第3話 権限委託と三人の会談


 部屋と言っても応接室。

 ソファの前に置かれた透明なテーブルの上にファントムが好きな紅茶とお茶菓子が予め用意されていた。


 さて、真面目に話しでも聞きながら紅茶でも飲むか。

 と思い、ファントムはアイリスに案内された隣に腰を下ろす。

 本来は立って待機なのだが、アイリスにとってはこれが一番落ち着くのだ。

 何と言うか隣にいてくれる安心感と言う物が人肌の温もりを通して伝わってくると言うか、そんな感じだ。


「それで急に会いたいってどうしたの?」


 その言葉に口ごもる優美。

 それを他所にお茶菓子を口に含み、紅茶を味わいながら飲むファントム。

 優美の両親はこの光景を見ても普通だと思うが、優美はそうじゃないので少し違和感を覚えていた。それもそのはず、特に先代女王陛下はファントムをかなり甘やかしていた。本当の理由はファントムが話しを聞いてどう思っているのか等素直な反応を見るためなど裏ではちゃんとした理由があったりと王族専用の危険度感知器みたいな扱い方をされているのがファントムである。そして暗黙の了解でそれを多くの貴族や国の重役達も知っている。


「彼は護衛で守秘義務は護るし今はこんなんだけど私が許可しているわ。ってもファントムの噂は優美も知っているだろうからここでは割愛させてもらうわ。だから気にせずに話していいわ」


「確かに私は知っています。こうしてお会いするのは初めてですが……」


「初めまして、ファントムです。今は私に関する昔の事は忘れて貰って構いません。ただここで聞いたことは他言しないと誓います」


「そうゆうこと。まぁ私を裏切るような奴じゃないわ。それに世間が思っている程、ファントムは悪い奴じゃないわ。その真相を知っている者としては、何故そうなっているのかと疑問に思うほどにね」


「真相……」


「えぇ。機会があれば教えてあげるわ」


 優美から向けられる疑惑の眼差しにファントムは微笑んだ。


 その微笑みをチラッと横目で見たアイリスは思う。

 やはりファントムを隣に置いといて正解だったと。

 世間的に味方か敵か今はわからないとされているファントムであるが、最前線で何度も修羅場を乗り越えてきた経験と実績もある元軍人。

 そのファントムが微笑むと言う事は、まだ心に余裕がある証拠だ。

 信頼できる者がこうして堂々としてくれているだけで、アイリスの心の負担は大きく減る。それが最能力魔術師ファントムなのだ。



 無能魔術師――レベル一:魔術と呼ぶには些か弱い魔術しか扱えない

 低能力魔術師――レベル二:魔術生成速度などが遅く、戦闘では役に立たない

 中能力魔術師――レベル三:戦闘向きではない魔術までしか扱えない

 高能力魔術師――レベル四:戦闘向き魔術で単一個体で戦場を変えることもある

 最能力魔術師――レベル五:戦線に出れば流れが確実に変わる程の力を単一個体で保持している

 原書――レベル六:国の政治や世界のパワーバランスにも干渉できるほど

 魔術原書――レベル七:人類最高峰の力を持ち、世界のパワーバランスに大きな影響を与える


 世界はこうして六人の魔術原書をピラミッドの頂点として機能している。

 それとは別に一人異例で世界に干渉をしている者がいるとされているが、その者は秘密が多くあまり語られることはない。

 その中でも最能力魔術師以上の人間は限られており、この者達の存在こそが国の命運を少なからず握っていると言っても過言ではないとされている。


「では本題に入らさせていただきます。」


 優美は二人の顔色を窺いながら言った。


「先日私の屋敷に何者かが侵入しました。私はお父様を護るべく戦いましたが……アイリス女王陛下が知っての通り惨敗しお父様が危篤状態、お母様も身を案じて外には出られなくなってしまいました。そこで国の力を使い、犯人を早急に見つけ出し処罰して欲しいと言うのが今回の依頼です」


「優美が惨敗って本当だったの?」


「はい……。不意打ちだったとは言え油断している所をやられました。まさかお父様が重傷なのを見て動揺した隙を狙われるとは……」


「それは残念だったわね……。それにしても最能力魔術師の優美が勝てないとなると少々面倒ね……」


 ジッ―と隣から向けられる視線にファントムは苦笑いで誤魔化す。

 先に言っておくと、ファントムは犯人じゃない。

 なのに向けられる視線の意味が分かってしまう自分にため息をついた。


「調べろと?」


「うん。お願いしていい?」


「拒否権は?」


「ないよ? それと私の護衛もしっかりとお願いね」


「わかりました。まぁ何とかしてみるよ」


「ってことでとりあえずこの件はファントムに任せることにするわ。今後は用事があるならファントムに直接言いなさい」


「は、はい。本当にアイリス女王陛下の護衛しながら出来るんですか?」


「えぇ。かつて参謀として私のお父様やお母様の右腕の一人として仕えていたんですもん。これくらい余裕よ。ただ少し時間はかかると思うわ。ってことで、ファントムに今から参謀権限を一時的に与える。権限の範囲内で元部下達に協力してもらう、もしくは命令して動かしても構わないわ」


「わかりました。早急に問題が解決するように努めるとしましょう」


 隣にいるアイリスに頭を下げるファントム。


「あ、ありがとうございます。ファントム様よろしくお願いします」


「ファントムと呼び捨てでも構いませんよ。参謀と言えば貴族ですら簡単に物言いが出来ない立場にはなりますが、あくまで一時的にと言う事ですので」


「は、はい」


 ファントムに与えられた立場に優美が緊張する。

 それもそのはず。

 ファントムは悪い噂こそあるが、その手腕は今の女王陛下であるアイリスが認めている程とまで言われているのだから。世代を超え、親子揃い認められる者の名、それが『古き英雄』の名でもあるのだ。それとはもう一つ……意味があるのだが、ここでは関係ないので割愛しておく。


「……うっ」


 急に胸を抑え、苦痛の表情を見せる。


「優美?」


「だ、大丈夫です。先日の傷が少し疼いただけですので、ご心配なく」


 アイリスは隣にいるファントムの袖を引っ張って耳元で呟く。


「もし可能なら後で見て治してあげて。多少なら手荒でも構わない。このままってのは、見てて可哀想」


「わかった」


 ファントムが頷く。

 とは言ってもファントムの本領は医療魔法ではない。

 正直見ても直せない可能性の方が高い。

 ある程度戦線にも出ていた事からその手の知識や専門知識があるだけ。

 だけど貴族が専属で雇うようなプロフェッショナルの専門家ではないのだが、それでもアイリスからの頼みとあればまず見るだけなら……。

 それで治せないと思った時は素直に言えばいい。

 ただ問題が一つ。


 相手が異性……だと言う事だ。


 とりあえずお話ししてダメだったら素直に手を退くと言うか断られるようなニュアンスでいき、後でアイリスに断られたと言うのがベストだろう。

 不祥事は絶対に起こさない!

 それがファントムの心構えであり、万に一つそのようなことを起こせば絶対に隣にいるお方が黙っていないと言う確信があるのだ。

 なので、この場で今そう言わないのは周りの目があるからというアイリスの配慮をこちらも上手く使わさせてもらおうかなとファントムが考えていると、


「優美とは別に護衛には別の部屋を用意するわ。とりあえず事件が解決するまでと言っても三日が限界みたいだけどそれまではここにいなさい。後は……私も少し忙しいからすぐには話しが聞けないこともあるだろうけど何かあれば呼んでくれて構わないわ」


「ありがとうございます」


「一応言っておくと、私は私で調べてあげるけど情報共有は基本的にファントムとする。敵が優美を狙っている可能性がある以上下手に知った方が危ないと思うのよ。どうかしら?」


「問題ありません。むしろお気遣い感謝申し上げます」


「なら私は大臣達とこの後会議があるから後は二人で宜しくね」


 立ち上がりながら、小声で。


「なら夜楽しみにしてるね♪」


 とファントムにだけ聞こえる声で呟いたアイリス。


 ファントムはコクりと頷く事で返事をする。


 そのまま女王陛下とその従者、それと優美の護衛が用意された部屋の場所の確認の為に出て行く。

 ファントムはその背中を静かに見送った。



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