第069話 運命の否定
「違うのマサオミ」
だが突然現れてアホなことを口にする俺に対して、驚きと茫然と羞恥をないまぜにしたような表情でリィンが首を左右に振りながら呟く。
どこかぽかんとした表情にも見えて、こんな状況なのに普通に可愛いと思ってしまう。
あまりに想定外のことが突然起こったから、ごく当たり前の反応として慌てている。
それに俺は自分の内心を悟られないために意識して無表情であるように努めていたせいか、見ようによっては呆れて素になったような表情に見えたのかもしれない。
今のリィンの言葉には二つの意味がある。
俺のアホな言葉――頼ってくれなかったことに対する不満に対するものと、俺に見られ、聞かれた本当の自分に対する反射的な否定。
そりゃそうだよな。
これで自分がこの世界からいなくなってしまうと確信しているリィンにしてみれば、自分が救った世界で生き続ける俺の中に残る自分の姿くらい、無自覚で演じていたとはいえ理想的な自分であって欲しいと望むのは無理なからぬことだと思う。
せめて人の記憶に残る自分くらいは、自分が思う理想的な自分でありたい。
だからこそ、ここ数日俺に付き合ってくれていたリィンはあれだけ魅力的で、ただただ可愛らしく、それでいて自分の責任から目を背けない揺ぎ無い姿だったのかもしれない。
俺がここに顕れさえしなければ、実際の最後はどうあれ少なくとも俺の中のリィンは、リィンが望んだ理想の自分のままでいられたのだ。
俺の主観時間でとても長い間、俺にとってのリィン像が事実そうであったように。
それがあんな瞬間を見られたとなれば、否定の言葉を反射的に口にしてしまうのも無理はない。
「わかってるよ。リィンが
だからこそ俺は、俺に頼ってくれなかった方の意味に対してだけ答える。
それに俺はもう、記憶にあるリィンを反芻して生きることには飽きた。
これからは実際に目の前で喜んだり怒ったり、時には悲しんだりしながら楽しく生きているリィンと一緒にいたいのだ。
そのための準備は入念に整えてきた。
だから美しく高潔で理想的なリィンも、人間臭くて生々しい正直なリィンも、どちらもそれを最後の記憶になんてするつもりはない。
リィンという一人の女の子のどちらも本当の姿、無数にある表情のひとつにするだけだ。
「――知ってたの!?」
さすがに俺の言葉に対して、純粋な驚きをその美しい顔に浮かべている。
リィンにしてみれば秘中の秘である情報だろうから無理もない。
本人は絶対に俺にそれを伝えようとはしなかったし、如何に俺が強くてもただそれだけで知り得る情報でもない。
リィン以外でそれを知り得る立場といえば『聖教会』だけであり、今俺が所属しているように見える『
だからこそ『
嘘で塗り固められ虚構に塗れた『史実』とやらをこそ、真実だと妄信してしまっているがゆえに。
それに『聖教会』であったとしてもその情報に触れることが可能なのは、『禁書』をその目にすることを赦された一定以上の立場にある者のみに限られる。
となれば、リィンの中ではまだ迷宮都市ヴァグラムに到着してから一月もたっていない俺が知っているはずのない情報だと判断するのも当然だ。
「まあね。もしかしてその最初の犠牲者が『聖女様』なのかな? だからリィンたちエルフは、甘んじて『贖罪の種族』たることを受け入れた?」
俺の言葉に息をのむようなリィンの表情からして、当たらずも遠からず――まあリィンが実際に体験したことにかすりくらいはしているのだろう。
「やっぱそんなあたりか。悪趣味な
そういうのは好きじゃない。
『
だがその行為を世界のあるべき
そこで断じたのが
自分たちがどれだけ愚かなことをしたのかを思い知らせるために、最もダメージを与える手段を選択しているとしか思えないからだ。
得た力を理不尽を砕くために行使した『
まあその何者かがその力はともかく、精神面においても「超越者」ではないという証でもあるが。
だがこういう
だから――
「俺は俺の趣味に合わない
そんな結末は拒否してやる。
そもそも
現実とはえてしてそういうものだとか、うっせぇわ! としか言いようがない。
「だめ!」
「リィンがそう言うってことはもう知ってる。だからもちろん準備もしてきてる」
「――え?」
もちろん俺だって、言葉や感情の脊椎反射だけで拒絶しているわけじゃない。
実際にその展開をその目で見ていたかもしれないリィンが、自分が
もはやそんなものは義務でもなんでもないのに。
義務というならば、そこには権利もなければならない。
そうでないならばそれは義務などではなく、弱者による一方的な強者への搾取でしかない。
だけどリィンは、それでも自分でやろうとしてしまう。
実際に、やってしまう。
だからこそ、言葉だけではなく実際にその展開を覆すことができる力を手に入れるまで、俺は気の遠くなるほどの繰り返しを重ねてきたのだ。
そしてそれが
「
リィンの胸元を飾っているペンダント。
それは俺が――俺たちが最初にリィンから遺されたものを魔改造して生み出した、最初の『
俺の目の前にいるリィンにとっての
それをあの時のような気持ちで受け取るのはもう二度とごめんだ。
これが済んだらリィンと二人で、冒険者ギルドまで返してもらいに行く所存である。
「まずは『巨神』を止めようか。実体化したら俺たちの会話が終わるまで待ってくれたりするイベント・ストップ機能なんか搭載されてないだろうからな」
されていたら笑うが。
リィンが自ら『黒化超過駆動』を発動せざるを得なかったとおり、もはや『巨神』の封印は解かれ、今にも世界に厄災を振り撒かんとその再起動を続けている。
「まあ見ていてリィン。これからリィンと世界を救うのは俺の力も含まれているとはいえ、すべてこの世界の人が創りあげたモノだ。俺が力を貸したのは「
その力は俺だけでは絶対に到達できなかったもの。
だが俺の
いずれ人が到達できる不可思議ならざる力を以って、神の――古代の不可思議な力による支配に幕を引いてやる。
これからは人の生み出した力、世界を解析して得た力こそが世界を支配するのだ。
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