@Pz5

ソラ



 今日は蒼い。

 何処までも。


 ただ、風ばかりが枯れ枝を揺する。

 その振動さえ、僕は感じる事はできない。


 二重に張られたガラスの向こう、上下する節だった枝の動きを、本で見た情報で「風」だと認識する以外できない僕。

 ガラスを区切る格子の向こう、地面から離れた空は、蒼かったり灰色だったりといつも表情を変える。

 隔てられた僕にはその色彩以外の変化は知り得ない。

 でも、変化している事は見ている。

 暁に輝く事も、中天に照らし渡る事も、それが時に雲や雨に遮られる事も、それでも、光は漏れ出す事も。

 僕の知っている大半が闇だとしても。

 その闇の中でさえ、月はその力の限り照らし、星は瞬く。

 時に新月の闇に覆われるとしても。

 ただ、僕がその光を見ていないだけで、そこにはいつも光が満ちているのだろう。

 仮令雲に覆われていようと。


 ああ、僕は、その陽光の下で舞い踊りたい。

 この脚が’言う事を聞くなら。

 ああ、僕は、その月明かりと共に廻りたい。

 この体が起き上がるのなら。


 僕はただ、見ている事しかできない。





 今日も見ている。

 何時までも。


 ただ、彼の顔ばかりが窓の向こうで揺れる。

 その表情さえ、僕は読取る事はできない。


 二重に張られたガラスの向こう、出たり消えたりする彼の顔を、噂で聞いた情報で「彼」だと認識する意外分らない僕。

 ガラスの奥の格子の向こう、地面から離れた彼は、青かったり灰色だったりといつも顔色を変える。

 隔てられた僕にはその顔色以外の変化は知り得ない。

 でも、変化している事は見ている。

 明るく輝く事も、活力を得て本を読む事も、それが時に曇り涙に濡れる事も、それでも、光を求めている事も。

 僕の知っている大半が暗いのだとしても。

 ただ、僕がその光を見ていないだけで、そこにはいつも光を放とうとしているのだろう。

 仮令病に覆われていようと。


 ああ、僕は、その君の元に舞い降りたい。

 この翼が言う事を聞くのなら。

 ああ、僕は、そのランプと共に喋りたい。

 この体がそこに降り立てるのなら。


 僕はただ、見ている事しかできない。





 今日も「彼」が飛んでいる。

 小さな浮遊用気嚢に二重反転プロペラ、軽量化の為に骨組みと布でできたフラップと呼ぶには大きな主翼を備えた小型飛空艇。

 最近開発された石油内燃機関搭載の小型艇、という事は恐らく貴族かブルジョワの子弟なのだろう。

 病身の為に窓から空を見ているしかできない僕には、時々飛んできてくれる「彼」が数少ない「友人」である。

 「彼」が飛んで来ると、窓の傍に一つ、手紙入りのビンを吊るしてくれる。

 手紙には「彼」の近況だとか、飛空艇の調子だとか、色々な事を書いてくれ、時には空からの写真も入れてくれる。最近できた乾式フィルムを使ってはいるが、それでも写真はどうしてもブレてしまうのだが、それが逆にロマン派の水彩画のようで、僕は気に入っている。

 何より、外を見る事ができない僕にとり、「彼」の「目」を通じて見せられる空からの風景は、ただ文字から空想に耽る以上に僕の世界を拡げてくれるのが嬉しかった。


 そうして僕はお礼に、「彼」に最近読んだ本や雑誌の事などを手紙に書いて、「彼」が持ってきたビンに入れて吊るすのだ。

 すると、今度は「彼」がまた来たとき、それを持って行く。


 最初は「彼」も簡単なメモを渡すだけのつもりだったのか、名乗るのをお互いに忘れたまま、気が付けば名前も知らない僕達の交流は、もう一年近く続いてた。

 僕はといえば、元々は夢想的な幻想小説を多く読んでいたが、「彼」のお陰で随分と飛空艇や機械の世界にも詳しくなった。


 「母」以外とも交流があるこの一年は、何とも豊かに感じられ、彼が来るのが楽しみでならない。

 これが、ずっと続けば好いのに。





 今日も「彼」が見ている。

 大きく取られた窓に鉄細工の窓飾りトレーサリーが施され、重さを支える為の煉瓦とガラスでできた、家と呼ぶには大きな石造りの邸宅。

 最近流行の金属唐草文用の窓飾りが付けられる、という事は恐らく貴族かブルジョワの子弟なのだろう。

 人付き合いが苦手な為に空を飛ぶ事ばかりしている僕には、ときどき手紙のやりとりをする「彼」が数少ない「友人」である。

 「彼」の所へいくと、いつも吊るしてあるビンが楽しみでならない。

 そこには「彼」の近況だとか、最近読んだ本の事だとか、色々な事を書いてくれ、時には本から着想を得た水彩画も添えてくれる。イタチの毛であろう筆で細かく、しかし時ににじみも活かした描き込みは、時に悲哀さえも伝えて来るが、僕はそんな「彼」の絵が気に入っている。

 何より、人付き合いが苦手な僕にとり、「彼」の「目」を通じて見せられる空想の風景は、ただ空虚な宴会での会話以上に僕の世界を拡げてくれるのが嬉しかった。


 そうして僕はお礼に、「彼」にまだ誰にも見せていない空からの風景の事などを手紙に書いて、「彼」が吊るしていたビンに入れるのだ。

 すると、今度は「彼」の所へまた行くとき、それを吊るしていく。


 最初は「彼」も僕の気まぐれに驚いて簡単なメモだけ返してきたのだが、名乗るのをお互いに忘れたまま、気が付けば名前も知らない僕達の交流は、もう一年近く続いていた。

 僕はといえば、元々は機械ばかりを相手にしていたのだが、「彼」のお陰で随分と物語や詩の世界にも詳しくなった。


 嵐を越える事ができないこの一年だったが、挫折続きも何だか豊かな事に感じられ、彼のもとへ行くのが楽しみでならない。

 これが、ずっと続けば好いのに。

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