洞窟を抜ける

「……」

 ただいま、と声もかけずにきょろきょろしながら私は家の中を進んだ。

 別にそうする必要はないのだ。だって今日は両親が遠くへ出かけている。

 帰ってくるのは三日後で、それまで私のことを縛るものはない。

 それでも何となく誰かがいるんじゃないかと思って、家の中を滑るように音を立てずに進み、居間に残された両親からの手紙を見て不在を確信するとガッツポーズを決めた。

「……違う違うそう言うんじゃないから」

 誰も聞いてないのにそう音を漏らすと、まず準備に入る。

 今日から明日分の食料と飲み物、濡れたままだと髪が傷むのでブラシとケア用品に歯磨き一式。

 細々としたものを用意しながら不思議と気持ちが高揚して、そのたびにそういうのじゃないそういうのじゃ、と繰り返していたら家を出るのが遅くなってしまった。

 泊まる用意を整えたカバンを肩から斜め掛けにし、戸締りを確りとしてそっと家を出て、そっと出る必要がない事を思い出して苦笑い。

 家を出ると、そこは一面の緑なす畑。私の住む町の主要産業の一つは私たちの食事の大部分を占める農業だ。見慣れている、見飽きているけれどやはり綺麗な景色は私にとっての自慢でいつか彼に見せられるのかなあ?なんて思ったりもする。

 作業をしている見知った人達に手を振られ私も振り返したり、お出かけ?なんて言葉に今日は親がいないから友達の家に泊まりに行く、なんて前日から決めていた嘘を返したりしながら町の外れへと進んでいく。町外れまで来てきょろきょろと周囲を見回し誰もいないことを確認すると自然と足の動きが速くなる。

 これは認めてもいいと思う、私は彼に会うのが楽しみなのだ。

 彼もそうだと嬉しいし、そう思ってくれてるとは思うのだけど。生まれた国が違うから私と彼の意思疎通はゆっくりで、でもそれが嫌じゃないのはやっぱりアレか好きなのだろうかと最近よぎる考えをぶんぶんと頭を振って振り払う。

 この隧道トンネルを抜けると待ち合わせの場所だ。逸る気持ちと同調するように足も早まった。

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