1-6

 長谷川が持ってきた「装置」は人の頭ほどの大きさだった。

 材質は黄色いプラスチック。半球形で底面は刳り貫かれ、顎紐がついている。

 そして側面には「安全第一」と書かれたステッカー。

 つまり。

「これ、ヘルメットですよね」

「見た目はね。ただ、これを被ると記憶が全て吸収されます。気をつけてください」

 大北はしげしげとヘルメットを眺めている。

 門司は改めて、大北へ向き直った。

「大北さん、ほかに何か、知っておきたいことはございますか」

「ひとつ聞いてもいいですか」

(随分ご機嫌になったもんだ。質問する余裕まで出しやがって)

 内心で舌打ちしながら門司は頷き返す。

「依頼主から抜き出した記憶、って、どうするんですか」

「売ります。必要としている方にね」

「どんな顧客層なんですか」

「ねえ大北さん」門司は努めておどけて見せた。

「聞いてどうするんです?これから記憶を失うってのに!」

「ああ、そうか。それもそうですね!」

 大北は声を上げて笑った。金属質の耳障りな笑い声だった。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、本当にありがとうございます」

 大北は深々と一礼した。

「こんな形で人生をやり直せるなんて。思い切って電話をかけて、本当に良かった」

「お前には勇気がある」

 長谷川が言った。「先ほども伝えただろう」

「本当に、本当にありがとうございます」

「いえいえ、私共の仕事ですので。それでは、準備をしましょうか」

「はい。……ヘルメットを、貸してください」

「ヘルメット?」

「あ、いや、装置でしたっけ。それを被ると記憶が消えるんですよね」

「ええ、でも、まだ被ってもらっては困ります」

「ん?あーそうか、異世界への入り口を開けるほうが先ですかね」

「大北さん、何か勘違いをしていませんか」

 門司は笑った。

 待ち望んでいた瞬間の訪れを愉しんで、心から嗤った。


「あなたは、異世界には行けませんよ」

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