第5話 ダンジョンと天才結界士と魔王 ①
「《炎属性魔術 -二章-:
「だぁークソ! 背負って走れは鬼すぎるだろ!?」
「魔法使いながら走ると疲れるの。ほら~ファイト~」
「ッチ……今ガチの舌打ちしたわ」
俺は今、無詠唱で
洞窟といっても内部は一本道であり、迷う事は殆どない構造となってはいた。
だが、そういう構造程罠を仕掛けやすい――故にパーティを組んでいた頃は、そんな物踏むまいと慎重に行動していたのだが。
『『『ガァゥァー!!!!』』』
マギアがそんなのお構いなしに進んだ結果、気づけば全ての罠を踏んでしまっていた。
背後には罠から出てきた魔物数十匹が、俺達という獲物目掛けて追いかけていた。
「お前が馬鹿正直に進むから、こうなるんだぞ!?」
「気配のない物の探知とか知らないよ。ましてや床に仕込むなんて」
「それっぽい言葉並べやがって」
ことの発端はそう、数時間前に遡る。
〇
「なるべく人との関わりが少ない奴を……」
「慎重だね」
「ったりまえだろ」
マギアがケーキを食べ終わってすぐ俺達は、港町中央に設置された依頼ボードへとやってくる。
冒険者となった者は基本的にここから依頼を受けて知名度を上げていく。勿論直々に依頼してくる事もあるだろうが、なったばかりの冒険者に依頼をするような馬鹿はいない。
故にこの依頼ボードを一つ達成する事が、冒険者の登竜門ともいえるだろう。
俺とマギアはボードを、端から端まで見渡す。
魔物の討伐に物運び、人探し等様々な依頼が張り出されていた。
「マギア、何か希望はあるか?」
「任せると言ったでしょう? なら、退屈じゃない奴」
そういうと思った。
依頼に退屈じゃない物なんてあるのだろうか? マギアの性格から推測すると、戦闘がメインとなる奴か?
「魔物討伐とかどうだ?」
「却下。探して狩るの作業は退屈だよ」
「依頼の全部がそうなのだが?」
だが今のでマギアの趣向はわかった。
同じ事を繰り返す様な事が苦手なのだろう、つまりは見つけては倒すの魔物討伐や、見つけては確認をとる物探し等の系統をした依頼が好ましくないのだろう。
ぶっちゃけるとそんな物は無いし、あったとしてもそれは希少な依頼だろう。
呆れ困りながら依頼を探す俺の横で、他の冒険者二人組がある依頼を見ていた。
「おい見ろよ、ダンジョン制圧だってよ。目ぼしい宝とかあるんじゃねえか?」
「ん――はあ? おいおいこのダンジョン、先日挑んだ冒険者が怪我して逃げかえってきた場所じゃねえかよ、帰ってこなかった奴もいるって聞いたぜ?」
「あっ、本当じゃねえか、危ねえ」
二人組は紙をボードに戻し、違う依頼を探し始めた。
「ふむふむ? ダンジョン制圧か~」
どういう依頼なんだ、と、俺は興味を持ったが、それより速くマギアがそれに食いついていた。
依頼人は存在せず、制圧の証となる物を役所に持ってこれば達成となるという、他とは少し特異な形式をとった内容である。
紙の汚れ具合からか、随分と前に張り出された物なんだろうが、ボードにあるって事はまだ達成されていないのだろう。
「その地下廃坑、お前なら知ってるんじゃねえか?」
「ん? ああ――
ダンジョンは主に古くから存在していた遺跡や洞窟に魔物が住み着いてしまう事で誕生する事が多い。
故に、マギアがいた時代の施設とかがダンジョンになっていると推測したのだが、やはりそうだったようだ。
「成程な。それはそうと、随分とその依頼に食いついているようだが?」
「行った事はないけれど、ちょっと懐かしい気分になるかもしれないじゃない? 私の時代にある物なら――」
「じゃあ、それにするか?」
「うん、決まりね」
ボードから紙を剥がし、俺達は地下廃坑に向けて、ボードを後にした。
〇
そして今に至るというわけだ。
「お前の時代にあった奴じゃねえのかよ!? ここは!」
「当時の魔族どもが変態野郎ってのはわかったよ! 罠なんて仕込んで、正気とは思えないし!」
「敵陣の罠にどれだけ対処できるか――とかいう修行だったんじゃねえのか?」
「だとしてもやりすぎ!」
背負われながらも
敵の数が着実に減っていき、今では数える程にまでその量を減らしていた。
それでもかなりの時間を要していたが。
「結構な時間走ったのに、まだ最奥つかないの!?」
「敵の強さも変わってきたからな、そろそろつくんじゃねえか?」
今追いかけてきているのは、B級クラスの魔獣クロウタイガーに、巨人のビックフット。B+級クラスの長い身体をした毒蟲ヘブルコブラを合わせた3種の魔物である。
どれも並みの冒険者では少し苦戦を強いる魔物である、それが罠踏んだだけで出てくるのだから、当時の魔族は相当な鍛錬馬鹿だったのだろう。
『シャー!』
「しつこい害虫ね! 《雷属性魔術 -二章-:
長い巨体を利用しマギアの目の前までやってきたヘブルコブラに向かって、マギアは手元に出現させた槍の形をとる雷を放ち、その巨体を見事に刺し貫く。
「そいやっさ!」
そして、それをヘブルコブラごと後方に飛ばし、追いかけてきた他の魔物たちを一網打尽にする。巨体の反対側に突き出た槍は、他の魔物をも貫き、絶命させる。そのまま魔物たちは地響きを立てながら、ドミノ倒しに倒れて行き消滅する。
「これで全部?」
「……凄いな、本当に」
今まででも感服だったマギアの力だが、改めてその凄さを見て黙り込んでしまう。
無詠唱で二章クラスの魔術を放つ事もそうだが、それを連射したり、応用聞かせて先ほどのように一網打尽にしたりと、魔術一つ一つの扱い方が、本当にプロの域を超えていた。
それこそ、人間に負けて封印されていたというのが、信じられないくらいに。
「でしょう? もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「凄すぎて言葉が出ないから褒めらんないわ」
「ちぇっ。ま、今はそれを誉め言葉としてもらっておくよ」
マギアは呆れ顔で頷き、その先へと急ぐ。
「にしても、これだけの修練場を作っておいて、結局聖戦で負けるなんて、笑えるよね」
「それほど人間が、規格外の力を得ていたって事なんじゃないか?」
「規格外……か」
俺の言葉を聞いて何か気にくわなかったのだろうか、少々顔を曇らせ、苦い表情を見せる。
その手は少量の血が出る程強く握りしめていた、相当な怒りや憎しみがなけりゃ、握りで血なんか出ないだろう。
「……地雷、だったか?」
「ええ、嫌な記憶を思い浮かべちゃった」
「それは、すまなかった」
「いや、いいよ。だって殆ど、私のせいなんだから」
「マギアのせい?」
先へ進みながら、マギアはうんと頷き、話を進める。
「クラインが言うには、聖戦は神々が人々を導いた末に勝利した、って話だったよね」
「あ、ああ……」
「それは、半分正解だけど、半分間違っている」
「何?」
一体どういう事なのだろうか?
今の内容をより詳しく語るならば、地に降臨した神々は、人々に知識を与え、戦いを先導した末に魔王達を打倒した。という物である。
まあ結局は打倒したのではなく、封印されたっていうのが正解だったのだろうが、確かに今考えると、ちょっと違和感を感じる。
神がいたとはいえ、これほどの力を持っている魔王を、どうやって封印したというのだろうか。寧ろ打倒の方が簡単な気がしなくもないというのに。
「封印された、という点か?」
「違う。神が人々を導いたって点だよ」
「神が人々を導いたことが間違いだと?」
「……」
マギアはゆっくりと頷いた後、握りしめていた手を強く壁に叩きつける。
「神が与えたのは、勝利するための知識と技術だけ。戦争を先導し、魔王を打ち果たした、なんて歴史は私の記憶に存在しない」
「な、ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあ、なぜマギアは封印されてたんだ? 知識と技術があったとしても、易々と封印されるようなお前じゃねえだろ?」
「……そう。確かに、それだけだったら良かったのかもしれない。でも、奴らが行ったのは、ただの外道だ」
「げ、どう?」
マギアは俺に見せない様に、顔を下に向ける。
でも、俺にはバレバレだった。
マギアの眼から、冷たい小さな雫が一つ零れ落ちた。
「マギア?」
「神が与えたのは、私の魔術を完全に封する術式、そして――私の友達を捕らえる術、その2つだけだった。きっと私がいる限り、武力では勝ち目がなかったから、こうするしかなかったんだろうね」
「……」
「そして人間どもは、私がこの世で一番大切だった物を人質にとった。魔術を封する術式を前にされたら、私には何もできなくなる。他の仲間たちも、戦いに精いっぱいで助ける事すら出来なかったんだ」
マギアから語られた真実に、俺は息を飲んだ。
それと同時に、激しい怒りと同情心が身体の底から湧き上がっていた。
「"生殺与奪の権は我らにある。大人しく降参するというのなら、人質を解放しよう"と、奴らは言った。他の魔王なら、そんなのお構いなしに戦っただろうけど、私は……私は、さ」
「マギア……」
未熟だった。きっと、そう言いたかったのだろうけど、マギアは言いたくなかったのだろう。
それは確かなる事実だ。だけど、言ってしまったら、残るのはただの後悔だけだろうから。
もし、その時戦っていたら、どうなっていたのだろうか? もしかしたら、勝機があったのだろうか? それは、今となっては誰にも分からない。
「マギア、それ以上は言わなくていい。お前も言いたくないだろう」
「……」
マギアはゆっくりと頷いた。
「なら良い。続きは話したくなった時でいい。今はとりあえず先へ行こう」
「う、うん……そうね」
マギアの気持ちは痛い程分かる、腹が立ってしまう程に。
勝ちだけにこだわり、相手の想いすらも踏みにじる外道な行為、同じ人間とは思いたくない。
――でも、もし俺が当時の立場だったとしたら、同じ事をしていたのかもしれない。
この話は、一概に誰が悪いかなんて、分からないのだ。
でも俺は、少なくともマギアの味方でいよう。だって今は、パートナーなんだから。
〇
「う……」
地下廃坑の最奥地、ボヤける視界を頼りに周りを見渡すが、既に自分以外の仲間はいなくなっていた。
どこに行ったのだろうか? 微かに聞こえた会話を頼りに、当時の状況を思い出す。
『廃坑にこんな奴がいるなんて知らねえぞ!』
『ヒッ……俺は死にたくねえ……』
『うるせえ、死にたくねえなら逃げるぞ!』
……そうか、仲間たちはみんな逃げたんだ。でも、なんで私だけここに?
思い出せない、それを聞く前に私は気絶してしまったんだろうな。まだ生きているのは不幸中の幸いといった所だろうか?
最も。
「グルルル……」
「私も、もう死ぬんだろうな」
死にたくない、けれどこんな場所に来る人なんて限られている。
ましてや、逃げた仲間たちの状況を見た上で来る人なんて、余程の馬鹿か物好きだろう。
捨てられた事に悔し涙を流し、静かに目を閉じる。
これなら、何時死んでも自覚が出来ないから、怖さも多少は和らぐだろう。
それでも彼女は、最後に口から、微かな祈りをこぼした。
「……誰でもいい。誰でもいいから……」
――私を、助けてください。
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