第2話
アルティアは芸術の街だが、僕は占い師。ただ、芸術には関心があるし、自身でも多少は絵を描くこともある。幼少期にはそういった分野を極めようと思っていたくらい。しかし、その道の師をつける前に、僕には別の才能があることが発覚した。
「この子には未来を視る力があるようです。放っておけば要らぬ災を招きかねません。私に預けてください」
僕が十歳の頃、僕の住む町にやってきた旅の占い師がそう言った。僕自身、自分にしか視えない不思議な映像が浮かぶことがあるのを自覚していた。それが未来の光景であることは、その映像が何度も実際のものとして現れることで悟っていた。それで人を救ったこともあるし、逆に気味悪がられたこともある。
僕はその占い師と共に旅に出ることに決めた。両親もそれを止めなかった。いや、自分たちの身に余る何かを放り出せて、ホッとした顔をしていた。
師匠と旅をしながら学んだ六年間。生まれた町にいるよりもずっと心地よくて、師匠のことが好きだった。しかし、いつまでも師匠のお世話になるわけにもいかない。僕は師匠の元を離れて、一人の占い師として旅を始めた。
「……にしても、お客さん来ないなぁ」
往来する人々を眺めながら、眼鏡の位置を調整しつつため息をついた。
僕は今、大通りの隅っこに机と椅子を置き、『占います』と小さな看板を立てている。
宿の店主に聞いたところ、この街では空いているスペースで店を出すのは簡単な手続きでよかった。役所に申請を出し、利用料少々を払うだけでいいらしい。芸術家はお金をあまり持たない者も多いので、そのための配慮だろう。
しかし、この街で占い師をやろうというのは失敗だったかもしれない。占い師というのは、だいたいの街で繁盛するものだ。誰しも未来のことは気になるし、悩みの一つや二つは持っている。それが、時間の経過を告げる鐘が三度鳴っても、まだ誰一人として客が来ない。
「おっかしーなぁ。他の街なら、路銀を十分稼げるくらいお客が来たんだけどなぁ」
自分で言うのもなんだが、僕は割と女性受けする見た目をしている。愛嬌があるように映るらしく、可愛がってもらえることが多い。男性として意識されるより、小動物を愛でる感じになってしまうのは少々悩ましいが、占い師としては悪くない。店を開けば興味本位のお姉さん方がやってくるのが常だった。
「……こりゃ、待っててもダメかな」
路銀にはまだ余裕はあるが、宿で寝泊りすると一月程度で底をつく。人が来ないならこちらから客を探そう。
僕は席を立ち、宿に戻ってレンタルした机と椅子を返却した。
「よう、商売は上手くいってるかい?」
店主のおじさんがからかうように問いかけてくる。
「いえ、全然でした。この街、占い師って人気ないんですか?」
「お前さん、占い師だったのかい? てっきり似顔絵画家か何かかと思ったぜ。この街じゃ占いは流行らないぞ。何年か前、占い師を称する詐欺集団が街に入ってな、みーんな騙されて大金取られてんだ。以来、占い師と詐欺師はこの街じゃ同義だ。お前さんが詐欺師だとは思わねぇが、この街での商売は諦めた方がいいかもな」
「……うへぇ。参ったなぁ。……いいや。もう少し頑張ってみよう。おじさん、忠告ありがとう。えっと、お礼と言ってはなんですけど」
僕はカウンター越しに店主に顔を寄せてささやく。
「今日、奥さんの誕生日ですよね? 忘れて飲みに行ったら、奥さんが激怒して大変なことになりますよ?」
店主のおじさんが目を見開く。今日の日付を確認し、頭をペチンと叩いて天を仰ぐ。
「いっけね。忘れてたなぁ。ありがとよ、助かった。いや、ほんとに」
「いえ、これが僕の仕事ですから。あ、プレゼントの薔薇は一輪で十分ですよ。逆に豪華にしすぎると、何かやましいことがあるのかって疑われますから」
「はは、そこまでわかんのかい? 大したもんだ」
「いえいえ。お、今夜はお楽しみのようですね。頑張ってください」
苦笑する店主に笑顔で手を振り、僕は店を後にした。
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