1-4
赤い大草原を、馬に似た一つ目の生物が走り回っている。
その背中には人間に酷似した生物が跨っていた。
楽し気に笑い合う彼ら彼女らの頭上には、大きな水色の花が咲いていた。
温かく乾いた風と、馥郁たる甘い匂いが、穴から吹き寄せてきた。
「はい、こんな感じですね」
門司はカーテンを閉めるように空間を引き寄せ、穴を閉じた。
大北は穴のあった場所から目を逸らさず、立ち尽くしている。
「今のは、何ですか」
「異世界です。あなたが行きたがっている、ここではないどこかです」
「本当に、本当に、異世界はあるんですね」
大北の目がうるんでいく。
本当にすぐ泣く男だ。門司は心の中で呟く。
きっと相当に苦労しただろうな。
こいつも。会社側も。
「僕は、異世界に行けるんでしょうか」
「それを今から確かめさせていただきます。長谷川」
門司に呼ばれ、長谷川が歩み寄ってくる。
怜悧な緑色の目に見つめられ、大北が気押されたように後じさった。
「私どもは分業制でしてね」
門司は説明を続ける。
「それぞれ特技があります。私は先ほどお見せしたように、異世界への入り口を見つけて開くことができる。そしてこの長谷川は、異世界に行く人間の見極めができるんです」
「……見極め?ということは、異世界に行けないかもしれないんですか」
詰め寄ってくる大北を、門司は慌てて押しとどめる。
「ま、よほどのことが無い限り、失格者は出ません。長谷川、やってくれ」
長谷川が息を吸い込み、目をつぶる。
「ちょっと待ってください、心の準備がまだ......」
かっ、と長谷川が目を見開く。
その瞳から青い光が放たれた。
あまりの眩しさに大北が悲鳴を上げ、顔を覆う。
長谷川はたっぷり10秒ほど照射を続けたのち、目を閉じた。
大北が顔を覆ったまま、こわごわと尋ねる。
「……いかが、でしょうか」
やがて開かれた長谷川の目は、元の緑色に戻っていた。
「この男には」長谷川は事務的な口調で話し始めた。
「きわめて武勇に優れた素質がある。ここ一番での勇気がある。そして何より、己の未来を己の手で切り開いていく精神がある。素晴らしい魂だ」
「……最高クラスの評価ですよ」
一瞬言葉を失った門司が、慌てて大北に声をかける。
長谷川がここまで他人を賞賛するのは珍しいのだ。
大北の目が潤み始めた。
「僕は異世界に行けるんですか」
「素質を他者の為に用いれば、伝説に名を刻むほどの勇者となるだろう」
「ありがとうございます……僕、人に褒められるの……本当に久しぶりで……」
「別に褒めてはいない。見た儘を伝えただけだ」
長谷川はごく簡単に言うと、門司をちらりと見た。
大北が嗚咽を漏らし始めた。
自分の存在を肯定されたことが、よほど嬉しかったのだろうか。
門司は作業着のポケットから小さな電卓を取り出す。
吠えるように泣いている大北を刺激しないよう、努めて優しい声音を絞り出す。
「ええ、それでは、料金プランについて説明しますね」
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