第16話 内なる力

「………」


「ルロウさん……?」


 沈黙を貫き、セルリアンを睨むルロウの姿は、いつもとは掛け離れた容姿に変貌していた。


 肩まで乱暴に伸びた薄茶の髪。そして同じ色の狼の耳。腰の辺りには立派な尻尾。


 手には鋭い爪を携え、燃える炎は黄金色に揺れていた。


 そして、淡く光を放つ朱色の瞳。


 揺れる炎の一点を除けば、彼の今の姿はまるで狼のフレンズのようだった。



 狼はその瞳で怪物を凝視する。


 それに気付いたセルリアンは全ての触手を狼に向けて、攻撃を再開した。


 先程まで猛威を振るった数多の触手。

 しかし狼の前では無意味同然であり、豆腐のように斬り捨てて前に進む。


 その様子を見て焦ったのか、セルリアンは後退りしながらも攻撃の手数を増やした。


 それでも狼は何食わぬ顔で触手を斬り伏せる。一閃、二閃と腕を振るう度に触手の残骸は宙を舞って、彼の異質さを目立たせる。


 やがて残骸の山が出来始めた頃、宙を舞う触手の中から狼は突如として姿を消した。



 そして響き渡るのは、怪物の頭が床に叩き付けられる音だった。



 目にも止まらぬ速さで、その一連の動作は行われた。

 地面を蹴って飛び込んで、頭を目掛けて拳を振り下ろす。


 その威力は床に亀裂が入るほど。

 それでも狼は飽き足らず、乱暴に拳を打ち込み続ける。


 亀裂は周りに広く伝達して行き、大きな模様を作り上げた時、狼の猛攻に一休みが訪れる。


 その隙を狙って、セルリアンは口から糸を吐き出した。

 至近距離の射撃。普通ならば簡単に捕えられる密着状態。


 だが彼が普通ではないが故に、糸は狼一匹を捕らえることは出来なかった。


 蜃気楼のようにぐにゃりと身体を曲げては、狼の身体は炎へ変わり姿を消した。

 妙な静けさがステージを包んだかと思えば、一瞬の内に姿を現して一閃を放つ。


「────!?」


 その一撃はセルリアンの核を捉えていた。

 心臓を失った怪物は全身から虹色の粒子が溢れ出た後、身体に亀裂が入り崩壊した。


 死闘とは裏腹に呆気ない勝利。

 その場に立ち尽くしていた狼は、まるで役目を終えたと言わんばかりに突然倒れ込んだ。


「ルロウさん!」


 近くで傍観していたかばんが駆け寄った。

 そこには耳も尻尾も爪もない、いつもの彼が寝息を立てて眠っていた。


「かばん!大丈夫だったか?」


「ヘラジカさん!僕は無事です」


 駆け寄って来たヘラジカにかばんは無事を伝えた。安否の確認が終わると、ヘラジカは倒れ込んだルロウの方へ一目向けた。


「ルロウの、今のは?」


「僕にもさっぱり。とりあえずルロウさんを運びましょう。どこか怪我が無いか心配なので」


「そうだな。そういえば仮眠室があった。そこに行こう」


 ヘラジカはルロウを担ぎ、裏の小屋まで戻って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る