第4話 港町と天才結界士と魔王

「と、当時より大きくなっている……」

「そうなのか?」

「うん、あの時は本当に小さかったのに」


 どれくらいだったのかは知らないが、マギアが驚いた顔で言うのであれば、相当な物だったのだろう。


 港町カスタロット。

 東から、西から、南から、北から――世界全土の至る所から物資や商品が運ばれる世界一の規模を誇る港町だ。

 目的の物がこの港町から探しても見つからなければ世界には存在しない、とすら形容される程栄えている。


 実は俺も初めて来たのだが、これほど大きな物だとは想像していなかった。


「……」


 マギアは何かソワソワしていた。


「少し、見ていくか?」

「ば、馬鹿いわない! 私達の目的を忘れた訳じゃないでしょ?」

「声震えてるぞ」


 いつもの図星をつかれた表情。この時の顔は本当に可愛い。

 それはさておき、確かにマギアの言う事は一理ある。のんきに観光なんてしていたら、いつ解除がバレるか分かった物ではない。


「そ、それに! この程度の港街なら、今後いっぱい見る事になるでしょ? なら今ここで、立ち止まる必要もないよ」

「ここ、世界一の規模だぞ?」

「……と、とにかく! 私達には時間がないんだ。それに、見たいのはお前だけでしょ? 魔王の命令には素直に聞く! わかった?」

「はーい」


 見たいという顔をしているのはお前でしょうが、と言いたかったが心の中で止めておく。

 実際俺も少し見て回りたい気持ちはあったからである。

 マギアに図星をつかれ返されるとは思いもしなかった。


「じゃ、船着き場にいくか」

「ええ、さっさと行くよ!」


 眼を細め、ちょっと悔しそうな顔をする。『なんで食い下がらないのか、もし反抗してくれたら見て回っても良かったのに』みたいな顔をしている。バレバレだ。

 素直になればいいのになあ、と俺は思いつつ、船着き場へと向かった。



 〇



 船着き場に行くと、そこでは船員たちが世話しなく働いている。

 積まれた荷物を降ろし、商品になるかどうかの鑑定が繰り返し行われる。

 その様子は見てて楽しいのだろうか、周りには見物人が群がっていた。


 俺達には興味もないが。


「ちょっといいか?」

「あ? どうした兄ちゃん」


 カウンターの方で作業をしていた大男に声をかける。

 なんだか機嫌が悪そうな返事だったが、スルーして話を続ける。


「ソーディリア大陸の方に行きたいんだが、船は出ているか?」

「ソーディリア大陸……あぁ、南方の大陸か。出てはいるが、今日はもう船を出さねぇぞ」

「何?」

「ど、どういうこと!?」


 マギアも意味が分からなかったのか反応する。

 今の時刻はまだ昼頃、頻度は少なくとも、夜には必ず船を出している物だと思っていた。

 なのに出せない? どういうことなのか


「何か理由でも?」

「見ての通りだ、もしかして兄ちゃんら、港町ここは初めてか? なら無理もねえか?」

「御託はいい、速く説明してくれない?」

「何だこいつは、一々口が悪いが」

「き、気にしないでくれ」


 魔王故なのだろうが、マギアはつい強く言ってしまう事が多い。

 俺はともかく、他人にはせめて言葉遣いには気を付けてほしい物だ。

 機嫌を損ねられてしまっては元も子もないというのに。


(少し黙ってな)

(魔王に向かってなんていい方を!)

(はいはい、説教は後で聞く)


 一先ずマギアを黙らせる。


「それで、出さないというのは?」

「ああ、今は船卸祭りの時期でな」

「船卸祭り?」

「ああ、周りを見れば色んな貿易船が停泊してるのが分かるだろ? 何時もより今日は沢山の品が運ばれる時期なんだ。作物はもちろん、めったに観れない宝石とかな!」

「成程」


 通りで騒がしいわけだ。人が多いのも、今日に限った事なのだろう。


「なら、仕方ないな」

「え!?」

「おう、悪いな。折角の祭りだ、ゆっくり見ていくといいぜ」

「助かる」


 何か反論したげな顔をしたマギアを引きずり、俺はカウンターを離れた。



 〇



「どうして諦めるの!? 無理にでも出してもらえばいいじゃない!」

「無理に言っても出してもらえないだろうし、強引に言い聞かせたとしても、それが騒動になったらどうするんだ?」

「そうは言っても、私達には時間が」

「なあ。少しは落ち着こうぜ? 散々言ってるが、俺達の旅は捕らえられたら終わりなんだ。俺は安全性を取りつつ急いでいるだけだ。今日がだめなら、明日一番にここを出る。それでいいだろ?」

「い、一理あるけれど」


 苦虫を噛みながら、どうも納得のいかないって言いたそうな顔をする。

 そりゃそうだろう、魔王なんだから。


「パートナーはお互いの信頼が大事、だろ?」

「……」

「お前は俺をパートナーに選んだんだ。選ばれた俺も当然お前を信用する。しないと殺されるからな」


 互いを疑い、ギスギスした関係を続ければ、当然何方かに何時か見限られる。

 その結果先に行動を起こすのはマギアに決まっている。魔法でもなんでも使って、俺を殺しにかかってくるだろう。


「だから、お前も俺を信用してくれ。これは、お前の安全を優先しての事だぜ?」

「私の?」

「ああ」

「……はあ、分かった。交渉事は任せる」


 反論できないのか、マギアは顔を後ろに向けながら、そう返事する。

 納得してくれたようで何よりだ。実際殺されるんじゃないかとヒヤヒヤした。


「ならいい。それじゃあ、船も出ない事だし、観光しながら時間でも潰しますか」

「しょうがないわね。少しぐらい付き合ってあげるわよ」

「本当はお前が一番回りたいくせに」

「う、うるさいわね! 燃やすよ!?」

「ごめんごめん」


 そう言ってはいるが、マギアの表情はちょっと嬉しそうであった。



 〇



「な、なにこれ……甘ッ! 口が何かに包まれて溶けていく感じの……罠か! 罠なのか!?」

「食べ物に罠ってどういうことだよ」


 作物や宝石、織物の露店を巡っていた俺達は、ふと見つけた店に入り、ケーキなる物を食していた。

 俺は何度も食べた事ある為左程反応はしないが、マギアの反応は尋常ではなかった。

 美味いのか不味いのかのどっちかで言ってほしい物だ。


「クライン……」

「どした?」

「これを7個程買い置きして! 毎日1個は食べるよ!」

「7日しかもたねぇじゃねぇか」


 ちょっと遠慮したな?


「い、一週間も食べればさすがに飽きるし……」

「絶対嘘だ」

「わ、分かんないじゃない!」


 マギア程の性格だ。7日後には確実に『もっと寄越せ』と駄々こねてくるに違いない。

 魔王特権で、俺に対しては何しても許される、と言って財布をくすねた後、無断でケーキを買いに行くのがオチだろう。


 でも


「……精々3個だな」

「ケチ」

「懐が死ぬ」

「金を稼げばいいじゃない。それか盗むか」

「後者はアウトだ」


 一々発想が危ない。


「金を稼ぐ、か」

「方法はあるの?」

「ああ、面倒ではあるがな」


 冒険者ライセンスを開き、これをブンブンと左右に振る。

 マギアは頭にハテナを浮かべている。


「こういう町には大体中央に依頼ボードとかが置かれていてな。冒険者であるなら誰でも受けられる。そこから金になりそうな依頼を探して、達成する。そうすりゃ多少金にはなるが」

「人間たちの手助けをするって事? 気に入らないわね」

「なら、ケーキはお預けだぞ」

「そ、それは!」


 顔を少し赤らめながら、激しく動揺している。

 脳内で葛藤でもしているのだろうか?

 天使がココハシタガウベキヨーって言うのに対し悪魔がオマエハマオウダープライドヲマモレーとでも言っているのだろうか? よくあるテンプレだ。

 その様子はとても微笑ましい。


 ――そして数分の葛藤の末。


「……し、仕方ないわね! 特別だよ? 特別!」

「天使の勝利か」

「天使?」

「何でもない」


 背に腹は変えられない、とはよく言ったものだ。

 さすがの魔王も甘い物には勝てなかったようだ。


「んじゃ、依頼ボードに行くか、速く食えよ?」

「も、もう少し味わってから……」

「ガキか」

「なんて?」

「何も?」


 その後結局、俺達が店を去るのは1時間後であった。

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