第068話 理由の再確認

「……あれだけ俺TUEEEアピールしたのに、結局俺には頼ってくれなかったな」


 とっさには我ながら「なに言ってんだコイツ?」レベルの言葉しか出て来ない。

 そもそも「呼んだ?」っていう最初の一言からして、ありえないレベルでハズしている。


 ……自分で想定していたものよりずっと、というか足元にも及ばないほどに間抜けな登場シーンになってしまった。


 『巨神』と対峙するまでにリィンが俺を頼ってくれることを諦めてからは、せめてこの決定的なシーンにいかにカッコよく颯爽と現れるかばかりを繰り返しシミュレートしていたというのにこの体たらくである。


 まあどれだけ長く生きて、どれだけ強くなっても所詮は俺だからなあ……


 言い訳をさせてもらえるのならば、ちょっと感動して泣きそうになってしまったからなのだ。

 そうじゃなければまさにヒーロー登場といった風な、かっこいい台詞と共に颯爽と現れていたはずだったのだ。


 それこそ左手に不思議な銃を仕込んだ蛇の人のように。


 今にして思えばそれはそれで寒かったような気もするが。

 肝心の台詞セリフを噛んだ可能性も否定しきれないし、そのためだけに『時間遡行』でやり直しというのも恰好がつかないことはなはだしい。


 まあ俺てありということにしよう。

 今の言動がテレ隠しや動揺に起因したものであったとしても、仕込んだものなどよりはよほど俺の正直な気持ちに近いものなのだから。


 それに俺の想定では、この場面でリィンがになることはまったく予測できていなかった。


 俺はエルフが――リィンが高潔な存在なのだと勝手に思い込んでいたのだ。


 『贖罪の種族』などと蔑まれながらも、自らを蔑む人の世界を護るために人知れず人の手に負えない強大な魔物モンスターを数百年に渡って狩り続ける。

 それだけに止まらず、数百年の周期で封印から解き放たれる世界に十三体存在する『巨神』――数百年に及ぶ生命の原罪に穢れた魔力を原動力として動き出す、まさに「呪い」のような存在――を我が身を犠牲にしてでも再封印する。


 それを旧支配者であった時代はもとより、『贖罪の種族』と貶められてからも変わることなく続けているのだ。


 世界の外在魔力アウター・マギカの大部分が突然失われた『滅日』から数百年、最後のエフィルディス王族になってしまったリィンもそこはまったく揺るがなかった。


 俺がどれだけ力を示しても、その俺がリィンにどれほど参ってしまっているかを猛アピールしてもついぞ俺に頼ろうとはしないまま、最後のエフィルディス王族としての責任を果たすために一人でここまで来ていることがそれを証明している。


 こそ、俺はリィンに惹かれたのだと思っていた。


 主観でいえば数百年、数千年の時をけみしても全く変わらぬままの俺とは違って、長く生きてきた時間にふさわしく高潔な精神をその小さな躰に宿しているリィン。

 それでいて俺といる時には本当に普通の小さな女の子みたいな幼い表情も見せ、素直で正直で可愛らしい。

 エルフらしい線の細い美しさでありながら、人知れずやっていることは屈強な冒険者や軍人たちが束になってもできないような荒事――大型魔物モンスターの討伐と来ている。


 なにもかもが俺という存在とは違い過ぎて、憧れと好意と、そんな相手を自分に依存させるという歪んだ欲望も綯交ないまぜになって、俺のを生んでいるのだろうなどと、小賢しくも自己分析なんかをしていた。


 もちろんリィンのいかにもエルフといった、とんでもなく整った容姿に男として惹かれているということも否定はしない。


 そうだからこそ、主観時間でとはいえわりととんでもない長い時間、俺は折れることなく「リィンに好きになってもらうため」に頑張れたのだと、ほんのつい先刻さっきまで長いこと信じていたのだ。


 だが違った。


 実際に長い時間を生きた俺は「人とは本質的には変わらんなあ」ということを実感しているが、リィンだってそれは俺となにも変わらなかった。

 責任と諦観で己の心をよろい、そう在ることが一番楽だからこそ、俺から見たらまさに「聖女」のように振舞うことが自然になっていただけに過ぎなかったのだ。


 だけど最後の瞬間にそれは破綻した。


 まさかリィンは俺がすぐそばにいるとは思いもしていなかったはずだ。

 だからこそあの慟哭は、想いの吐露は紛うことなき本心のだ。


 あれがリィンの想いのすべてだとは思わない。

 エルフだろうが只人だろうが、人というのはそういう厄介な存在だ。


 とんでもなく高潔で慈悲に溢れた利他と、浅ましく自己中心的な利己が、自己矛盾を繰り返しながらも一人の心の中にどちらも存在している。

 瓢箪をどう切るかによってその断面がまるで違ったものになるように、人の心の在り方だっていつも変わらずたった一つというわけではない。


 だからこそ、その心に従ってどう行動したのかが、その人の在り方というものを一つ一つ決定させていくのだと思う。

 

 ――リィン・エフィルディス。


 彼女はとびぬけて高潔だったわけじゃなかった。

 彼女は俺が思っていたような聖女なんかじゃなかった。


 ただ長くつらい時を生きて来ただけの、一人の普通の女の子。


 だけど我が身の不幸を呪いながらでも、それでも自分は一緒に生きて行くことのできない多くの他人のために、己のなすべきを成そうとしたのだ。

 俺の介入がなければリィンは今頃、血の涙を流し呪詛の言葉をまき散らしながらでも、我が身を使い潰して『巨神』を封印していたことだけは疑いえない。


 その結末を俺はもう知っている。


 いや今だってこのまま放っておけば、自ら発動した『黒化超過駆動』によってリィンという一人の女の子は確実に終わってしまうのだ。

 『巨神』の封印に成功しようがしまいが、どちらにせよ避け得ない己の終焉おわり


 だったら世界を道連れに共に滅ぶという選択肢もアリだろうに、リィンはそれを最後までよしとはしなかった。


 どれだけ呪詛の言葉を吐き散らかし、我が身を憐れんで泣き喚いても、己を差し出して世界を救うことを自分で選んだ。

 どれだけ間違っていると思い、それを口にし、呪って泣きながらでも、それでも最後に自分で選んだ「正しい力の使い方」


 俺とさして変わらない、高潔な聖女ならざる女の子が、己が望んだわけでもないのに架せられた力を正しく行使したのだ。


 少なくとも、リィン自身にとっては。


 正直に言う。


 俺には絶対になれないような聖人が世界を救うよりも、ずっと

 好きだとか惚れるとかではとてもではないが言い表せない、地団駄を踏むような、狂おしいような気持ちで、リィンに好きになってもらいたいと心の底から思った。


 我ながら情けないことに「俺もく在りたい」だの、「そんなリィンを救いたい」だのという殊勝な想いなどではない。

 ただ自分がとんでもない魅力を感じた女の子をどうしても手に入れたいという下賤な欲望が炸裂して、事前に考えていた仕込みなど消し飛んでしまったのだ。


 綺麗に、無垢に笑っているリィンよりも。

 感情剥き出しで絶望をひしり上げ、涙でくしゃくしゃになったリィンの方が魅力的だと思ってしまった。


 主観時間でとはいえ費やした膨大な時間が報われたような、逆に自ら台無しにしてしまったような曰く言い難い感情とともに、一瞬どうするのが正解なのかわからなくなってしまっていたのだ。


 だけどそこでリィンが俺の名前を呼んでくれた。

 初めて「助けて」と言ってくれたのだ。


 それで事前の仕込みどころか、そんな俺の思考もなにもかも抜け落ちて、素で「呼んだ?」と阿呆な台詞と共にすぐに現れてしまった。


 そうでもしなければ、我ながら単純なことに嬉しくてはしゃぎちらしてしまいそうだったから。

 たとえこのまま今ここで『巨神』に負けて死んでも、まあいいかと思えるくらい。


 人が満たされるというのは、強大な力を得て好き勝手に振舞うことでも、贅沢な暮らしをすることでも、死や病の恐怖から解放されて永遠に生きることによってでもないのだ。


 なかった。


 たった一言。


 あの瞬間にリィンが俺の名を呼んでくれたというその事実だけで、今まで俺がしたことの全ては報われ、満たされたのだと実感できる。


 だが満たされたら次の飢えを覚えるのもまた人だ。


 この状況で名を呼ばれたからには、それには絶対に応えたい。

 負けて死んでも満足だなんて言っている場合じゃない。


 ここできっちり勝っていいところを見せて、リィンの期待に応える。

 ぎりぎりを越えたところで縋られて、それに応えられることの嬉しさはとても言葉では言い表せない。


 それが惚れた相手であればなおのことだ。

 好きな相手の期待にきっちり応えることを超える快感などそうそうあるまい。


 その後はリィンと面白おかしくこの世界で一緒に過ごすのだ。

 そのためならどんなことだってやってやる――やってきた。


 逆にそれができないのであれば、この世界が滅んだって知ったことではない。

 好きになるとは、たった一人を選ぶということは、究極的にはそう言うことだろう。


 オール・オア・ナッシングというやつだ。


 リィンを救えるのであれば、一緒に楽しく過ごしていく場である世界も救わねば意味がない。

 だがリィンを救えないのであれば、リィンのいない世界だけを救ったって意味なんかない。

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