第5話

 年の頃二十半ば。鎧を纏っているが、この街の正規の兵士のものとは違う。傭兵か何かだろう。


「いえ、そんなことは考えていませんよ」

「ほほう? じゃあ、なんでお前はそのゴミを十五万も出して買ったんだ? そんな価値がないことくらい俺でもわかるぜ? ああ、あれか。相手を理解したフリして信用を得る、それから今度はもっと高額なお金をその子から毟り取ろうって算段か。占い師のやることは皆同じだなぁ」


 明らかな敵意と嘲笑。きっとこの人も、悪い占い師に騙されて苦しんだ一人だろう。


「……違います。僕はそんなことはしません」

「じゃあなんだ? その子に惚れたか? 占い師ってのは口も上手いからな。前の連中も、その辺の娘を騙くらかしていい思いをしたっていうしな」


 僕がなんというと、この男は納得しないだろう。未来など視なくてもそれくらいはわかった。

 しかし、と僕は思う。彼は悪意を持って僕に突っかかっている訳ではない。その性根はとても優しく、詐欺に騙されそうになっている少女を助けたい、という気持ちの現れに過ぎない。

 ただ一つ、許せないことがあるとすれば。


「……僕のことはいい。占い師はいつだって眉唾ものさ。でも、この絵をゴミと呼んだことは取り消せ。この絵はとても素晴らしいものだ。形として見ることのできない人の心を、魂を削って表現した傑作だ」

「はぁ? ただの落書きだろ?」

「違う」

「は! よほどその子にご執心のようだ。ご機嫌取りに必死だな」

「違う!」


 僕は男を睨みつける。


「これ以上この作品を侮辱するな!」

「……心意気だけは立派だ。だが、喧嘩を売る相手は選びな。丁度、占い師にはムカついていたところだ」


 男は僕に殴りかかってくる。が、僕はそれを容易く避ける。男はそのことに驚いて一瞬の硬直。その隙に懐に踏み込んで、太い首を掴む。


「な⁉︎」

「……彼女に謝れ」

「……わ、悪かった。すまん。ゴミと言ったのは取り消す……」


 僕が手を離すと、男は気味の悪いものを見たという風にそそくさと去っていく。


「驚いた。意外と強いのね。ああ、未来を視たのか」

「違うよ。これはただの観察。体重移動とかの予備動作を見て相手の行動を先読みしただけ」

「……そうなの?」

「勘違いする人は多いけど、僕が占いをするときもほとんど未来なんて視ないんだ。占いを依頼する人は、ただちょっと悩みを吐き出せる場所を求めているだけ。医者にも友達にも家族にも話せないような悩みを相談して、簡単な助言を貰って満足する。未来なんか視るより、目の前のその人をよく観察する方がたくさんのことがわかるものだよ」

「……そうだったんだ。意外」

「でも、だからこそ話術だけの占い師ものさばってしまうんだけどね」


 僕は苦笑する。


「あなたがここで商売するつもりなら、皆の意識も変えないといけないね。……てことは、分野は違っても、私と同じ状況かな?」

「そうみたいだ」


 二百年先の芸術を現代で浸透させるのと、詐欺師に騙された人々の心を変えること。どちらも大変な難題になりそうだ。

 さてどう解決するべきかと思っていたら。


「さっきはありがとう。私のために怒ってくれて。あなたは、この世界で最初の、私の理解者よ」


 初めてマナが笑った。雪解けに現れた可憐な花のような笑みに、僕は心臓が高鳴った。

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