第12話 子供と天才結界士と魔王

「ほ、本当に行くんですか……?」

「アンタの断り無しに行くよ? 奴隷に拒否権はないわ」

「マギアも必要以上に弄るな」


 剣山ソードマウンテンを登り、教えられた場所へ赴くと、そこには言われた通りの錆びれた建物がポツリと建っていた。

 一見なんの変哲もないボロ屋敷ではあるが、微かに魔力的反応が感じられた。例えるならば、この屋敷全体に結界が張られているような感じだった。といっても、建物を封じるような構造のものではなく、寧ろ何か一点の封印に徹底しているかのような感じだ。余計にきな臭い。

 マギアもそれを感じ取っているようで、不思議そうにそれを眺める。


「この建物に心当たりは?」

「ない。剣山については昔からあったけど、こんな建物があるなんて聞いてないわ。そもそもここは、当時から人が住めるような環境じゃなかったもの」

「そうか」


 剣山とは現在も冒険者から『修行という名の試練を行える場所』と呼ばれる程過酷な所であり、生息する魔獣たちも手ごわい奴らばかりである。尤も、俺達の場合マギアの威圧にひれ伏しているのか、魔獣のまの字もない程快適な登山道ではあったが。

 やはり魔王の力というのは、それほど偉大なもののようだ。そりゃまあ、原初の魔術とか見せられたら、嫌でもそれは理解してしまうのだが。未だに黒竜と戦ったときの光景が脳裏を離れない。一種のトラウマと化している。


「子供たちが言っていた事が正しいのなら、マギアさんの記憶が食い違ってきますよね?」

「そうね。まあ子供の言うことなんて戯言にも等しいわ」

(あ、これ結構根に持ってるな)


 子供という単語を聞いた瞬間、マギアの機嫌が一瞬悪くなったような気がした。やはり、先ほどの一件がかなり響いているようだった。

 全く、これだから子供という存在は好きになれない。何でもかんでも自分勝手で物事を決める空気の読めない存在。自分にもそういう時期があったのだと思うと、非常に恥ずかしく感じてしまう。


 そう。事の発端は、リーデンワーク城塞で調査を開始した時のことだった。


 ***


「なあ君たち、ちょっといいか?」

「ん、何だおじさん」


 俺達はリーデンワーク城塞に入るや否や、商人から聞いた『亡霊屋敷』とやらの調査を開始した。念のため大人の人達にまずターゲットを向け聞いてみたものの、誰もかれも『知らない』だの『子供が良く知ってる』だの一点張りだった。それほど口にしたくないのか、それとも本当に知らないだけなのか。

 それゆえ仕方なく近場の子供に尋ねようとしたのだが、第一印象が最悪過ぎる。そりゃまあ何の前触れ無しに見知らぬ人から話しかけられたらそういう反応をするのも無理はないが……。


「悪いな。実は聞きたいことがあるんだが――」

「はあ? おじさんなんかに話すことなんて一つもねえよ!」


 なにこの見栄張りは? 一発殴ってやろうかと思ったが、マギアが肩を叩いて俺を後ろに引かせる。


(クラインは顔が怖いからねぇ。ここは私に任しといてよ)

(怖いか? 俺)

(鏡見てから言って)と、俺に小声で耳打ちした後、子供たちの前へ出る。「私の連れがごめんね? 少しだけ質問したいことがあるだけだからさ」

「な、なんだよ……?」


 連れって何だ連れって。まあ間違ってはないんだろうけども。それに子供もどこか引きつったような表情で身構える。マギアの威圧感というのも、どうやら子供には絶大な効果があるみたいだった。今後の参考にさせてもらうとしようか。

 こうしてみると、なんだか悪党みたいなやり方だが、まあここまで来たらそれすらもどうでも良い事だと思ってしまう。実際俺達はこれから、それ以上にヤバいことをするのだから。


「ここ付近にある幽霊屋敷について教えてくれないかな? 何やら君たち子ども間で有名になってるみたいだけど」

「は、はあ? 知らない奴に何でそんな事言わなきゃなんねぇんだよ!」

「え~? 良いじゃん教えてよ。どういう所か教えてくれるだけでいいからさ~」

「うっせぇぞチビ!」

「はあ!? ち、小さくないし!!」


 あ、マズイ。俺は事が起こる前に、マギアの肩を抑え静止する。『何するのよ!』とか吼えたが、ここは街だからといって無理やり気を落ち着かせる。ここで彼女が喧嘩でもしてしまえば、今後の情報収集が一気に困難となる。


「それに、お前らみたいな怖そうな奴らとは会話しちゃダメって母ちゃんに言われてるからな! バーカバーカ!」


 小さな罵倒の置き土産を残し、その餓鬼はそのまま去って行ってしまう。


「探し出して燃やそうかしら」

「俺も考えたが無しだ」


 とはいったものの、これはどうしたらいいものか。例の幽霊屋敷は子供と城塞関係者しか知らなさそうだしなぁ。諦めて城塞側の人間に聞くか? いやそれで勘づかれてしまったら元も子も無い。

 ――そういえば、先ほどからティナの姿が見当たらない。どこに行ったのだろうか? 周囲を見渡すと、広場の方に何やら子供が一点に集まっていた。


「いいぜいいぜ、何でも聞いてくれよ! おねーちゃん!」

「綺麗な髪色~! かわいい~!」

「あはは、ありがとう。えっと、じゃあさっそく……」


 そこには、やけに子供に好かれてるティナの姿があった。


「……ねえ、あれは私が容姿で負けたってことでいいの?」

「擁護できねぇな。どうやら子供たちはマギアみたいな威圧感ある少女は嫌いらしい」

「何それ? 馬鹿にしてる?」

「いや? 俺はマギアが一番だと思うぞ?」

「ばっ!?」


 その瞬間、マギアは俺に向けておぞましい威力の平手打ちを振るった。何かマズイ事でも言っただろうか?

 魔王の気持ちというのも、未だに理解が出来ない。


 ***


 そして今に至るわけである。そりゃ機嫌も損ねるわけだ。


 それはそうと、ティナから聞いた情報は商人が言っていた事と左程大差はなかった。『窓を覗けば椅子が勝手に動き出した』だの『青髪の少女の霊が見えた』だの信ぴょう性に欠けるものばかりだった。

 だが一つ、気にかかる証言が一つ程あった。


「たかが幽霊屋敷なら、あの城塞側が調査を起こす訳ないものね。商人が言った『城塞側が調査に入った』という情報の時点で気づくべきだったわ」

「だな」

「中に入った子供が一人いなくなったって話、ですよね」


 城塞側は混乱を避ける為だと、この情報を秘匿し、行方不明となった子供の家族に対しても高度な口封じをしているらしい。さすがは武力でものをいう大陸といったところか、政策のやり方も非常に荒々しいというべきか。

 どおりで大人の人達が知らない訳だ。詳しく知っているのは、城塞側の圧力が未だ身にしみてない小さなガキ共だけ――と。

 いや、知ってたとしても黙ってただろうな。あの武力軍隊相手じゃ分が悪い。


「それだけなら、ちょっと質の悪い幽霊屋敷だと割り切れるけど……この結界の様子じゃ、そうも言ってられないわね。クライン」

「ああ。張られている結界は、劣化と破壊防止の系統に加え、何かを束縛する系統のものだな。たかが幽霊屋敷にここまでするか? しかも……」


 俺は軽く壁の結界に触れる、その刹那


 バチィ!!

 指先に激しい電流が迸り、反射的に腕を引っ込めてしまった。この感覚は、マギアが封印されていた結界のものと少し酷似していた。つまりこれは


「神代のもの、だな」

「あたり、かもね」

「……」


 もしこの中に相当ヤバイ幽霊が封印されているのだとしたら、その相手など一つしかないだろう。魔獣だとしても、ここまで重厚な結界を施すような相手など聞いたことはない。

 つまり、魔王。この大陸を支配していたという魔剣王のものに他ならないだろう。でも、だとしたら何故こんな古臭い屋敷に封印したんだ? 理解が出来ない。

 まあそれも、実際に会ってみればわかることだろう。幸い入口に結界は敷かれていない様だった。


「行くか」

「ええ」

「は、はい……!」


 俺達は意を決し、魔剣王に会うという自殺行為の為に、その中へと侵入する。

 果たして、どういった奴なのだろうか? 俺の身体の中には、不安と恐怖のほかに、何故か好奇心という謎の感情が沸き上がっていた。

 

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あらゆる封印を作ったり解いたりできる天才結界士と封印から解放された魔王様 ~追放された結果、人間が嫌いになったので、魔王の味方をする事にしました~ 室星奏 @fate0219

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