1-2
『門司管工』
停車した軽トラックにはそう書かれていた。
大北は息を潜めながら、手にしたチラシを改めて見返す。
(本当に来た……)
この廃工場を集合場所に指定したのは大北だった。
鍵は壊れており人通りもほぼ無い。外回り中に見つけた絶好の避難場所。
車から降りてきた二つの人影が、工場の中に入ってくる。
大北は息を整え、ゆっくりと立ち上がった。
依頼人と思しき男が、物陰から立ち上がった。
痩せて顔色の悪い、スーツ姿の男。
門司は咄嗟に笑顔を作る。持ち前の目つきの悪さを隠す満面の営業スマイルだ。
「ああどうも、大北晴臣さんですかね」
「……ええ」
男は蚊の鳴くような声で答えた。喉が渇き切っているらしい。
無理もない。この男――大北にとっては、人生の一大事だろうから。
門司は努めて柔和な表情を浮かべ、語り掛ける。
「この度は弊社にご依頼いただきまして誠にありがとうございます。私、門司管工の門司と申します。ええと、弊社のことはどちらから?」
「……あの、チラシから」
大北がポケットから、くしゃくしゃの紙を取り出す。
二色刷りのチラシだ。門司が発注し業者に配布させたものだ。
作りはあえてチープにした。大概の人間は読まずに捨ててしまうだろう。
ごく少数の、大北のような依頼人以外は。
門司は笑顔のまま続ける。
「ええ。ご都合がよろしければ、さっそく説明のほうに移らせていただきたいんですが」
大北は答えない。ぽかんと口を開けている。
「……大北さん?どうかされました?」
「え、え」
「え?」
「エルフだ」
門司は大北の視線を追って振り返り、顔をしかめる。
長谷川がニット帽を脱いでいた。
さらさらと長い金髪をかき分けて、尖った耳が横にピンと立っている。
「どうした」
「こっちが聞きたいよ。何でいま帽子を脱いだんだ」
「室内に入ったら帽子は脱ぐものだろう」
「お前に関しては被りっぱなしのほうが話が進むんだよ」
「エルフだ」大北が再び呟いた。「本当にいるんだ」
長谷川は大北の元に歩み寄り、一礼する。
「はじめまして。長谷川と申します。本日はよろしくお願いいたします」
「長谷川?エルフが長谷川?」
混乱する大北。
門司は内心で地団太を踏む。それ見ろ。話がややこしくなった。こんなことなら長谷川にマナー研修のテキストなんか読ませるんじゃなかったよ、まったく。
長谷川を押しのけて、門司は強引なカットインを試みる。
「大北さん。説明に移って、よろしいでしょうか」
「説明ってなんですか?なんでエルフが長谷川なんですか?」
「えー、どうか落ち着いて」
「落ち着いていられますか。異世界はあるんですか。本当に行けるんですか」
「ですから」
門司は声を張り上げた。
「今から、その話をしましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます