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『門司管工』

 停車した軽トラックにはそう書かれていた。

 大北は息を潜めながら、手にしたチラシを改めて見返す。

(本当に来た……)

 この廃工場を集合場所に指定したのは大北だった。

 鍵は壊れており人通りもほぼ無い。外回り中に見つけた絶好の避難場所。

 車から降りてきた二つの人影が、工場の中に入ってくる。

 大北は息を整え、ゆっくりと立ち上がった。



 依頼人と思しき男が、物陰から立ち上がった。

 痩せて顔色の悪い、スーツ姿の男。

 門司は咄嗟に笑顔を作る。持ち前の目つきの悪さを隠す満面の営業スマイルだ。

「ああどうも、大北晴臣さんですかね」

「……ええ」

 男は蚊の鳴くような声で答えた。喉が渇き切っているらしい。

 無理もない。この男――大北にとっては、人生の一大事だろうから。

 門司は努めて柔和な表情を浮かべ、語り掛ける。

「この度は弊社にご依頼いただきまして誠にありがとうございます。私、門司管工の門司と申します。ええと、弊社のことはどちらから?」

「……あの、チラシから」

 大北がポケットから、くしゃくしゃの紙を取り出す。

 二色刷りのチラシだ。門司が発注し業者に配布させたものだ。

 作りはあえてチープにした。大概の人間は読まずに捨ててしまうだろう。

 ごく少数の、大北のような依頼人以外は。

 門司は笑顔のまま続ける。

「ええ。ご都合がよろしければ、さっそく説明のほうに移らせていただきたいんですが」

 大北は答えない。ぽかんと口を開けている。

「……大北さん?どうかされました?」

「え、え」

「え?」

「エルフだ」

 門司は大北の視線を追って振り返り、顔をしかめる。

 長谷川がニット帽を脱いでいた。

 さらさらと長い金髪をかき分けて、尖った耳が横にピンと立っている。

「どうした」

「こっちが聞きたいよ。何でいま帽子を脱いだんだ」

「室内に入ったら帽子は脱ぐものだろう」

「お前に関しては被りっぱなしのほうが話が進むんだよ」

「エルフだ」大北が再び呟いた。「本当にいるんだ」

 長谷川は大北の元に歩み寄り、一礼する。

「はじめまして。長谷川と申します。本日はよろしくお願いいたします」

「長谷川?エルフが長谷川?」

 混乱する大北。

 門司は内心で地団太を踏む。それ見ろ。話がややこしくなった。こんなことなら長谷川にマナー研修のテキストなんか読ませるんじゃなかったよ、まったく。

 長谷川を押しのけて、門司は強引なカットインを試みる。

「大北さん。説明に移って、よろしいでしょうか」

「説明ってなんですか?なんでエルフが長谷川なんですか?」

「えー、どうか落ち着いて」

「落ち着いていられますか。異世界はあるんですか。本当に行けるんですか」

「ですから」

 門司は声を張り上げた。

「今から、その話をしましょう」

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