1-7
「……は?」
大北の笑みが崩れた。
「何を言っているんだ」
「あなたこそ何を言っているんですか。私たちは一度も、あなたが異世界に行けるとはいっていませんよ」
「そこのエルフが言ったじゃないか!」
「素質があると言っただけです」
「じゃあもう行ってもいいだろう!記憶でもなんでも渡すって言っただろ!早く俺を異世界に行かせろよ!俺は異世界で、勇者になるんだよ!」
「大北さん、大北さん、困るなあ」
門司はもう、溢れる笑いをこらえきれない。
「あなたはね、きっと勇者に向いてますよ。長谷川の見立ては間違いないから。武術に優れ勇気があり、未来を切り開いていく、そういう人ですよ」
「だったら!」
「でもねえ、大北さん、ここはまだ異世界じゃないんですよ」
門司は笑みを崩さずに言った。
「まだ、誰かに切りつけたら、罪になる世界なんですよ」
大北は門司を睨みつけたまま、手の甲で顔を拭った。
汗と涙と、血飛沫が、大北の顔に延ばされていく。
「ねえ大北さん、ここ来るまでにたくさんパトカー見ましたよ」
門司は話し続ける。
「いったい何人刺したんですか?頭から足の先まで真っ赤じゃないですか」
「……人を、通り魔みたいに言うな」
大北が震える声で答える。
「刺したのは、一人だけだ。クソ上司を何回も何回も何回も」
「何回もを何回も言わないでくださいよ」
「うるさい!」
大北が血塗れのサバイバルナイフを振り上げる。
最初の挨拶からずっと、突きつけてきた凶器だ。
「いいから仕事をしろ。俺の記憶でもなんでも持っていけ」
「ブチ切れサラリーマンの記憶ですか。高く売れそうだなあ」
へらへらと話し続ける門司の元へ、大北が突進してくる。
咄嗟に身をかわした門司はバランスを崩し、尻餅をついてしまう。
大北はナイフを振り上げ、そのまま、動きを止める。
「ダメか。あんたを刺すと、異世界に行けなくなるな」
「…賢明な判断です」
「じゃあ、こっちだ」
大北は長谷川に躍りかかった。背後に回って、喉元にナイフを突きつける。
「早く異世界へのゲートを開けろ。このエルフも連れていく」
「やれやれ、どこが勇者なんだか」
「早くしろ!」
門司はよろよろと立ち上がった。
「大北さん、ねえ、こちらで罪を犯しておいて、記憶を消して人生をやり直す、ってのは、許されると思いますか。あんまりにも自分勝手じゃないですか」
「俺を異世界に遅れ」
「無駄だと思いますが言いますね。自首してください」
大北は笑った。唇の端の乾いた血を砕きながら笑った。
「俺は、勇者だ。これから冒険に出るんだ。邪魔をするな!」
「そうですか」
門司は目を覆った。
「いいぞ」
長谷川が頷き、ナイフを突きつける大北の腕を握った。
太い骨が、粉々に砕けた。
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