五歩目 仲間
さて、登録も済んだし飯にしよう!
「リルは冒険者登録しなくて良かったのか?」
「構わぬ、我はお主を鍛え、お主と契約する為にここにいる。気にするでない」
そうだったのか。なんか気を使わせてるみたいで悪いな……。ここまでしてくれてるんだ、期待に応えないとな!
「ねぇ翔吾、パーティー組む予定ないなら私と組まない? 色々教えるよ! 一人だと寂しくてさー」
「組んでくれるのか? シズクが一緒だと心強いよ、ありがとう!」
シズクの提案に賛成し、飯屋へ向かう途中に俺とシズクのパーティーが結成された。ギルドから数分歩き、目的の場所に着く。随分と近いんだな。
「シズクよ、ここが飯屋か?」
「そうだよ! リル」
「ここは宿屋と合同で経営してるのか? ギルドに引けを取らないくらい大きい建物だな」
「一階がご飯屋さんで二階が宿屋さん! 翔吾泊まるとこ無いでしょ? 私が泊まっている部屋の隣、空いてるから泊まれるよ!」
シズクがすごく親切にしてくれる。誰かに優しくされるなんていつぶりだろうか。感動しているところに、シズクは言葉を続ける。
「この宿は、ご飯屋さんでの利益も出す為にご飯の提供はしてなくて、宿自体は銅貨三枚で泊まれるんだー」
確か、ここでの通貨の価値って、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚。つまりギルドで金貨一枚を渡された事になるな。高額なんじゃないか?
相場が分からないけど、この宿は結構お得なんだろうな。
「そうだな、ここに泊まろうかな。リルにも一部屋借りたいんだけど、もう一部屋空いてるかな」
「その必要はないぞ翔吾よ、我のぷりてぃーな姿に翻弄されて、神獣族という事を忘れておるのか? 神獣族は何でもありじゃ、我は神域に戻るから宿は必要ないのじゃ」
まじで何でもありなんだな。これからも驚かされる事が増えそうだ。
「用がある時や、飯の時は呼び掛けてくれ、お主がどこに居ようと直ぐに駆けつけよう」
「分かった、そうするよリル」
「うむ!」と、満足気に頷いたリルは、神域と呼んでいた場所に入っていった。
神域について詳しくは聞いていないけど、恐らく神獣族だけが入れる何かって事なんだろうな。
「とりあえず、泊まる為に手続きしに行こう。案内して、シズク」
「分かった! 任せて! こっちだよー」
今回もギルドの時と同じ様に、シズクに先導され、手続きを済ませる。
無事、シズクの隣の部屋に泊まる事が出来る。まとめて一週間の予約を取った、いつでも延長出来るらしい。それにしても広すぎる……これで銅貨三枚。確信した。お得過ぎる!
「そろそろ飯にしよう。空腹すぎる……」
「そうだねー! リル呼ばないと!」
シズクと部屋の前で合流して飯屋に向かおうとしていた。
確か呼び掛ければいいんだったな。本当に聞こえるのだろうか。
「リル、飯にするぞ」
『うむ承知した』
俺の横の、何も無い空間からリルが出てくる。
「待たせたな翔吾、シズク」
「まじで直ぐに駆けつけたな」
「はやかったねー」
三人揃って一階の飯屋へ降り、席に着く。
「いらっしゃい!」
厨房から元気に挨拶される、この人はメリダさん。宿の経営者、飯屋ではこの人が一人で料理を担当している。
注文や配膳はメリダさんの娘、マリア。愛想がよく、ここの利用者から絶大な人気を得ている。
「ご注文はどうされますか?」
「翔吾! ここはキッシュがとても美味しいよ!」
「そうなんだ、じゃあキッシュにしようかな」
「我もきっしゅとやらをもらおうかのう」
「私もキッシュ!」
三人でここの人気メニュー、キッシュを食べる事にした。
「かしこまりましたー! シズクちゃんほんとキッシュ好きだねー」
「だって美味しいんだもん!」
マリアは、シズクの事を姉の様に慕っているみたいで、俺を連れてきた時は恋人を連れてきたと思い衝撃だったらしい。
泊まる手続きをしている時にド直球で「恋人ですか?」と困惑した様な雰囲気で尋ねられた。でも、誤解を解いたら直ぐに打ち解けれたから、看板娘のコミュニケーション能力は侮れないな。
「翔吾さん、期待しててね!」
「楽しみに待ってるよ!」
注文を聞き終えたマリアはビシッ! と指を前に向け笑顔で言った。
十分程経って、三角形に切られたキッシュが、木の皿に乗って運ばれてきた。卵の優しく甘い香りが食欲をそそる。
「いただきます!」
こうして挨拶を合わせて言うのは小学校の給食の時間を思い出させるな。
「美味い!」
パリパリのパイ生地に卵と生クリームでまろやかになった生地、その中にあるベーコンとほうれん草。とてもシンプル、故に美味。
どこか懐かしさを感じさせる優しい味わい。
「凄く美味じゃ!」
どうやらリルも気に入った様だ。このクオリティで銅貨一枚。ここは物価が安くて助かるな。
食事を終え、俺達は鍛錬しても人に迷惑が掛からない森へと戻ってきた。
「さて! そろそろ鍛錬をしようかのう! じゃがその前に。翔吾、紋章のある左手を出すのじゃ」
「どうしたんだ?」
「その紋章は少々厄介じゃからのう、幻影魔法をかけておく」
前も紋章について何か言っていたな。今はリルに従っておこう。
リルは俺の左手を持ち上げ、目を閉じ何か呪文を唱えている様に聞こえたが、内容は分からなかった。
「ほれ!かけ終わったぞ!」
見事に紋章が消えていた。魔法って便利だ。
「お主、以前の戦いを見る感じ、体の動かし方が剣術を使う者と似た動きをしていたように思えた。剣術を習っておったのか?」
「小さい時から、じいちゃんにしごかれてたんだ。中学に上がってからは道場に行かず疎遠になって、二年の時にじいちゃんは死んじまった……ごめんもありがとうも伝えられないままに」
じいちゃんは俺の事を嫌ってるだろうな。
散々世話になってたのに看取ってやれなかった……。
「推測じゃが、こことは違う世界から来たんじゃろ? お主、その世界で何があった」
「ちょっとリル! ダメだよ、人には触れられたくない事もあるよ!」
遠慮なく聞いてくるリル。
違う世界という言葉に違和感があったはずなのに、シズクは俺の事を気遣ってくれた。
確かにこの話はあまり触れて欲しくはない。でもこの二人には話してもいいとも思った。
「いいよシズク、話す。聞いてくれるか?」
俺は辛い事から逃げて続けていた事や、自分を偽っていた事、弱さ、無力さを全て自然にさらけ出した。恥も外聞も捨てて。それだけこの二人には安心感があった。
「そんな事が……」シズクの言葉を遮り、リルが俺の胸ぐらを掴み、怒鳴る。
「お主は自分の事を無力と言ったな、じゃがこの世界に来て変わろうとしている。そんなやつが無力な訳無かろうが! 自分を過小評価してやるな!」
過去は吹っ切れたはずだった。でも、リルの言葉を聞いて、一滴の涙が頬を伝う。
「今までよく頑張ったのう、自分が無力と思うのなら、お主の代わりに我が褒めてやろう。誰がなんと言おうとお主は頑張った!」
胸ぐらを掴んでいたリルの手は、そっと頭に移動し、くしゃくしゃっと俺を撫でる。
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
「よく頑張ったね! 翔吾、もうこれからは一人で悩まなくて大丈夫、私達がいるから」
シズクは優しい声と眼差しで、こちらを見据える。俺はこの世界に来て大切な仲間と出会えた。この繋がりを大切にしていこう。
「次はシズクの番じゃぞ? 一人で悩まなくて大丈夫なのは、お主も同じじゃろう」
リルはまた遠慮なく、シズクに問いかける。
「そう…だね。翔吾が話してくれたんだもん! 私も話す!」
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