第3話 ポスト廃絶法(1433文字)
西暦二〇××年のN国にある法律が誕生した。「郵便差出箱の廃絶に関する法律」と命名され、衆参両院の可決を経て成立したこの法律は全国の郵便ポストを漸次取り除いていき、将来的には国からポストを一つ残らず無くすことを目指すものとして、巷間では広く「ポスト廃絶法」として知られることとなった。
高度にデジタル化を果たしつつあるN国社会には、旧来の手紙を代表とする文書形態はもはや不要であり、またそれは経済成長の足枷ともなり得る、と判断した政府はその手段として全国にあまた設置された郵便ポストの完全な廃絶を決心した。そうして二年の月日の後に、現政権はついに本法律を施行するに至ったのである。
法律成立後、政権による郵便ポスト廃絶政策は苛烈を極めた。郵便ポストに少しでも好意的な反応を示した国民は徹底的に炙り出され、弾圧を受けた。国民に関するあらゆるデータはすべて国に帰せられ、たったの一枚でも手紙や年賀状、手書きの書類などを書こうものなら、すぐさまそのことは国に知られ、厳しい処罰が待ち受けるのであった。郵便ポストを介した荷物の送付も当然のごとく停止し、小形のちょっとした荷物を送る際にも人々は直接郵便局に赴かなければならなくなったり、民間の運送サービスなどを利用しなければならなくなった。
こうした邪知暴虐な政府の動きに、人々の多くは不信感を露わにした。郵便ポストの必要性を信じる国民の一部は住民投票や政府への請願など、あらゆる手を尽くし郵便ポスト廃絶のこの大きな流れに抵抗しようとした。その中のさらに一部の人々は過激化し、ついには暴力的な手段による反対運動へと舵を切った。
法律成立の一年後に発生した「第一次郵便ポスト闘争」、ならびに「第二次郵便ポスト闘争」、総称して「ポスト闘争」はそうした反対運動の最たる例として知られている。国会前に集結した郵便ポスト廃絶反対派の運動家、そして彼ら彼女らに同調した一般市民のべ三千人あまりが暴徒化し、都内数ヶ所の大学各所に立てこもり、政府に対しポスト廃絶法廃止を声高に主張したのである。
この運動はやがて全国に波及し、都内におけるものと同規模の大学立てこもり事件が各都道府県において発生した。この闘争は三十代から四十代の人々を中心に、老若男女、知識人、労働者などの別なく幅広い層の人々により引き起こされた。
全国的に盛り上がりを見せるポスト闘争であったが、それは結局、その始まりの日からわずか半月あまりで終わりを迎えた。多くの警察官、果ては自衛隊までが動員され、大学構内にいた人々は一人残らず逮捕された。
この一連の事件に対して世間の目は冷ややかであった。先鋭化したポスト廃絶法反対の運動家、その同調者らはN国経済に大きな打撃を与えた。善良な一般市民の中には暴徒化した運動家らにより家族を傷つけられた者なども多数存在していた。
やがて月日は流れ、かつての事件で逮捕されていた人々も釈放され、徐々に社会への帰還を果たしつつある頃、N国からは郵便ポストと呼ばれていたものが完全にその姿を消した。郵便ポストが存在しなくなった世界はなにか歪であった。手紙、年賀状、手書きの書類、そうしたものの消滅は次第に人心の荒廃を招いた。人心の荒廃はその帰結として最終的に田畑、そして国の山河に至るまでを荒れ果てさせた。
荒れた世界の中で、人々はここに至りようやく自分たちが大きな過ちを犯していたことを悟った。悲嘆に暮れるN国の人々を世界の国々は冷ややかな眼差しで眺めていた。
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