。


 それに、折角知らないちほーに来たのだから観光もして行きたい。


「それくらいなら別に。確か今日はもう吹雪は無かったはずだから、問題は無いわ」


「ありがとうございます」


「いいのよ、迷惑掛けちゃってるのはこっちだもの」


 決まり。

 そうとなったら早速準備に…


「あの、僕達も着いて行っていいですか?久しぶりにゆきやまの景色を見たくなって…」


「是非。別に面白いものがあるわけじゃないのだけど、来たいのなら遠慮なくね?」


 どうやら二人の同行が決まったようだ。

 さてと、二人分の上着、持ってきてたっけな。

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