第4話
「えっと……これは何かな、って思って」
僕が言うと、少女は深い深いため息をついた。
「……芸術の街って言うから期待してたのに、結局誰もこの絵を理解してくれないのかしらね」
「……うーん、僕は旅人だから、この街の代表と思われると困るんだけどね。良かったら何が描かれているか教えてくれないかな?」
「わからないなら、わからないでいい」
「そこをどうにか」
「……逆に訊くけど、なんだと思うの?」
今までの人生で最大の難問だと思った。
「……君の心、かな?」
適当に言うと、少女の眉がぴくりと動く。
「……どんな?」
「ええと……激しく鬱屈した気持ち、とか?」
「……あなた、ちょっとは見る目があるようね」
合ってるの⁉︎ 心の中だけで叫び、再度絵を見てみる。なんとなく感じたことを適当に言っただけだが、それが正解だとすると、確かに彼女は鬱屈した気持ちをこのキャンバスの上で爆発させているように見える。
様々な色がキャンバスにぶつけられ激しく飛び散る。爪で引っ掻いたような跡もある。赤い絵具の中にはよく見ると血も混じっている。
「……ああ、これはそういうものなのか」
僕はこの絵の意味を理解し、剣を突き立てられるような痛みを覚える。きっと、彼女はずっと誰にも理解されず、馬鹿にされ、悔し涙を流したのだろう。
彼女はこんなにも雄弁なのに。
こんなにも心を晒して訴えているのに。
「……これが君のアートなんだね」
「私は、自分の感じたことを絵として表現しただけ。とても分かりやすく描いているつもりよ。でも、地元では誰もそれを理解してくれなかった。こんな落書きなら誰でも描ける、わざわざ買うなんてありえない……そんなことしか言われなかった。この芸術の街と呼ばれているアルティアなら、私のアートを理解してくれると思っていた。でも……期待はずれね」
彼女の表情に変化はない。もはや感情は枯れ果てたとばかりに、荒涼とした無表情だ。
僕はそっと眼鏡を外す。そして、浮かんでくる未来のビジョン。
この絵はこの後二百年間、誰にも理解されずにただのゴミだと評価される。しかし、芸術の発展や、写真という革新的技術の発明により、ただあるものを写しとったり、技巧を凝らしたりする現行の芸術のあり方が変わる。二百年後、彼女の名は芸術界に広く知られるようになる。生前は誰にも理解されず、病の中で寂しく亡くなる悲劇の画家として。
彼女の登場は二百年早過ぎた。しかし、こんな未来にはしたくない。
「で、買うの?」
「……買おう。いくら?」
まだ未来はわからない。しかし、現状では、この絵が未来に残るためには少なくとも僕が一時所有し、保管しなければならないらしい。それが断片的に視えた。
「十五万イル」
半月分の滞在費相当といったところか。占い師としての活動に見通しが立っていない状態でこの出費は痛いが、同時にこれは彼女がこの街に滞在するための資金にもなる。
僕は眼鏡を掛け直しつつ彼女にお金を渡し、絵画を受けとる。
「ありがとう、マナ」
「……私、名前言った?」
「え? あ……いや、でもここにサインあるし」
占い師は嫌われている、という話が過り、未来の光景の中で視たと言いづらかった。誤魔化しで絵画のど真ん中を指差す。絵画と一体化しているが、そこには確かにサインが記されている。
「……それがサインだなんて見分けられる人はいないはず。あなた、何者?」
無表情に睨まれて僕は観念する。よく考えれば隠す必要もないか。
「僕、占い師なんだ。未来が少しだけ視える。それで君の名前も知った」
「……なるほど。本物の占い師は初めて見た。私の知る占い師はみんな詐欺師だったから」
「……ごめんね、詐欺師の多い業界で」
「あなたが悪いわけじゃない。とにかく、絵を買ってくれてありがとう」
「うん……」
僕がまだその場に立っていると、マナが首を傾げた。
「まだ何か用? まさか、無料で占いでもしてくれるって言うの?」
「……もし、マナが良ければ」
僕が言うと、マナが驚く。
「無料なら占ってくれてもいい。本物の占い師には興味がある」
「本当? でも、ここでやるのは流石に邪魔かな」
「構わない。どうせお客はいない」
反応に困る発言をされ、僕は苦笑。
「じゃあ、」
始めてみよう、と言おうとしたところで。
「おい、占い師だって? そこのポンコツ画家と何を企んでる? そのゴミを高額で売りつける作戦でも話し合ってるのか?」
振り返ると、不機嫌そうな厳つい男が立っていた。
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