七歩目 強化

 昨日は出来なかった鍛錬が今日から始まる。


「もっと踏み込むのじゃ! 無闇に殴れば良いってものじゃないぞ!」


 鍛錬の為、リルと手合わせをする。右の拳を前に突き出すがいなされ、逆に右の正拳突きを食らう。

 くそ! 全然当たらない!何度間合いに入っても、すぐに避けられカウンターを入れられる。


「隙だらけじゃ!」

「いてぇ!」

「まだまだじゃが、二時間しか手合わせしておらぬのに、動きが随分と変わった。成長速度が速いのう」

「何か言ったか? リル」


 俺を地面に叩きつけたあと、リルはぼそりと言葉をこぼす。何を言ったかは聞き取れなかったけど、やわらかな表情から、褒められた気がする。


「いや、気にするでない。それより明日は、朝から剣術を学びに行くぞ! 我は剣術は出来ぬので、山篭りしておるじじいに話をつけておいた」


 仙人的な感じの人なんだろうか、じじいに稽古をつけてもらうなんて、じいちゃんを思い出す。


「やつは人間でありながら、神と同等の強さを持つ化け物じゃ」


 少し緊張して身構える俺を見ながら、リルは腕を組み感心する様な仕草を見せる。


「仙人じゃなくて、化け物だったか……」

「話は終いじゃ、基礎を仕上げるぞ!」

「ああ! 頼む!」


 リルの動きを観察、次の攻撃を予測、カウンターを狙う。

 左足を前に踏み込んだ…右手で正拳突きかな? 体を右にそらす。


「ぐはっ!」


 リルは、しっかりと踏み込んだ左足で一気に飛ぶ。右足を盛大に振った蹴りは、俺に直撃する。


「甘いわ! 攻撃を避ければ隙が生まれる、それをカバー出来る技術がないなら、避けるでない!」


 くっそー! 勝てねぇ! ていうかシズクどこ行ったんだ?


「リ……ル……」


 そんな事を思っているとシズクが瀕死でやってくる。


「シズク!? 何があったんだ?」

「遅かったのう、シズク」

「わ……私は……体力ないのよ!」


 何故かドヤ顔で叫ぶ。


「リル、何をさせたんだ?」

「宝探しじゃ!」


 は?


「森の何処かに隠した、魔力を微かに込めたコイン一枚を、探索魔法と体力だけで見つけ出すというものじゃ」


 思ったより地獄の様な内容だった。


「もう……むり」

「少し休むがよい、その後に再開じゃ」

「はーい……」


 その後も夜になるまで、ひたすら鍛錬が続いた。

 鍛錬が終わった頃には辺りは暗く、不気味な程静かな森を、疲労したシズクを背負って降りていく。


「ごめんね翔吾も疲れてるのに、重いでしょ?」

「シズクよりは疲労してないから、気にするな。それに別に重くないぞ」


 背中で揺られながらシズクが少し恥ずかしそうに、最後の方を小さくぼかしながら言う。女の子に体重の事はタブーらしいからな。

 それにシズクは重いどころか、心配になるくらいに軽すぎる。


 街へ戻り、飯屋の上の宿屋に向かう為に、階段を登る。飯屋の中の階段を使うと目立つので、人目を気にしながら外にある階段を登った。やましい事はしていないはずなのに、何故か背徳感が……。


「男の人に、部屋へ運んでもらうって、何だか……ドキドキするね」


 やめて! シズクさん! 背徳感! 増すから!


「何言ってんの、ほら着いたよ」


 冷静を装い、部屋の前でシズクを背中から下ろす。


「えへへ……ありがとー!」

「飯どうする? 俺は飯屋行くけど」

「今日はもうこのまま寝るよー! 疲れた!」

「そっか、分かった」


 部屋に入るシズクを見届け、飯屋に降りる。

 席に座ると、マリアが注文を聞きに来てくれた。


「マリア、シチューを頼むよ」

「かしこまりました! シチューですねー」


 シチューは、キッシュに続く人気メニュー。以前、食べている人が多くて気になっていた。

 数分後に、マリアが配膳してくれる。


「お待たせしましたー」

「ありがとう!」


 綺麗な白色に見た目。シチューにスプーンを入れると、クリーミーさが分かる程、とろっとしている。

 にんじんや、ブロッコリーなどの野菜も沢山入っていて、彩りも綺麗だ。それに出来たてのパンとセットで、このパンも見た目からふわふわという事が伝わる。


 やはり見た目は重要だな。美味しそうに感じる。

 一口シチューを食べて、濃厚さに驚く。すごい! しっかり煮込まれていないとこの濃厚さは出せない。メリダさんのこだわりが伝わってくるな。

 パンも出来たてだから、香ばしさが際立つ。


「美味しいでしょ! お母さんが作るシチュー!」

「ああ美味しい!」


 聞いてくるマリアに、素直な気持ちを伝える。その後にマリアは、顔を赤らめながら、ぐいっと俺の方へ顔を寄せる。


「翔吾さん……! 明日買い出しに付き合ってくれませんか!? 街の案内もしますよ!」


 少し照れながらマリアが言う。周りはざわざわとこちらを観察している。


「ごめんマリア、明日は朝から山に行って、何時に戻るか分からないから付き合えない……」


 翠色の瞳をうるうるとさせ、こちらを見ている。

 うぅ……こんな可愛い子の誘いを断るなんて胸が痛む……だが! 俺は強くならないと。


「おいこらガキ! マリアちゃんを振るとはいい度胸じゃねぇか!」


 その言葉に続き、どんどんと言葉が飛び交う。酔っ払いに絡まれた……めんどくせえ……。


「ガキじゃない、翔吾だ! 覚えとけ! 酔っ払いども! それに用事があるんだから仕方ないだろ!」

「良かったねえマリア! 用事が無ければデートしてくれるみたいだよ!」

「もう! やめてよお母さん! そんなんじゃないから!」


 酔っ払いの絡みにメリダさんも加わり、余計ややこしくなりそうになったが、マリアのひと言で事態は収束できた。

 結局マリアとの買い出しは、明後日に行く事になった。

 そしてシチューを食べ終え、部屋に戻る。

 どんな苦行か分からない、しっかり寝て体力を回復させておこう。

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