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大北はしゃくり上げながら答えた。
「いくらでも払います。異世界に行かせてください」
「そういう訳には行きませんので……大北さんが異世界に行った場合、こちらの世界では失踪者という扱いになります。ご家族や会社の方が行方不明者届を出されるかもしれません。そうなると警察が動きます。口座が差し止めになるかもしれない。ですので必ず前払いで頂いておりまして」
「……料金って、いくらくらいですか」
「そうですね」
門司は素早く電卓を叩く。
「まず、いちばん高いプランがこちら。異世界とこちらの世界を往復できるコースです。先ほどの入り口を固定して提供するわけですが、特殊な技術が必要になりまして、このくらいかかります」
電卓を見た大北の目がどんよりと曇る。
「これだけ払える金があるなら、異世界に行く必要はないでしょう」
「ごもっともです……で、次が片道コース。一瞬だけ空間を裂き、そこへ飛び込んでいただく形になります。こちらへ戻ってくることはできません。料金がこちら」
門司が素早く打ち直した電卓を見て、大北が笑みを浮かべる。
「こんなに下がるんですか」
「皆さん、そう仰います」
「でも、これでも、まだ払えない。いま、手持ちがほとんどなくて」
「近くのコンビニにATMがありましたよ」
「ダメだ!」
大北の怒声に門司は思わず身をすくませた。
「いますぐ異世界に行きたいんです。お願いします」
涙と興奮で充血した目を見開き、大北が詰め寄ってくる。
落ち着け。冷静になれ。
自分と相手に内心で言い聞かせ、門司は営業スマイルを立て直した。
「かしこまりました。とっておきのプランがございます。長谷川、あれ取ってきて」
長谷川がひとつ頷くと、外に停めた軽トラックへ戻っていく。
(さあ、ここからが正念場だ)
去っていく同僚の背を見送って、門司は一段と声を潜め大北に語り掛ける。
「我々がお客様から、対価として受け取るものが、お金の他にもう一つございます」
「何ですかそれは。もったいぶらずに教えてください」
「お客様の記憶です。これまで生きてきた人生の、記憶、ノウハウ、思い出、そういったもの全てです。これを代金としていただきます」
「どうやって?」
「いま長谷川が取りにいった器具を使用します。痛みは伴いませんのでご心配なく」
「僕はどうなるんでしょうか」
「全ての記憶を失った状態で異世界へ転生します。よくあるでしょう。『ここは、どこだ。俺は――思い出せない。俺はいったい、誰なんだ』あの状態ですよ」
「でも、それじゃあ、さっき長谷川さんが言っていた僕の良さもなくなるんじゃあ」
「詳しいことは知りませんが、素質、というのは生まれ持ったものらしい。記憶を消しても無くならないものだそうです」
大北の目に、再び希望の光が宿ってくる。
それを忌々しく感じながら、門司はとどめのフレーズを囁いた。
「記憶をすべて頂ける場合、片道コースなら、お金は要りません」
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