第7話 明日恐怖症(809文字)

明日恐怖症あすきょうふしょう」という名の病がある。

 特定のものに異常な恐怖を感じる症状である恐怖症には動植物に対するものから、無機物に対するもの、想像上の存在や、物事の概念に至るものまで広く様々なものが現在では医学的にも認められているが、明日恐怖症も近年世人に知られることとなった恐怖症のひとつである。

 主な症状としては「明日」が来ることへの漠然、あるいは明確な恐れや不安から動悸、目眩、吐き気、不眠、パニック障害などを引き起こし、うつなどを伴うケースがあることが知られている。

 ここでは症例として20代男性A氏のケースを紹介する。A氏は職場における人間関係や日々の生活に漠然とした不安感を抱いており、それが結果として「明日」を恐れる感情に繋がったと考えられる。

 A氏は「明日」が訪れることの恐怖のために不眠症を発症した。これは夜に眠ってしまえばその後目覚めた時に恐れていた「明日」が来てしまう、という恐怖感情によるものであると考えられるが、興味深いことにここでA氏が「明日」と認識し恐れを感じるのは、日付の変わった午前5時以降のことである点である。ヒアリングの結果、A氏は寝付けないまま日を跨ぎ、1時、2時、3時と体力の限界を迎えるまで活動を続けるが、彼はその時点では不眠症を除いては恐怖症の症状を見せない、ということが明らかとなった。

 つまり、A氏が明確に「明日」を認識する(と考えられる)午前5時以降に目覚めたあとになって初めて彼を「明日」を迎えてしまったことによる恐怖感、不安感、そして目眩や吐き気といった症状が襲うことになる。

 明日恐怖症はこのA氏のように、場合によっては患者の日常生活に著しい影響を及ぼすことがある。この病が引き起こされるメカニズムの更なる解明にはまだまだ時を要すると思われるが、他の諸恐怖症との関連の中での研究およびその方法の模索が求められる。


(『△△不安症学会誌』第91号:257-261,20××)より一部要約。

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