第060話 人の力

 俺の頭上で稼働し続けている機械仕掛けの偽神デウス・エクス・マキナ――この世界の人の手によって生み出された人造神遺物ニア・アーティファクトが織り成す『奇跡の模倣』の様子はなかなかに禍々しい。


 通常の魔導体系ではありえない『黒い魔導光』を周囲へと迸らせ、螺旋が無秩序に幾重にも絡み合ったようなその造形と巨大さは、どちらかと言えば『神』というよりも『悪魔』を人に想起させるものだろう。


 それもまあ当然ともいえるのかもしれない。


 その起動によって俺の身に再現されている神の奇跡は、神罰や呪いとこの世界では看做されている『黒化』なのだから。


 今や我が真の頭脳ともいえる研究室ラボ世界の淵ワールド・エッジ』に所属する天才たちの説明によれば、人造神遺物ニア・アーティファクトはその造形の一つ一つ、螺子ネジ一つのサイズに至るまですべてに意味があるそうな。


 文系脳である俺にはまったく理解できないが、この世界の天才理系、工学系たちはあくなき好奇心と探求心を基に気が遠くなるほどの膨大な時間をつぎ込み、そしてなによりも人としての意地を以ってついにここまでのものを完成させるに至った。


 世界が存在している以上、人という存在は情熱と時間を以って、やがてそのすべてを解き明かし得るのだろう。

 今回の件ではじめて本当にそうだと信じられるようになったような気がする。


 初手で自分の不正行為チート能力である『時間遡行』を、使うことを思いついた自分のことも褒めてやりたいが。


 どうあれコイツを創り出した真の目的に臨む前に、いい実験になったことは間違いない。


 『岐からの客人プレイヤー』の眷属パーティー・メンバーとして数百年に及ぶ育成レベリングを実行し、レベルにして1,500を超えた存在による攻撃を無力化するだけではなく、その効果範囲に捕らえさえすれば一時的にとはいえただの人に戻すことも可能であることが実証されたのだ。


 実戦証明バトルプルーフ取得完了とでもいったところか。


 すでに『黒化』の仕組みシステムは完全に解析され、再現するだけではなく自在に扱える域に至っているとみなして間違いない。


 面白いのは今この時において、それを本当の意味で理解できている者がこの世界に俺を含めてすらどこにも存在しないってところだな。

 すべてはこれから分析され、理解され、工夫され、創造された後に、俺によって今へと戻るのだ。

 思えばゲーム的な時代錯誤遺物オーパーツというのは、すべて同じカラクリで生まれているのかもしれない。


 ちなみに人為的な『黒化』の規模、深度は発動対象である俺の地力と、起動のために消費される魔力総量に左右される。

 となればリィンと同じこと――『神堕とし』はもちろんのこと、やりようによっては『神殺し』ですらできるようになるかもしれない。


 まあ今回はリィンと同じことをできればそれでよしとするので、一層の研究と改良を進めつつ、俺自身は今以上の育成レベリングに勤しむだけではあるのだが。


 今の俺――たかだかレベル100を超えた程度の『黒魔導士』状態での『黒化』でも、レベル1,500を超えているN.P.Cを無力化できるのだ。

 たとえ神の現身うつしみたちを敵に回したとしても、それが魔力によって成り立っている以上『黒化』には抗えないのがこの世界のコトワリ

 そのために必要な『魔石』の数もレベルも万の単位では足りないというのであれば、足りるまで積み上げるのみだ。


 そもそも今はまだレベルを持たないリィンの『黒化』――暴走させるとはいえ――ですら『神堕とし』による封印が可能なのだから、どうにかして『神殺し』もやってのけてやる。


 その前にすべての『神の奇跡』を人造神遺物ニア・アーティファクトによって模倣できるようにすることこそが肝要だが。

 

 ただ壊すことよりもずっと難易度は高いが、そうしなければ実現できない望みがあるのだから仕方がない。

 どれだけ時間がかかろうとも、どれだけ同じ時間を繰り返すことになろうとも、その果てに望みが叶うのであればやらないという選択肢はない。


 事実、飽きるほどの試行錯誤トライ&エラーの繰り返しの果てに、今実際に稼働している人造神遺物ニア・アーティファクトの完成にまで辿り着いているのだ。


 積み重ねが目に視えるカタチで報われるのであれば、傍からはただただ滑車を回し続けるハムスターのように見えても、それを楽しめてこそのゲーマーなのである。

 

「……命乞いくらいはさせてもらえるのかな?」


 自身がただの人に戻っていることを自覚できたのだろう、つい先刻までは間違いなく上からものを言っていた『六芒星ヘキサグラム』のリーダーが乾いた声で聞いてくる。


「わりとあっさり諦めるんですね」


 とはいえもうちょっと抵抗をされるものだと思っていたので、正直わりと肩透かしだ。

 強者であればあるほど、急変した彼我の戦力差の把握もはやいものなのかもしれないな。

 

「僕に至ってはもはやまともに動くことさえできないからね。それにたとえ動けたとしても、ただの人がレベル三桁の『岐からの客人プレイヤー』を前にしてできることなどないもないことくらいは理解しているつもりだ」


「動けないんですか?」


 と思っていたら意外な答えが返って来た。

 話が脇にそれることを自覚していても、思わず問い返してしまう。


「――僕らを完全に無力化させるほどの魔導器を持っていて、魔力稼働型の魔導武装マギカ・ウェポンを知らないなんてことがあるんだね」


「へー」


 わりと素で感心してしまった。


 なるほど、その魔導武装マギカ・ウェポンそのものからも、それを装備している者からも完全に魔力が失われた場合、それは人の力で扱えるような重量、機構ではないということか。

 安全装置セーフティーのようなものが備わっていなければ、自重で自壊して装備者が死ぬなんて間抜けなシロモノもあるのかもしれないな。


 よかった、俺の『黒化モドキ』が発動すると同時に、身に纏った装備そのものに押しつぶされる『六芒星ヘキサグラム』の方々と対面することにならなくて。

 数百年に及ぶ執着の果てにそんな死に方をするなんて、いくら何でもきつすぎる。

 もしもそうなっていたらすでに膨大な数を繰り返している『時間遡行』の中でも、間違いなく十指に入るばかばかしい理由で発動するはめになるところだった。


 しかしなるほど、これはそっち方面の研究も進めれば武器や防具というよりも、魔導アーマーみたいなものも創り上げることは充分に可能そうだな。

 なんならモビル・〇ーツやモー〇ー・ヘッドのような『魔導外殻』なんてものもいけるかもしれないし、さすがにそこまで巨大なのは無理でもギュゲ〇くらいならいけるかもしれない。


 落ち着いたら是非とも『世界の淵ワールド・エッジ』の開発ラインに加えよう。

 拡張現実A.R表示枠なんかも存在している世界な訳だし、魔法少女をファ〇ィマのようにして二人一組で操作することなんかもできそうだ。


 これは夢が広がるな。


 なお意外を感じていたのは『六芒星ヘキサグラム』のリーダー――『魔導剣士』であるアルド・フォトナーさんの方もだったようだ。


 まあ確かに今俺たちの頭上に浮いているデカブツを使役するような者であれば、この世界に現存するありとあらゆる魔道具、魔導器のすべてを知悉していて当然だと思ってしまうのもわからなくもない。


「君の――いや貴方の今の様子からして、まだ僕らには生き残れる可能性があると期待してもいいのかな?」


「それはこれからのお話し合い次第でしょう。圧倒的優位に立ってなお、無駄に殺伐とした空気にする趣味がないだけですよ」


「――なるほど」


 一応殺し合いの場であるにも拘らず、思いのほかのほほんとした空気に支配されてしまった。

 どんな姿になろうが、どんな力を持とうが、何年の時を重ねようが所詮ベースは重度のオタクである俺に、そんな魅力的な情報を急に開示する方が悪いと思います。


 とはいえいくら精神年齢が肉体年齢に大きく影響されるとはいえ、長い時を過ごしすぎて少なからず好々爺化が進行しているのかもしれない。

 欲まで枯れてしまったら終わりなので、その辺は注意する必要があるな。

 搭乗型巨大ロボットを生み出せるかもしれないという可能性に胸をときめかせられているうちは、まだまだ大丈夫だとは思いたいものだが。


 まあ正直この状況から『六芒星ヘキサグラム』をミナゴロシにするメリットなど俺にはなにもない。

 とはいえ彼我の戦力差を見誤っていたとはいえ、こっちを殺そうとした者に簡単に安心されてもアレなので一応はそう告げておく。


 それに――


「そっちこそ生殺与奪の権を握られている割には、妙に落ち着いているように見えますけど」


 絶対の自信を砕かれた人って、もっと取り乱すものかと思っていたのだがやたら余裕があるようにも見える。

 もっとも俺は絶対の自信など持ったことなどついぞ無いので、確かにそれが砕かれた時どうなるのかなど知らないのだが。


 今の俺がすべて想定の上をいかれた時に、それを思い知ることになるのかもしれないな。


「確かに自分でもそう思わなくもないけれど、想定外が過ぎて感情が麻痺しているんだと思う。それに少々生き疲れているというのも正直なところかな」


「大丈夫ですよ。意外と人間臭いまま長くいられるものです」


「――安心したよ」


 なるほど。

 あまりの恐怖を感じた時に、思わず笑ってしまうようなものなのかもしれない。


 その上数百年――普通の人から比べれば仙人と言われてもおかしくないくらいの時を生きてきた者として、自分が普通じゃないのかもしれないという想いは常にあるのだろう。


 それも市井の者と共に生きるのではなく、『六芒星ヘキサグラム』として世界の守護者として振舞ってきていたのであればなおのことか。


 大丈夫ですよ、数百年が数千年になってもわりと人間って人間臭さを失わないものですから。

 俺にされてもしょうがないでしょうが、俺が保証します。


 わりと素直に俺の言葉を受け入れてくれたのは、長い時に晒された似たモノ同士だからなのかもしれない。


「さてこちらからのお願いは一つだけです。それを聞いてくれるのであれば、今の時点での命の保証はします」


「お聞きします。みな仮面を取れ」


 さていつまでも愚にもつかない話を続けているわけにもいかないので本題に入る。


 完全降伏を示すためなのか、アルドさんは他のメンバーにも仮面を取って素顔を晒すように指示し、自分もなんとか跪く姿勢を取っている。

 それに言葉遣いも改まっている。


 自分たちがすでに敗者であることをよく理解しているのだ。


 そして誰も逆らわずに指示に従うアタリ、アルドさんは頼りになるリーダーなのだろう。

 死地での指示に誰もが躊躇なく従うというのは、なかなかに難しいことだと思う。

 数百年の時をかけて実証し続けてきた信頼というものは、さすがにそうそう揺らがないと見える。


「今後俺が取る行動に対して、無許可での干渉を禁じます。『聖教会』ないしはそれに連なる組織を制御するために必要と判断した場合、必ず事前に相談してください。水面下での干渉が発覚した場合、この御願いを聞いていただけなかったものと看做します」


「……それだけですか?」


 せっかく敵のを押さえたのだ、殺したりはしない。


 逃せば脅威になる可能性があるのであればまだしも、それこそ先刻アルドさんが俺に言ったとおりの理屈で、彼らが脅威になることはもはやありえない。


「今のところは。ただし人質は取らせてもらいますが」


「!」


 当然それくらいのことはする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る