第6話

 ひとまず、二人とも早めに店じまいすることにした。お互いにこのままでは商売にならないので、どうすれば良いか話し合おうということになったのだ。

 どちらかの宿で、と思ったが、どうやら二人とも同じ宿に部屋を取っていた。話し合いには都合がいい。

 僕の部屋に二人で入り、マナに未来のことを話した。マナの絵はこのままでは現代で理解されず、死後に評価を受けて有名になると聞いて、マナは複雑な表情をした。


「……私は生まれてくる時代を間違えたのね」

「けど、僕がいた。そんな未来はもう来させない」


 二人で、どうすればお互いの未来が明るいものになるかを話し合った。しかし、なかなか良い案は見つからない。議論を尽くした後、マナが紙と木炭を手に取った。

 じっとしていてと言われたのでそうすると、短時間で一枚の絵が出来上がった。それは非常に精巧で精緻なデッサンで、この街の一流画家にも引けを取らない出来に見えた。


「やろうと思えばこれくらいはできる。でも、こんなものは当たり前過ぎて私には退屈。私は、目に見えないもっと大きなものを描きたい」


 マナの才能をここで終わらせてはいけない。決意を新たにしたところで、とある案が頭を過った。


「あ……これなら、いける、か?」

「え?」

「マナはどんな絵だって描けるんだ。なら……」


 僕が作戦を話すと、マナは、やってみると言ってくれた。


 二人の滞在費は、画材代などを除いて約半月分。そのほとんどを、ひたすら創作に費やす。場所は通りの一角を利用させてもらう。僕が案を出し、それをマナがキャンバスに再現する。通常の画家であれば五日掛かるような工程を、彼女はたった一日でこなす。また、絵具の渇き具合に応じて同時に何枚もの絵を進行させていく。

 それでも、初期には通行人は特に関心を示さない。当然だ、何を描いているのかはまだわからないはず。ただ、日が経つごとに、通行人の彼女を見る目が変わる。何が描かれているのかはまだわからない。しかし、見る人が見れば、マナが並の画家ではないことはだんだんとわかっていく。そして、いったい何を描いているのか、疑問に思う者達も出てくる。尋ねられても、僕は完成してからのお楽しみと言ってあしらった。

 そして、通りで絵を描き始めて十日目。マナの一連の作品群が完成する。少しずつ関心を持ってくれた街の人たちの前で、僕は初めて全ての作品群を一度に公開して見せた。


 題名、『未来の絵画達』


 そこには、これから未来に描かれるはずだった絵画達が並んでいる。

 現代で主流の写実的な絵から始まり、後に印象派と呼ばれる淡く曖昧な絵、さらに、象徴主義、表現主義、シュルレアリスム、キュビズムと絵がどんどん変化していき、そして最後に、マナ自身の描く抽象画が並んだ。

 現代絵画からマナの絵には、常人は一足飛びにはいけない。誰も理解できない。しかし、その過程をきちんと並べてやれば、それを理解しようと努める人がいる。絵の発展は時代背景も関わるから、全てが理解されることはないだろう。しかし、少なくとも、マナの実力を目の当たりにした人の中には、評価を再考しようという人が出てくる。


 正直、とんでもないことをしているという自覚はある。絵画の発展を圧倒的に促進してしまっているのだ。未来改変もいいところだろう。このことで、脚光を浴びるべき人が埋もれてしまうこともありうる。

 しかし、それでも僕はマナの成功を願った。これから出てくるどんな画家よりも、彼女には才能があると信じた。彼女は偉大な画家で、彼女を超えられてこそ、脚光を浴びる価値がある。

 周りに集まった人たちは、一様に困惑しているようだ。しかし、当初のように何の価値もないゴミを見る目ではなく、これは何なのか、と考えようとしている。


「皆さん、僕は占い師のミクニ。僕が見た未来の絵画を、このマナに再現して貰いました。僕の話を信じる、信じないは皆さんの自由です。しかし、ここにお集まりの方々には、この絵画たちが決してただの落書きではないことがお分かりでしょう。芸術はただあるがままを写しとる作業ではありません。芸術は、もっと自由なのです」

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