第6話 ダンジョンと天才結界士と魔王 ②
マギアの記憶をたどりに奥へと進む、入る前に聞いたマギア情報によれば、この地下廃坑は恐らく全20階層であったとの事である。
奥へと進んでいき、ようやく19階層へ降り立つと、景観がこれまでの物とガラリと変化した。
通路状になっているのは、これまでと同じなのだが、等間隔に広い空間があり、狭い通路の両脇には、牢獄の檻が幾多もの数作られていた。
その中には、B~B+級クラスの魔物たちがこちらを睨みながら、檻を破壊しようとしていた。
「当時の魔族たちが始末し忘れてたのか?」
「恐らくね。全く、管理が杜撰すぎるよ。出られても面倒だし、強行突破で行こうか」
マギアを再び背負い、駆け抜ける。
大柄なビックフットや、龍兵ドラコナイト等は、出てくるのに時間がかかる為、対処せずに済むのだが、魔蟲族のヘブルコブラや、シーザーリッパー等は、檻の隙間から簡単に抜け出せる為、一々対処しなければならなかった。
特にシーザーリッパーは、鎌状の手を持った蜂系のモンスターなのだが、その手によって、マギアの
というより、
「あの蟲ほんっと、しつこいんだけど!」
「ッチ、ラチが開かねえ」
気づけば、シーザーリッパーだけ対処しきれずに、数体程連れてきてしまっていた。
俺とマギアを獲物と断定したその鎌を唸らせながら、ジリジリと間合いを詰めてくる。
『『『シィィィ――』』』
「……はあ、クライン。お前は、
「なに?」
「少し、飛ばす」
ゲシッ、と俺を突き飛ばし、宙に浮いたマギアは両手を広げ、シーザーリッパーに向けて、魔術の詠唱を行う。
その眼の赤色はまさに、苛立ちによって燃え盛っていた。
「炎の精よ。我はこれより、炎の扉を開ける。地獄の如く焼けつくその世界、魂をも滅し尽くす世界、その世の力を今、この地に顕現せん。《炎属性魔術 -終章-:
「おい馬鹿! ここ屋内だぞ!?」
両手を中心に、巨大な紅の魔法陣が展開される。そこから眼に見える程に熱せられた風と大小様々な炎の球体が迸り、直線状に並んでいたシーザーリッパーを同時に焼き尽くした。
終章の魔術であるがために、その威力は他の魔術に比べ規格外であった。それを示唆するかのように、マギアの前の通路は殆ど焼け落ち、檻に閉じ込められていた魔物すらも殺し尽くしていた。
後、何より驚いたのは、直線状だけでなく、俺のいた後ろの方も、微かにだが焼け跡が残っていた事である。
一体どれ程の熱い炎なんだ、と想像するだけで震えが止まらなくなる。
「……怖ッ」
「魔王だからね」
もう突っ込む気すら起きなくなっていた。
〇
そんな感じで19階層を突破し、ようやく最奥地、20階層へと降り立った。
驚いたのは、20階層はただ一つの空間があるだけだった。
脇道には奥にある一つの扉へと誘うかのように、幾多の柱が突っ立っており、今にも壊れそうなボロボロの壁には紫色の蝋燭が淡く灯っていた。
疑問に思った俺は周囲を見渡し、何か裏ルート的な物がないだろうかと探ったが、それらしい物は特に見つからなかった。もう間違いなく、この部屋はあの扉に誘導するためだけの物なのだろう。
「あの扉の奥――奇妙な気配ね」
「奇遇だな、俺もだ」
ガッチガチに施錠されていたのであろう。その扉の下には、何者かの手によって斬られた鉄の鎖が散乱していた。恐らく、俺達の前に入ったとされる、命からがらに帰還した冒険者パーティがやったのだろう。
という事はつまり、この先にとんでもなくやべえ敵がいるという事だ。
これまでの事から、何か罠が仕掛けられているのかもしれない。と、周囲を警戒しながら、その扉へと近づく。
ボロボロの壁こそあったが、何かが出てくるような気配はなく、壁の亀裂から、微かな風を感じるという事も無かった。
そうして、何事もなく俺達は、扉の前へとたどり着く。
改めて、その扉の異様さを実感する。上の方には何やら杖を持った女性の姿が描かれていた。
恐らくマギアの事を書いたのだろうが、いまいちピンとは来なかった。
――コクリ、と顔を見合わせ、頷く。
そして、その扉をゆっくりと、俺達は開く。
ヒュゥとそよぐ風が、扉の隙間から吹き込み、足元をそっと撫でる。
この先に待っている物の危険さを間接的に伝えているようだ。
扉の先は果てのない様な暗闇が広がっていた。
これまでのフロアの床や壁は、しっかり整備されていたのに対し、ここは殆ど岩壁を削っただけの構造をしており、あまり手入れはされていない状態であった。
天井は高く作られており、肉眼からでは限界点は確認できなかった。
『――クルルルル』
暗闇の中から、小さな唸り声が響く。
魔物の知識は多少持ってはいたが、このような唸り声は聞いたことがなかった。獣とは違う、少し金切るような音が混じったような響き。
「何だ、一体だけか?」
「……ええ、魔物は1体しか気配がしないね。でも」
マギアは何か気にかかるような声を出す。しかしそれは、直ぐにただの勘違いとして片づけられた。
一歩、暗闇の中へと歩みだし、人差し指を向けて、魔術を一つ詠唱する。
「《補助魔術:
ポゥ、と小さな魔法陣が展開される。
どういう原理だろうか? 魔法陣が空間一体を覆い囲み、その全貌を明らかにさせる。
『――グルルゥゥウゥァアアァァアアアァァアアアアア!!!』
「「!?」」
その瞬間、空間はその雄たけび一つで揺れ動かされた。
そこに鎮座していたのは、A+級クラスの翼魔竜ブラックワイバーンだった。この辺りに出るような魔物ではなく、出現例も少ない珍しい魔物だ。
しかし問題はなのはそこではない。A+級クラスと指定されている通り、その強さは折り紙付きである。実例を挙げるならば、腕の良い冒険者が運悪く遭遇した結果、幾度となくその命を散らしてきた程である。
そんな魔物がなぜここに? ダンジョンの最奥地にいる定番のボスモンスターだから。と言えばそれまでだが、ここら辺で確認されていたダンジョンだと、普通B+~A級クラスの魔物が存在している筈だった。
これは、事例のない出来事だった。
「おいマギア! これはどういう意味だ!?」
「私が知ってると思う!?」
ブラックワイバーンは高く飛躍し、口から炎を俺達目掛けて放つ。
「お前は自衛に徹底しろ! クライン!」
「わあ~ってる! 《
壁際を走りつつ、タイミングの良い所で
強固な結界で護られてはいるものの、中からは普通に援護すること自体は可能である。
「《
飛行しているブラックワイバーンの周囲に、魔力文字が刻まれた輪を出現させ、縛り付ける。
動きを停止させるのに特化した封印術の一つである。最もこれは、一時封印を敵に放つ事より強度が小さい為、あまり使う事はない技ではあるものの、自身に対して一時封印を使っている際は、割と役には立つ。
「おっ、ナイスナイス!」
「強度はないから、速いとこ倒してくれないと困る!」
「ハイハイ!」
ガッ、と地面を蹴り、飛躍する。
動きが縛られたブラックワイバーンの眼前に、マギアは片手をバッと開く。
「光の精よ。我はこれより、光の扉を開ける。眩い光が織りなす希望の世界、そこに宿りし闇を払う一斬りの刃を今、この地に顕現せん。《光属性魔術 -四章-:
後ろに、幾多の魔法陣が展開される。
その中心から、眩い光を放つ輝剣がスッと現れ、ブラックワイバーン目掛けて放たれる。
刹那、光と共に大きな爆風が走る。
ガガガガガッ、と聞いてられない凄惨な音が響き渡る。マギアは一仕事を終えたかの表情をしながら、俺のいる方へと飛ばされ、着地する。
「はい、終わり」
「……さすがだな」
「ふふん、魔王だからね」
そんなやりとりをしている内に、背後の砂煙が晴れていく。
「ッ、マギア、あぶねえ!」
「はい?」
そっと振り向いたマギアは、クラインが見た異変に気付き、右方向へ飛び跳ね、回避する。
砂煙が晴れた先――そこには無傷のブラックワイバーンが、何事もなかったかのように、炎のブレスを口から発射させていた。
「え、ちょ、な、なんで? さっき、めった刺しにしてあげたじゃない!」
「……対、魔力?」
「はい?」
ブラックワイバーンの身体には、微かに紫色の魔力文字が刻まれていた。眼を凝らさなければ分からない程の小ささだったため、咄嗟に気づく事が出来なかったのだろう。
対魔力、それは神代に作られた術式の一つである。
身体に、専用の文字を刻む事で、外部から発生した魔力による衝撃を吸収してくれるという代物だ。
今ではとっくに失われた物であり、文献も殆ど残っていない為、再現するのは難しいとされいたのに。
「何で……。何で、こんな黒龍如きが、そんな贅沢な物を!!」
「確証はねえよ! でも、今はそれしか考えられねえ!」
ブンッ、と俺達目掛けて尻尾が薙ぎ払われる。
咄嗟にそれを回避し、傍にあった岩の背後に隠れ、ブラックワイバーンの様子を見る。
マギアはその隙に、幾度と
(魔物が対魔力を持つなんて実例なんてない……何がどうなってる?)
「……意味わかんない。魔族達は何の目的でこれを」
困惑しながらも、俺達は次の策を練る。
「――あの」
そんな時、微かに小さな声が耳に入る。
「何だ!? 声が小さいぞ、マギア!」
「え? 何もしゃべってないよ、私!」
何?
じゃあ、今の声はどこから?
「貴方の……下」
「下?」
ゆっくりと視線を落とす。
「……は?」
「あの……お、お願いですっ、私を、助けてください!」
そこにいたのは、ボロボロに破れたローブを着た、今にも死にそうな少女だった。
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