1-3
門司は作業服のベルトに刺していた、二本の針金を取り出した。
針金といってもかなり太い。片端を曲げてLの字型にしてある。
「まず、質問させてください。どうして異世界へ行こうと思われたんですか」
ほとんど必要のない野暮な質問だった。
大北はスーツ姿。会社員なら本来は働いている時間。
「……勤め先が、ブラック企業というやつで……」
ほら見ろ、いつものパターンだ。
門司はそれでも、深刻な顔をして頷いて見せる。
「上司が本当に、最低のクズで、僕の人格を否定するようなことばっかり……」
「ああ、それは酷い」
門司は相槌を打ちながら、L字の針金を軽く握り、前に突き出す。
針金で「前へ習え」をしているような体勢だ。
「……そうやって耐えてきたんですが、もう限界に達してしまって……」
「あああ、お辛かったんですねえ」
「分かっていただけますか」
大北が潤んだ目を向けてきた。
「ええ、ええ、分かりますとも」
(百回は聞いた理由だからな)
門司は乾ききった感想と裏腹の、満面の笑顔を浮かべた。
「そこまで強いお気持ちがあるのでしたら、我々も心して仕事にかかれる、というものです。そうだよな、長谷川」
「そこまで強い気持ちだったか?」
「ご質問について順番に答えますね」
首をかしげる長谷川を黙殺し、門司は歩き出す。
「まず、異世界はあるのか、でしたね」
「……まだ信じられないんです。自分から連絡しておいて何ですけど」
「当然の疑問です。ライトノベルや漫画ではなく現実の話ですからね。うちの従業員の耳が尖っているくらいでは信用できないでしょう」
適当な言葉を並べながら、門司はうろうろと歩き回る。
針金の先端が、ぴくり、と揺れた。
「はっきり申し上げましょう。異世界は存在します」
平行だった針金の先端が、ゆっくりと開いていく。
「そして、異世界への入り口も、いたるところに存在するのです」
門司は足を止め、針金を握りなおした。
「たとえば、こんなふうにね」
門司が針金を握りしめたまま、右手を上げ、振り下ろす。
針金が、虚空に刺さった。
何もない空間を、門司が針金で裂いていく。
中空に隙間が開き、そこから抜けるような青空が覗いた。
門司は針金を足元に落とし、両手で一気に隙間を押し広げる。
空間に、マンホールほどの大きさの穴が開いた。
「さあ大北さん、ご覧になってください」
茫然自失の大北が、門司に促され、穴を覗き込む。
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