六歩目 過去

 ――二ヶ月前、突如森の中にダンジョンが出現した。ダンジョンはいくつもの階層があり、階層ごとのボスを倒すと、装備や金貨などがドロップし、次の階層への道が現れる。


 最近では、街や村にも多数出現していて、その度にギルドから冒険者が派遣され調査が進められる。

 だが、この森に出現したダンジョンの調査は、五層で足止めを食らっている。

 いつまでも調査を止める訳にはいかず、聖剣に選ばれた男が率いる、勇者パーティーが出向く事になった。街の人々は、勇者パーティーの実力を認め、五層攻略成功を確信していた。


 薄暗く、じめじめとした空気の中、シズクが所属する勇者パーティーは、ダンジョンの奥へと進む。


「この階層、凄く不気味ですわね……」


 そうこぼすのは、ユーリ。蒼い瞳に蒼い髪、華奢な体を活かしパーティーの回避盾をしている。


「心配すんな! 俺らには勇者様がついてるからな!」


 無責任に笑うのはゲイル。輝くスキンヘッドで長身の男。長身を活かし、上からの強烈な一撃を得意とする剣士。


「五階層くらいなら、俺達には楽勝だろ」


 余裕を見せている勇者シエル。金色のがっしりとした鎧を身に纏い、腰には聖剣を携えている。


「ねえ! 引き返さない? やっぱり情報をしっかり集めてからの方がいいんじゃない? 何か嫌な予感がするの……」


 赤い髪と、くるぶしまで丈のある白いローブを揺らしながら、紅い瞳でしっかりとシエルを見てシズクが言う。


「大丈夫だろ、聖剣の加護があるんだ。負けるわけがない」

「でもシエル! 明らかにいつもと違う事に気付かないの? 油断してたらダメだよ!」

「心配しすぎ――」

「そのメスの言う通りだぜ!?」



 突如、影から男が現れ小石を弾くかの様に、シエルを軽々と蹴り飛ばす。


「魔物……いや人間!? どうして!」


 魔物ではなく、人間だった事に戸惑ったものの、敵意を感じシズクは、杖を握る手を、前に向け魔法を唱える。


【蒼炎魔法――死への誘い】


 蒼く燃え盛る炎が男を包み込み、その火力はますます上がり、ダンジョン内は既に灼熱と化した。


「そのまま尽きて!」

「へぇ、面白い魔法使うじゃん。うっざ」


 そう言った謎の男は、腕を大きく振るだけで、蒼炎をかき消す。そしてシズクを見据え、言った。


「封魔石! 俺の呼び掛けに答え、あのメスの攻撃魔法を、全て封印しろ!」


 男は手に持った封魔石をシズクの方へ向ける。次第に黒く不穏な影が、シズクの周りを囲み、しばらくして消えていく。


「本当に使えなくなってる……そんなの……ありなの……? あのアイテムは、なに?」


 魔法を発動しようとしたシズクは、違和感を感じる。次第に恐怖も感じているかのように、杖を握る手の力は徐々に力んでいく。


「俺は五階層のフロアボスだ。魔法を取り戻したいなら鍛え直せ」


 ニコリと笑う謎の男は付け足すように言う。


「今度は、本物の勇者を連れて来いよ?」


 何を言っているか、意味を計り損ねている勇者パーティー。だがシズクだけは、その意味を理解しているかのような眼差しで、身を震わせながらも、威嚇するように、謎の男の目を真っ直ぐと見る。


「くそ! 撤退するぞ! みんな!」


 実力差を目の当たりにし、撤退を選択した。

 今回撤退した事は、勇者パーティーの評価に大きく響くだろう。その焦りからか、勇者シエルは近くにある木に、拳を強く突きつける。


「シズク、お前のせいだぞ! 魔法を封印されなければ、勝ててただろ!?」


 今回の事態にシエルは戸惑ったのか、怒りをシズク一人に向ける。


「私の魔法は通じなかったじゃない! それに言ったよね? 引き返さない? って!」

「僕に意見するな! 僕は聖剣に選ばれた勇者だぞ? 僕が判断を誤ったと言いたいのか!? 僕は間違えないし、お前がヘマをしなければ勝てていた!」

「シエルさん……言い過ぎではないでしょうか? 今回は相手の格が違っただけですわ!」

「ユーリの言う通りだぞシエル! それにシズクは、俺たちと違って直ぐに行動しただろ? あれがなければ全員殺されてたかもしれないんだぞ?」

「黙れ! 僕に、意見、するな!」


 シエルは理不尽な怒りをシズクにぶつけ、それをかばう、ユーリとゲイルにも言葉を強くぶつける。


「攻撃魔法の使えない君は、パーティーのお荷物だ。もういらない……追放だ」



 ***




「――という経緯があって勇者パーティーを追放された私は、冒険者として新たな強さを求めていたの」


 話し終えたシズクは決意を綴る。


「魔法を取り戻す為に……私はどうしても力を取り戻して強くならなきゃいけない! ママの仇を討つ為に……」

「もしかして、一人で森にいたのも、ダンジョンに行く為か?」

「うん……結局ダンジョンの中に入る勇気は無かったんだけどね……」


 シズクの言葉はどこか力がこもっていた。親の仇……となると当然か。でもあまり無茶は感心できないな。


「お母さんは魔物の被害にあったのか?」

「分からないんだ…ママは私が幼い時に私の目の前で消えたの。黒い霧がママを覆い尽くして、霧が晴れた時には既にママはいなかったの」


 神隠しみたいな感じなのだろうか。ここについての知識が少なすぎるから、何も分からない……。


「母親を連れ去ったのは、十中八九魔物、いや魔人の仕業じゃのう。五階層のフロアボスも魔人じゃな……」

 リルが口を開き、続けてこんな事を言った。


「シズクの魔法を封じたのは、今は失われし禁忌の魔道具じゃ。もし今も存在していたとしても使える人間はおらんじゃろうからな」


 そんな会話をしている中、森の奥から音が聞こえる。


「誰じゃ!」


 物音を警戒しリルが戦闘態勢に入る。魔法陣を右手に出し、風を起こすものの、直ぐに気配が無くなる。


「魔物だったのかなぁ?」

「いや、あれは人の気配じゃった。盗み聞きとは趣味が悪いのう。たが、あの逃げ足は一級品じゃ」


 そう言うリルに相槌をうちながらも、辺りを見渡すと、空が暗くなっている事に気付く。話し込みすぎた。


「リル、もう暗くなってる。鍛錬出来てないけど、夜は冷えるだろうし、街に戻ろう」

「そうじゃの、明日はしっかりとしごいてやろうかのう。シズクも強制参加じゃ! 魔法使いも近接戦闘出来た方が色々立ち回れるぞ」

「そうだね……ありがとうリル!」


 きっとリルなりに気を使ったんだろうな。俺もこの異世界でやる事が決まった。シズクが強くなる為の手助け、出来る事があるなら俺も全力で協力しよう。

 森から街へ帰った俺達。その日はすぐに眠りにつけた。ふかふかのベットで、寝心地が良すぎた。

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