第3話

「しかし、参ったなぁ。占い師の信用が失墜している街にわざわざ来てしまうなんて……」


 通りをふらふらと歩きつつ、お客になりそうな人を探っていく。自分の未来ももう少し見通せれば、こんな事態にはならなかったかもしれない。

 師匠は、自身の未来が視えないのは救いだと言った。もし自分の未来まで視えてしまえば、僕の人生は記憶をなぞる作業になってしまっただろう、と。その論理は理解しているのだが、あえて苦難に立ち向かいたいと思うほど、チャレンジ精神に溢れているわけでもない。


「うーん……売り込みは始めてだから、勝手がわからない」


 僕が力になれそうな人はたくさんいる。眼鏡をずらしつつ周囲を確認してみるが、そこの三十代の男性は商人で、行商で使う絵を選んでいる。しかし、今見ている風景画は人気が出ないようだ。売れ残って、処分品価格で売られる未来がちらっと視える。

 代わりに、彼が最後に趣味で買う裸婦の絵は十倍の値段で買い手が見つかる。後者をたくさん買った方が商売になりますよ、と伝えてみるべきか。いや、そうすると、今度は風景画を描く人が今夜酒を飲むお金を得られなくなり、出会うはずの踊り子と出会わなくなってしまう。となると、三年後に生まれるはずの彼らの子供が生まれなくなってしまう。


「……視えすぎるのも問題だよなぁ」


 師匠も、ここまで未来を容易に見通せる人間はめったにいないと警戒していた。下手なことをすると世界の秩序を壊しかねないからくれぐれも気を付けろ、と警告されている。


「誰もが幸せになれる占いがいいよなぁ……。お?」


 通りには多彩な芸術家がいて、多かれ少なかれお客が集まっている。しかし、その一角だけは誰も立ち止まらずに通り過ぎる。結果、陳列された絵画の中、ポツンと一人で座っている少女がいた。

 灰色のロングヘアーを美しく後頭部で縛っているその少女は、眼光鋭く道ゆく人々を睨んでいる。褐色の肌に、左眉の上にある特徴的な流線の刺青。象牙色の外套にはラインの模様が入っている。昔師匠と旅する中で立ち寄ったことがある、南の都市サウシリアの出身であると思われた。この北の街では珍しい人種だ。


 彼女の周りに並ぶ絵画も実に特徴的だった。この街で見かける絵は、全て素人には真似できない圧倒的な画力をもって描かれている。精密な写実の場合もあるし、ある程度抽象している場合もある。だが、どれも何が描かれているのかはすぐにわかるもの。

 一方、彼女の絵は、ぱっと見ただの落書きに見えた。いや、落書きよりも酷い、駄々をこねる幼児が絵具を手当たり次第投げつけて画面を汚しただけのような、妙な絵だった。道ゆく人も、彼女の絵を見て一様に首を傾げている。

 僕はそのうち一枚の絵画に近寄り、ためつすがめつ観察し、何が描かれているのかをどうにかして見出そうとする。が、結局何がなんだかわからない。


「……買うの?」


 少女が愛想のない顔で端的に問いかけてくる。

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