八歩目 老師

 ――夜が明け、朝を迎える。


『早く支度しないか!』

「うわあぁぁぁぁぁ!!」


 朝起きたら目の前に大きな狼がいた。

 こんなサプライズ、みんな驚くだろ? それなのに、人の姿になったリルにしばかれてしまった。自然な反応をしただけなのに。


「ほれ早く山に向かうぞ! シズクはもう支度を終えておるぞ」

「シズクは朝早いんだな」


 感心しながら支度を終える。宿を出て、山へと足を運ぶ。


「霧が凄いな……」

「ここはちょいと特殊でのう、山に入った者を遭難させる霧じゃ。我が居らねばお主らはやつに会う事は出来んじゃろな」

「リルが居てくれてよかったあ! ありがとう!」


 先が見えない程濃い霧の中、リルはさらっと恐ろしい事を言った気がするけど、シズクは能天気に感謝を伝えた。

 会話しながら進む事、十分が経つ頃。


「――っなんだ!?」


 後ろから不意に斬り掛かられる。

大した傷では無いものの左腕をかすめる。しかし、あの太刀筋……。


「お前らは、ここに強くなりに来たんだろ! 山に入った瞬間から警戒しておけ!」


 俺の背後に立っているやつが言った。恐らく、化け物のじじい。

 その声には、聞き覚えがあり何処か懐かしい。その声の主を確認する為、急いで振り返る。


「じい……ちゃん……?」


 そこにいたのは、俺の知っている人物。


「俺をじいちゃん呼ばわりか。年寄りには、違いないがな」

「何とぼけてんだ、てかなんでこの世界に居るんだよ? じいちゃんは……」

「何を勘違いしているかは知らんが、人違いだろう、俺は貴様を知らん」


 おいまじかよ。じいちゃんが生きてる……? でも、向こうは知らねえ見たいだし、ああもう分からん!


「おいリル! この小僧か、見込みがあるというやつは」

「その通りじゃガンテツ、鍛えてやってくれ」

「ふん、儂にはただの子供にしか見えんがな」

「んだとじじい!」

「落ち着いて! 翔吾!」


 シズクは、冷静さを失う俺を止める。その姿を見てじいちゃんが口を開く。


「舐められるのが嫌なら強くなればいい、それだけだろ? 単純な話だ。分かればさっさと始めるぞ」


 木刀を俺の方へ投げ、じいちゃんは腰に差した木刀に手をかける。さっきのも木刀だったのか……? 

 艶出しのされていない木刀。木からそのまま削り出された様な。じいちゃんの手作りか?


 この威圧的な態度、確実に俺の知ってるじいちゃん――田辺賢治。だが、リルにはガンテツと呼ばれている、偽名か? でも隠す必要あるのか?


 予め、リルから聞いていた様で、ここに来た経緯などは聞かれなかった。俺は疑問があるまま、剣術の指導が始まる。


「動きを見極めろ、貴様は何故、強さを欲する」

「決まってんだろ、守る為だ」


 俺は守りたいと思う人を、守りたい。ボスゴリラと戦った時はリルがいなかったら、殺されていただろう。それにシズクも守れなかった……。もう二度とあんな思いはしたくない!


「そうか。だがそのままでは、何も守れんな」


 挑発するように失笑しながら、ガンテツは言う。お互いに木刀を握り相手の隙を見極め斬り掛かる、だがガンテツは、本当に化け物で一切、隙を見せない。

 リルに叩き込まれた基礎を活かし、距離を詰める。だが、一振りで飛ばされ、間合いに入れない。そんな状況が続く。

 動きの精度が落ちているのが、自分でも分かるほどに追い詰められていた。


「くっそ! 間合いに入れねえ!」

「間合いに入ったとしても勝てんだろ、それにこの手合わせは貴様の実力を測る為だ。大体分かったからしばらく休憩しておけ」


 試されてた訳か……これを元にどう鍛えるか決めるのか。というかどうして、木刀で切り傷できんだよ!?

 休憩を取り始め二十分、その間シズクも手合わせをしていた。


「目を閉じるな! 相手をしっかり見ろ! しっかり降り下ろせ!」

「難しいよ〜!」


 シズクの太刀筋の悪さに、ガンテツは大きな溜息を吐いていた。正直、俺から見ても酷かった。


「よし、これから一週間。今から言う内容を忘れるな、これが鍛錬のメニューだ」

「分かった」

「はい!」


 俺とシズクは、期待と不安を胸に返事をする。


「まず小娘。剣の才能が一切感じられん。だから剣は諦めろ」


 ばっさりと言うガンテツは、続けて本題の鍛錬メニューを告げる。


「この山を一人で行動出来るようになってもらう。魔力を研ぎ澄ませば簡単な事だ」

「やっぱり剣はだめか……でも、魔力を研ぎ澄ますのは、ある程度できるよ?」

「ある程度じゃ足らぬ。もっとだ。それと、リルと組手で経験を積んでもらう。強くなるには実践だ!」

「はい……分かりました!」


 魔法使いとして、力を取り戻した時の為の魔力強化。取り戻す為の素の強さ。両方を鍛える考えられたメニュー。単調に見えるが合理的で、無駄がない。


「次、小僧。素振り、五千回。瞑想、三時間だ。貴様は短気で焦りやすく隙が出来やすい、まずは冷静になる訓練からだ」


 前置きなく、淡々と言うガンテツ。


「貴様は成長速度が速いらしいな。だとすればそれだけでも今よりは強くなれる。恐らくな」

「地味だな」

「派手ならいいって物じゃない。冷静な判断が出来無ければ、視野が狭まり死角が増える、そんなんじゃいつまでも弱いままだ」

「確かに……じじいの言う通りだな」


 冷静な判断、これは絶対に必要だな。俺はもう逃げないと誓った。これも必ずこなしてみせる!

 決意をした時、ゴツゴツとした拳が俺の頭を直撃した。


「師匠と呼べ小憎!」

「殴る事無いだろ! 痛えじゃねぇか! じじい!」

「全く、生意気な奴だ! 素振り、一万回に変更だ。後、小僧もリルとの組手をしておけ」


このじじい……大人気ねぇ!

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