第4話 治療とありのままの姿


 いざ二人きりになると何を話していいかわからないファントムは紅茶を口に含みながらチラッと優美を見てみる。


 やっぱり身に付けている物から貴族でお金持ちだなと思った。


 それに比べてファントムは一般人が着ている服に一応オシャレとして首から安物のシルバーネックレスを身に着けているだけとなんとも軽装である。

 本当は戦闘になって汚れてもいい服と言う意味合いがあるのだが、こうなるとなんか場違いな感じしかしてこないのでとても気まずい。

 せめてもう少しまともな服装で来れば良かった、と思い後悔していると優美が口を開く。


「私の胸元ばかり見てやっぱり気になりますか?」


 ――ブッ!?


 口に含んだ紅茶が気管支に入った。


「あらあら、うふふっ」


 口元を手で隠し、笑う優美。


「男の子ですね。女性の身体にご興味があるとは」


「い、いえ。その、何と言うか……医者に見てもらっても治らない傷となると魔力回路に深刻なダメージを受けているのかなと思ってですね。それに先程胸を抑えて苦しまれていた時、僅かにですが魔力の流れが不自然になったなと思ったので決して下心とかで見てたわけではありません。ただ気になったと言うか……」


 慌てて弁解するファントム。


「あの一瞬でそこまで見抜くとは……医療に詳しいのですか?」


「いえ。昔戦場に出ていた頃に少し学んだ程度の知識しか私にはありません。現代魔法のベースである体内の魔力保有量が平均以下である私には魔力を大量に使う医療魔法の素質はありませんでしたので」


 ファントムは体内の魔力保有量が人並み以下だった。

 これは生まれ持った物で努力しても絶対に変わらない事実。

 あるお茶碗があったとしよう。

 そこに限界ギリギリまで入った水。これが魔力。

 この水は生まれてきた時に決まったお茶碗――器の限界までしか入らない。

 なのでアイリスのように王族で魔術師の才能がある者はこの器の底が深いどんぶり型だったりと最初からキャパシティーがバカみたいに沢山あるのだ。


 かつて人類が一昔前に使っていた古代魔法は周囲の魔力をベースに足りない分を体内の魔力で補うと今とは真逆の方法だったりするのでファントムのような才に恵まれなかった者は時代遅れの魔法である古代魔法の時代の方が良かったなと思っている者も中にはいる。

 ただし古代魔法を使うためには周囲に魔力が必要と言う観点から意図的に魔力を作る魔力石を基本的には使う。厳密には魔力石に宿った魔力を取り出す(石を割る)事で大気中に放出させているだけである。ただし天然物の為、資源に限りがあることからかなり高価な物と今ではなってしまい、時代はやはり扱いやすく手ごろに使える現代魔法へとシフトしていった。人口物は魔力にも波長や種類と言う物があり、そこの調整が難しい事から生産がすぐにストップし今では作られていない。そう言った面で天然物は比較的万能で誰にも扱いやすいという利点があったりもする。


 その為ファントムは医療魔法だけでなく、魔力を大量に使う現代魔法全般が苦手である。


「一応扱う事は可能ですが、長時間使ったり連発しては無理です」


「なるほど。では扱えるは扱えるのですか?」


「はい。そこは否定しません」


「なら見てみますか? 専門医からは傷跡こそ消えたが、魔力回路はもうこれ以上は治らないと言われました。後学の為にもいかがでしょうか?」


 魔力回路。

 それは全身を血管と同じようにして巡る細い管。

 これが心臓付近にある魔力生成器官で作られた魔力を全身に運ぶための道みたいな物。

 それが何かのきっかけで壊れる修復不可になるまで壊されると、一部の魔法が使えなくなったりと色々大変だったりする。


「いえ……遠慮しておきます。治せない可能性が高いとわかっていながら優美様に嫌な思いをさせるわけにはいきませんから」


 ここで令嬢の裸体を見たと言う事実をあまり作りたくはない、そう思ったファントム。

 理由は二つ。

 一つは異性。

 もう一つは。

 自分が裏切者であり犯罪者でもあるからだ。

 アイリスに言われた時はその場の雰囲気で返事をしてしまったが、やはりそうゆうのは良くないと今冷静になればそう思える。


 だが。


「構いませんよ。もう剣すらまともに握れない私にはこれくらいしかできませんから」


 悔しそうに呟き立ち上がる優美。

 そして身に着けていた装飾品を外し、服を脱ぎ始める。

 それを見た、ファントムは止める事が出来なかった。

 剣を持てないと言った優美の表情があまりにも辛そうに見えたし、なにより目に涙がたまっていた。

 剣に全てを捧げ、今まで厳しい鍛錬にも耐えて頑張ってきたのだろう。

 そして自分の存在証明、誇りとなった剣をきっと失ったのだとなぜかそう思ってしまった。


「魔力の中枢でもある魔力生成器官に近い魔力回路が一部欠損し今では六割程度までしか出せません。それ以上出せば今度こそ私は魔法すら使えなくなると言われました」


 綺麗な肌。

 恥じらいを捨て、ありのままの姿を見せる優美。

 常人には見ただけではわからない変化にファントムはすぐに気付いた。

 これは意図的に破壊されたのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る