三歩目 挑戦
「俺はシズクに大丈夫って言ってもらえて、救われた! だから次は、俺がシズクを助ける番だ!」
もう自分を偽るのはやめだ。やりたいようにやってやる!
「ガキが! ビビってるくせにかっこつけてるんじゃねぇぞぉ!」
盗賊達がボスゴリラの声に続くように、野次を飛ばす。そして、少し錆びついた剣を抜く。
「翔吾! 無茶だよ! 逃げて!」
「どんなに無茶でも、ここで逃げたら俺は変われない。そもそも、女の子置いて逃げたら人間失格だ!」
俺の腕を引き、瞳を潤わせながら止めるシズク。
シズクの制止を聞かず言ったものの、この人数を相手に出来るとは思わない。だから俺は、誰かが通りがかるのに賭ける。
それまで何とか時間を稼ぐ! 勝つ必要は無い、暴れろ!
頼む、思い出せ俺の体! じいちゃんにしごかれてきた幼少時代を!
――古びた大きい道場で、今日もじいちゃんにしばか…しごかれる。
「翔吾! しっかりと動きを見るんだ! これは重要な事だぞ。相手が何人いても冷静に見極めさえすれば突破口は、必ず拓ける!」
白の道着を纏い、木刀を構えて尋常ではない圧を放っているのは、俺の祖父。定年をむかえた老体だとは思えない程に、鍛え上げられた肉体には日々の努力が感じとれる。
若い頃から様々な武術を習い強さを求め続けていたらしい。
「男は強くないといけない、なんて言われる事がある。だが必ず強くなる必要は無いと儂は思っている」
じいちゃんはゆっくりと道場の床に座り込み、手に持っていた木刀を横に置く。
「でもな翔吾、強くなければ守りたいものも守れないぞ」
真剣な眼差しで語るその言葉からは、強い信念と共に、大きな後悔がある事を幼いながらに感じ取った。
――あの頃はまだ幼くて、言葉の意味は理解できていなかった。でも今なら理解出来る。
まともに戦えるかは分からないが、昔あんなにしごかれたんだ。少しくらいは体に染み付いているはず……多分……。
「そろそろ死ぬかぁ? ガキ!」
「黙れ! 人が抱えてるもん土足で踏み荒らしやがって! シズクに頭下げるまでタコ殴りにしてやるよ、ボスゴリラ!」
ボスゴリラというあだ名に怒ったのか、タコ殴りにしてやる、という挑発に怒ったのかは分からないが、ボスゴリラとその手下が怒りをあらわにする。
そして次々に斬りかかってくる。
しっかり相手を見ろ、刀の軌道を読め。俺の方へ走り込み、右斜め上から斬りかかってきた盗賊の間合いに姿勢を低くして滑り込み、肋に拳をねじ込ませる。
骨の軋む感触。人を殴ると自分も痛いってこういう事か。罪悪感で心が痛む。でも、仕掛けたのはそっちだ! 今回は許してくれ。
「多少はまだ、動けるな」
膝から崩れ落ちる盗賊を見て、自分に言い聞かせるように言葉をこぼす。
ある程度動けるとしても、本当に数が多い。相手の動きを見て、間合いに入り、拳を入れる。その繰り返し。それでも人数は減らない。
二回ほど剣が腕を掠めていて、痛いし、傷口が熱いし、正直逃げたい。だけどシズクを助けるって決めたんだ! 根性見せろ俺!
幸い、シズクを狙う素振りはない。今は俺だけを仕留めに来ている。周りにはまだ盗賊連中が大勢いるが、一番警戒すべきはボスゴリラだろう。だから俺は、ボスゴリラに見えない様にシズクを背に隠す。
盗賊達は、俺の疲労などお構いなしで斬りかかる。だけど、何故か真正面からしか斬りかかって来ない。
囲んでいるのだから、数人で多方向から斬りかかればいいんじゃないか? と思う。それなのに、一人ずつ正面から来る。囲んだ意味は? 律儀なのか? 盗賊なのに?
「十人は倒してるだろ! 何人いるんだよ……」
「もうバテたか? これで終いだぁ、クソガキ!」
謎の陣形に思考を絞りすぎ、疲労も相まって少し油断してしまう。
大きく踏み込んだボスゴリラ。乾燥した地面の砂が跳ね上がる。一瞬の内に距離を詰め、俺に向け剣を、右から左へ大きく振る。
くっそボスゴリラ! このガタイなのに素早いのかよ……殺られる!
じいちゃんの言う通りだ。強くなきゃ守りたいものも守れない……くそっ!
『良き戦いぶりじゃったぞ、小僧』
少し低く響く声とともに、風が竜巻の如く吹き荒れ、盗賊達は瞬く間に吹き飛ばされる。
助けが来たのか! 声が聞こえた方向へ目をやると、そこには一匹の獣がいた。
え? 喋ってなかったか?
だが、明らかに盗賊達は獣を前に怯え、数名は瞬く間に逃げ去って行った。
「ど、どうして……神獣族がこんな所に! アニキ! やべぇっすよ!」
「おいお前ら! さっさとずらかるぞ!」
神獣族、そんな種族がいるのか? 確かに異様な圧を感じるが、そんなにやばい種族なのか? ボスゴリラも焦って去っていった。
だけど、助けてくれたよな。感謝しかない。
「ありがとう、おかげで死なずに済んだ」
『ほう…我を見ても恐れぬか』
俺は獣の方へ目を向け感謝を伝えた。
白銀の毛皮に鋭い目付き、とても大きな狼に見える。
確かにこの見た目は怖いな。でも……。
「お前は助けてくれたんだ、そんな優しいやつを恐れる訳ないだろ?」
『良い心掛けじゃ、そこの小娘にも見習わせなければのう』
獣が指差す方へ目を向けるとシズクが硬直していた。
「えっと……?シズク、顔青いけど大丈夫?」
「し、神獣族……だよ? 翔吾は平気なの!? 最強種の一つだよ!? 怖いよぉ!」
最強種の一つ? って事は他にもこんなに圧を出す種族がいるのか? 確かに……少しは怖いな…見た目は。
「怖がられてるぞ?」
『そりゃそうじゃろう、大抵の人間が我を恐れる、小僧が珍しいだけじゃ』
そういった後、狼は自分の周りに風を纏わせ、一瞬にして、狼の姿が変わる。俺はその光景から目が離せない。
狼が人間になったんだから。
「これで良いじゃろ? なんじゃ小僧、我に惚れたか?」
「お、おう……」
耳と尻尾が生えていて、銀色の瞳に鏡のように全てを反射させる様に輝いた銀髪の美少女。惚れてはいないけど、正直綺麗だと思ったし、可愛いとも思った。
「かあわいい! 小さあい!!」
さっきまで固まっていたシズクが急に狼の方へ近付き、撫で回す。おいおい……。
「ふっふっふ! 我の愛くるしさが分かったか小娘!」
「満更でもないのな狼……」
最強種って言われる種族だから、てっきりプライドが高くて馴れ合いは好まないと思ってた。
「我を狼呼ばわりか小僧、あんな獣と一括りにされるのは気に食わぬのう。リルと呼んでもらおうか?」
少し不服げに見つめられる。
意識せず狼と呼んだが良く考えれば失礼だったな。獣は獣なんじゃ? とも思ったけど。
「悪かったリル、俺は翔吾。覚えといてもらえると嬉しい」
「構わぬ。それより翔吾、お主が気に入った! 唐突で困惑するかもしれんが、我と契約せぬか?」
シズクにも撫で続けられたまま、話を続ける。
「あの盗賊共を倒すには、今のお主では厳しい。次に会った時も苦戦を強いられであろう。やられたままでは嫌じゃろ?」
本当に唐突で驚く。次の事なんて考えてなかったな。さっきは、シズクを助ける事だけに集中してた。
俺はどうするべきだ? 知らない世界、強い敵。逃げ出したい。だけど、変わるんだろ? あいつらを倒す事で変わるきっかけになるかも知れない。
それに俺は、今日無力さを実感した。逃げてばかりじゃだめだ! 強くなりたい! 誰かを守れる様に! この異世界で変わってやる! 自分を好きになる為にも。
「リル、契約ってなんだ?」
「我の見立てでは、お主は並の人間じゃないのう、契約が成立すれば我の力を使えるぞ? 簡潔に言えば最強になれる。どうする?」
興味を示した俺を、ニヤつきながら見てくるリル。
最強種――神獣族の力を使えれば、この先、何があろうと俺は守りたいものを守れる。なら答えは一つだけ。
「強くなれるのなら、俺と契約してくれ!」
俺の決意を感じたのかリルはまた、ニヤリと笑う。
「うむ! じゃが我と契約するには、お主はまだ弱い! 見込みがあるだけで実力はまだまだじゃからのう」
両手を腰に当て、胸を張るリル。
「我が鍛えてやる! 契約はある程度強くなってからじゃな」
リルはにっこりと微笑みながら言った。
俺は弱い、リルが鍛えてくれるなら心強い! 必ず強くなってやる!
決意をさらに固めるため、体の前で拳を強く握る。
「拳の……それは紋章。偶然、我の勘が冴えていたようじゃな。騎士団共に見つかる前に仕上げねばならぬの」
リルが俺の拳を見て言った。青色のよく分からないマーク。俺にはこれが何か分からないが、重要な事なのか……?
まぁ難しい事は後々考えるか。
「あ、そういえばこの付近にダンジョンがあるって言ってたよな」
ダンジョンなんて今までならお目にかかれなかったからな、すごく興味深い。
「ダンジョン見た事ないから見てみたいんだけど案内してくれないか? シズク」
「冒険者登録しないとダンジョンには入れないよ?」
延々とリルを撫で回していたシズクが手を止め、言う。
そうなのか……ダンジョンに入れないのに行くのはつまらないな。
「どこで冒険者登録できるんだ?」
「ギルドで申請したら直ぐに冒険者になれるよ! 街に行く?」
シズクが明るく教えてくれる。案外簡単になれるんだな冒険者って。異世界でやる事ないし、ダンジョンに入りたい。
そうだ冒険者、なろう。
「うん、案内してくれる? お腹も空いたし飯屋……」
「どうしたの?」
良く考えれば俺、一文無しだ……金どころか、何も無い。気付いたらここにいたもんな。
「いや、お腹空いたから飯でも……と思ったんだけど、知らない内にここにいたから、何も持ってないんだよね……」
「そういえばお主、装備すらもっておらぬのう」
リルが俺をまじまじと見て言う。そんな見られると照れる。耐性ないんだよ。
でもそうなんだよな、ほんとどうしようかな。
「それなら大丈夫だよ! 冒険者登録すれば補助として、剣と銀貨十枚が貰えるよ!」
力強く言い放つシズク。
「ちょうどお昼時だし、登録が終わったらご飯にしよう!」
「初回ログインボーナスみたいな物か。よかった! これから先どうしようかと思ったよ!」
「しょかいろぐいんぼーなす?」
不思議そうにシズクが聞き返す。そっか、伝わらない言葉もあるんだ。
「いや! なんでもない」
にっこりと笑って誤魔化した。作り笑いはお手のものだ。色々あったが、安心した所で街に向かう事にした。
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