第065話 機械仕掛けの偽神

「ティコ! ダメだありゃ、俺に頼る様子がまるで感じられない!」


 リィンとのデートを無事? 終えた直後、俺は『転移』で聖都の地下深くにあるティコの秘密空間へと跳んだ。


 もう駄目だ、あのリィンの様子では「助けてマサオミ!」とは絶対になるまい。

 にこにこと俺の話を聞いた上で、それでも我が身を犠牲にして復活する『巨神』の封印に赴くことはもう変えようがない。


 そんな覚悟があるからこそ、「ホントになにもしないの?」などという、血涙を流さねば我慢しきれないような誘いを平気で仕掛けてくるのだ。


 ――自分がもういなくなってしまうと、確信しているから。


 もっとも俺もすべての手札をリィンに晒したわけではない。

 だが『黒化』をほぼ完全に制御し、対魔物モンスターの戦闘力についても圧倒的なものを示している俺を知った上でもリィンがあそこまで頑ななのは、必ず理由がある。


 まず間違いなくのだ。


 リィンが我が身を犠牲にして封印する『巨神』を俺がなんとかしたところで、それをトリガーとして「次」が必ず現れるということを。

 そしてそれには俺――『岐からの客人プレイヤー』といえども絶対に勝てないと確信している。


 おそらくは『一人目の勇者ファースト・ブレイヴ』もそうだったがゆえに。


 これでは手札をすべて晒してもリィンは揺らがない。

 なんなら俺に頼ったをした上で、一人で封印に赴くだろう。


 世界の強いるシナリオの範疇から外れさえしなければ、俺が無敵でいられると知っているから。

 それがリィンに語った世界になることを信じてくれているから。


 もっとも俺を出し抜くことなどできはしない。

 今やリィンよりも正確に、当面の敵たる『巨神』がいつ復活するかを掌握できているのだから。


 だったらもう強硬手段に出るしかない。


 リィンに信用されて頼られるという展開を至上としていたが、そこはシナリオの細部変更も止むなしである。


 優れた脚本は臨機応変アドリブを利かせてこそ。

 本物の信用、信頼というものも実績を示して初めて得られるものだろう。

 

 だったらまずは世界が強いた固定イベントを蹴っ飛ばしてリィンを世界から掻っ攫い、それを修正するために顕れるであろうG.Mゲーム・マスター相当の存在も蹴散らしてくれる。


 ゲーマーを見くびるなよ、リィン。


 不正行為者チーターをとっちめる役がどこかにいることくらい、こっちは不正行為チートに手を染める際にはすでに想定済みなんだよ。


 それが不正行為チートの実行が明確に確定される固定シナリオの改変――リィンを助けるということがトリガーになるであろうことも含めて。


 それも含めてなんとかするためにこそ、俺は気の遠くなるような時間を費やしてきたのだ。


「いやあの我が主殿。普通に相談に来るとか、まだこの周ではお会いするの二回目ですよ私ら」


 ああすまん。


 一度生涯を最後まで共にした上で、うんざりするほど長い時間を俺だけが一方的に共有しているせいで、どうもティコに対する距離感がおかしいのは言われていた。


 いいよなティコは定期的に記憶がリセットされてと俺が愚痴ると、あんまり見ない寂しそうな表情で「忘れないというのはきついでしょうけど、羨ましくもありますよ」と言われたことがあるな、そういえば。


 とはいえ――


「この周言うな。というか流石ティコ、もう完璧に状況を把握できてるのな」


「そりゃこれだけの現物を突き付けられたら、よほどの阿呆でもない限り理解するしかないでしょう。確かにゼロから始めたら私が生涯かけても辿り着くどころか緒にも付けないシロモノですよ、こいつは」


 地下の秘密空間に所狭しと浮かんでいる巨大な『人造神遺物ニア・アーティファクト』と、積み上げられた膨大な資料を背にして肩を竦めるティコである。


 まあコイツのことだ、俺が現れてから今まで不眠不休で状況の把握に勤しんでいたであろうことは疑いえない。

 一定量の文献を読み進めれば、それ以降は表示枠を流用した疑似コンピューターによる映像やデータ・ベースでの確認に移行しているはずなので効率は良かったはずだ。


「でも創り上げたのはティコだよ」


「我が主殿の力をお借りしてね」


「やっぱりその呼び方になるの?」


「私の性格上、我が主殿との関係で対等に振舞うのは無理です。命令とあれば無理してでもそう致しますが」


 だがそういった自分への情報伝達のための魔導具も含めて、すべてを創り出したのもティコたち『世界の淵ワールド・エッジ』であることも確かなのだ。


 確かに俺の『時間遡行』による自分自身への研究の継続と、あらゆる支援がなければできなかったというティコの言も至極もっともなものではある。

 だが俺にしてみれば降って湧いた力をそういう風に使っただけで、すべてを生み出したのはやっぱりティコたちだと思ってしまう。


 もはや『人造神遺物ニア・アーティファクト』どころか、疑似コンピューターでもどうやって動いているのかすら理解できていないしな俺は。


 ティコたちが全員消えてしまったら、俺にはまともに起動させることすらできないだろう。

 俺の意思に従っての半自律起動を仕込むのが間に合ったのは今のところ『黒化』を制御する『人造神遺物ニア・アーティファクト』だけであり、それ以外は人による制御がまだ必要な状況なのだ。


 その辺は「次の私が改良してくれますよ」と笑っていたが。


「ほんっと、同じことしか言わないね」


 まあ本人が一番尻の座りがいいような距離を取ってくれればいい。

 無理強いすることでもないしな。


「それは同一人物ですからね。それでなんです急に」


「リィンがさあ……」


 まあごもっとも。


 それでとりあえず急遽ここを訪れた理由を説明しようとしたら――


「まさかここまで準備を整えて、まだおとせてないんですか? なにやってんですか我が主殿は。惚気話を聞かされるくらいであれば歯を食いしばって耐えもしますが、そこにさえ辿り着けてないとか。立派な躰してち〇こついてますか?」


「うるせえぇ!! ティコの人生ネタバレすんぞ!」


「うわ、およそ最悪の脅しですよそれ」


 ああ懐かしいな。

 ティコはほんと意地と口が悪い。


 隙を見せたらこの言い草である。

 歴代『世界の淵ワールド・エッジ』でもこんな感じの俺とのやり取りは、みんなにひかれていたものな。


「いや冗談はおいといて、もう俺の理想の展開は無理っぽいから、少々強引に事を進めることにした。ついては今後の動きを早手回ししようと思ってさ。今日は顔合わせしておこうと思って」


「……『世界の淵ワールド・エッジ』の創立メンバーですか?」


「いや、外部メンバーと護衛。ディマスさん、カインさん」


 こうやってバカやっているのも楽しいが、そればかりというわけにもいかない。

 だから本来の展開ではもう少し後になる邂逅を、今ここのタイミングでやっておく。


 どのみち必要なことなので、無駄にはならない。


『はじめましてですな。俺はディマス・ラッカードって商人だ』


『私はカイン・シーカーと申します。『三大陸トライ・カンティネンツ』の買人バイヤーでもありますが、現在はディマス氏の筆頭秘書を主たる仕事としております』


『ディマス商会の真の主人はコイツだコイツ』


『滅相もありません』


 こういう時、表示枠はとても便利である。


 初めはうまくかみ合うかと心配もしていたコンビだが、意外なことにこの二人は生涯息の合ったコンビとして『三大陸トライ・カンティネンツ』をすら呑み込んだ世界商会『ディマス商会』の№1&2として知らぬものとてない大商人として名を遺すことになる。


 今こうやって見ていても、すでにしっくり来ている感じだな。 


「……ティコ・オースティン・ブラッドと申します。『聖教会』直轄研究機関『奇跡局』の局長を務めておりますが……今はまだ存在しない我が主殿の研究室ラボ世界の淵ワールド・エッジ』の仮室長が軸足となっておりますね」


 少々ひきつつのティコの挨拶が面白い。

 そういえば俺には遠慮ないくせに、ティコはディマスさんとカインさんには常に丁寧な感じだったな。


「で、ディマスさん。今後ティコからの依頼にはすべて最優先で対応お願いします。昨夜渡した魔導具アイテムには一通りの魔物モンスターと当面充分なくらいの『魔石』が入っていますけど、足りなかったら即連絡ください、即狩るので」


 渡したのはこれも『世界の淵』謹製、俺の異層保持空間ストレージを模倣した格納特化魔導具アイテムである。

 さすがにムゲンとはいかないが、相当量を格納して劣化させないまま保管することができるという優れもの。


『へいへい。しかしアレを全部一気に市場に流したら、魔物モンスターはそこらの野獣、『魔石』は金程度の価値になっちまうほどあるんだが、それでも足りなくなったりするもんか?』


「半年は持たないと思いますよ」


『…………』


 ディマスさんはともかく、カインさんがあっけにとられている表情というのは珍しいな。


 だがカインさんを茫然とさせたそれも、その半年がただの研究に費やされる場合であればの話だ。

 研究ではなく成果物の全数並列起動を行うとなれば、ディマスさんに渡している分などでは到底足りない。


 まあ魔物モンスターは必要ないので、そのために必要な『魔石』は今回セットしておくつもりだから問題はないのだが。


『マジか。しかしだったらティコさんに直接渡しておいた方が手っ取り早くねえか?』


「そのティコ本人から徹底してくれって言われてるんですよ。ああ、このティコじゃないですけど、ややこしいな。曰く、研究者が金やその時々に必要な資材以上を持つべきではないんだとさ。そういうのは専門家に一括管理させて、『世界の淵ワールド・エッジ』へなにがどれだけ流れたかを、外部の人間が把握しとかなきゃいかんと仰っておいでだ」


『――正しい』


「ま、ティコだけならまだしも『世界の淵ワールド・エッジ』は最終的に大所帯になるから、確かにその方がいいかもな」


 カインさんが即座に首肯した通り、研究室ラボとはそうあるべきなのだろう。

 自分が頑なに譲らなかったことなのに、いまだ年若いティコが自分の言葉に唸っているのが面白い。


 お前自分が思っているより融通が利かない堅物なんだよ。

 悪いこっちゃないとは思うけど。


「で、俺は固定イベントをひっくり返すことに決めたから、みんなのところにもややこしいのが現れるかもしれない。だから彼らに護衛についてもらう」


 俺がそう言うと同時、ヴァリス都市連盟にあるディマス商会本部には二人、こっちには三人の仮面と長外套ロング・コートに身を包んだ『六芒星ヘキサグラム』たちが現れる。


 彼らにはこの後、実際に護衛として張り付いてもらうので表示枠ではなく実体だ。


『うわ!』


『……彼らは?』


「そっちは拙者忍者。こっちは魔法系の三人」


 ジョブ持ちではないディマスさんとカインさんは、さすがに急に目の前に『転移』してこられて驚くなという方が無理だろう。


 経済方面は放置される可能性は高いし、非情なことを言えばそっちが絶たれても今回の勝負には影響しない。


 とはいえ用心するに越したことはないし、拙者忍者であればディマスさんはともかくカインさんであれば荒事にうまく活用してくれるはずだ。

 商会が雇っているような冒険者崩れ程度では、束になったところであの二人をどうにもできるはずはないし、普通に考えれば安全の確保は万全と言えるだろう。


「まさか『六芒星ヘキサグラム』もすでに手の内ですか。しかし『六芒星』はその名のとおり6人だったと記憶しているのですが」


「一人は人質だよ」


 さすがにティコは『聖教会』側の人間、それも『奇跡局』の局長を務めるだけあってその存在を知っているようだ。

 だが俺に従っている理由が、自分やディマスさんのようなモノだけではないと知ってちょっと硬直しているのが面白い。

 

 そこまで殺伐とした関係でもないとは思っているんですけどね、自分では。

 人質は丁寧に扱っておりますし。


 まあ強いている側がこういうことを言うのはおこがましいのだろうけれど。

 それでも実はカインさんよりはよほど穏当に仲間になっていると思うんだけどな。


『しかし護衛など必要なのですか? 私がこの世界でマサオミ殿に拮抗できる可能性を持っているのはそれくらいだろうと思っていた『六芒星ヘキサグラム』ですらすでに支配下に置いておられるのに?』


 そのカインさんは流石に『三大陸トライ・カンティネンツ』の大物の一人としての情報網を持っておられるようだ。

 そして実際に俺がカインさんからディマスさんを救出したところを体験しているので、俺の味方になった上で護衛などがなぜ必要なのか腑に落ちないのだろう。


 カインさんがどれだけ優れた能力を持っていても、この世界の常識を前提としている以上、俺が想定している『敵』を理解することは難しいのは確かだ。


「表の世界ではすでに敵はいないでしょう。『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』は数こそ多いが烏合の衆です。政治力など我が主殿には通用しませんし、すでにそちらも一部取り込んでおられるようです。『聖教会』は『六芒星ヘキサグラム』をおさえられてはそれ以上の手札は存在しません。可能性だけでいうのであれば今も封印され続けいている『聖女』様くらいですが……」


「聖女様の封印はこれが落ち着いたら優先的に解除の方法を模索しよう。おそらく『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』を支えている『籠護女かごめ』システムの開放を進めるのが手っ取り早いと思う。まあ少なくとも今回の彼女は驚異ではないよ、正体は意外なものかもしれないけどね」


 つい先日まではカインさんと同じ立場であったティコだが、今は自身の手によるあらゆる文献、データに触れた上、頭上には冗談ごとではない『人造神遺物ニア・アーティファクト』がいくつも浮かんでいる状況である。


 俺が――ティコ自身がなんのためにこんなとんでもないシロモノを、気の遠くなるような時間を費やして生み出したのかを曲がりなりにも理解してくれている。


 『聖女様』というのも重要な存在だし、消えてしまった『一人目の勇者ファースト』とは違い、この聖都の最奥に今の実際に封印されているとはいえ現存している。

 

 俺にとっての最優先事項を片付けた上で、この世界におけるグランド・クエストに手を付けるのであればそこからが手っ取り早いだろうと思っている。

 なんとなく「こうじゃないかな?」と疑っているシナリオ的な仕込みもあることだし。


「というわけで俺が備えているのは裏の存在に対してです。今回、俺は表立って「世界のあるべき流れ」をひっくり返しにかかるので、出てくる可能性が高い」


『――です?』


 さすがにカインさんも緊張されているな。


 俺の力をある程度知っているだけに、それに抗しうるどころか凌駕しかねない存在ともなればそうなって然るべきか。


GMゲーム・マスターるいする存在。まあわかりやすく言えば神の眷属かその憑代――あるいはそのものですね」


『そんなの相手じゃどうしようもないだろ』


 ディマスさんはあきれ顔だが、強がりではなく畏れていないところがいかにもらしい。

 俺の賭けに乗った時からこっち、肚が決まっているというのは地味に凄い。


 ディマスさんにしてみれば賭けに勝って呵々大笑か、負けて死ぬかでしかないのだ。

 シンプルだが強い。


「まあ勝てはしませんね。ただ向こうもに現れる際には制限もいろいろあるはずなので、『六芒星彼ら』なら時間稼ぎくらいはしてくれるはずです。本命は俺のところに来るでしょうしね」


「つまりを死守する必要がある、と」


 否も応もなく、ここの担当にならざるを得ないティコが天を仰いで嘆息している。

 相変わらずこいつはコイツで肝が据わってるな。


 そういえば俺と知り合ってからはなりを潜めているが、こいつだって研究のためには他のなにを犠牲にしても厭わないという、マッド・サイエンティストのたぐいだもんなあ……


「そゆこと。ティコやその仲間たちが果てしない繰り返しを経て創り上げた『人造神遺物ニア・アーティファクト』、そのすべてを連結起動させることによって成立する『機械仕掛けの偽神デウス・エクス・マキナ』 その起動から超過駆動オーバー・ロードに至るまでの1分を凌いでくれたら俺が勝つ」


 だからクロはここに置いてゆく。

 もちろんそれは俺たちの戦いにはついてこれないからではない。


 複数の『人造神遺物ニア・アーティファクト』を連結起動させるコアとなるのは、この御猫様なのだ。

 

 実はクロがラスボス、とかいう展開じゃないといいのだが。

 まあそこはクロなしではそもそも成立しないカラクリなのだ、頭から信じるしかない。




 頼むぞクロ。


 今度こそお前も勝ちたいだろ?

 だからこそ黙って、クッソ長い繰り返しにも付き合ってくれたんだろ?


 俺はリィンと笑って暮らせたらそれ以上は望まないから、その後はいくらでもお前に付き合うからさ。


 だから不正行為者チーターとして、本来はあり得ないG.Mゲーム・マスター撃破をやってのけようぜ。

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