第061話 恫喝

 俺個人には手を出せなくても、リィンやターニャさんたち、これからまた知り合う予定の『世界の淵ワールド・エッジ』のメンバーたちでは、彼らに牙を剥かれたらひとたまりもあるまい。


 『黒化』しているリィンであればその限りではないはずだが、リィンというよりもこの世界での今のエルフの在り方、なによりも最後の王族エフィルディスであるからにはおそらく彼女はなんの抵抗しないはずだ。


 誰よりも悪意に満ちたを信じ込まされ、自ら『贖罪の種族』だと思っているのはエルフたち自身なのだから。


 それに『六芒星ヘキサグラム』の本人たちには裏切るつもりがなくても、俺と同等、もしくはそれ以上の力に晒された場合は裏切らざるを得なくなる状況もあり得る。


 その際、彼らの力が向かうのは俺へではなく、上にあげた連中になることは疑いえない。


 もとより俺以上の力と対峙することになれば最終的に皆殺されることも覚悟しておくべきではあるだろうが、それでも順序はある。

 その順序違いが起こらないように、簡単に裏切れない状況をつくっておくのは当然だ。


 それでもここで全員殺されることに比べればいくらもマシだろう。


「だったら拙者をっ!」


それがしをっ!」


 俺の言葉を聞くのと同時、『侍』と『忍者』が大声で叫ぶ。


 いや君ら、拙者とそれがして。

 どう見ても洋風の男前二人がその一人称って、違和感が凄すぎてちょっと笑いそうになる。


 ジョブに合わせて『一人目の勇者ファースト』に、かくあるべしと仕込まれたんだろうなあ……


 一人称に歴史あり。


 しかし一瞬で立候補するとなれば、どうしても人質にされたくない相手がいるということを晒しているだけに過ぎない愚行だ。

 そして人質にはそういう相手を取ってこそ効果的なのである。


 拙者とそれがしの二人も冷静であればそれくらいは判断できるのだろうが、焦りのあまりといったあたりか。

 なかなかどうして数百年生きてはいても、きっちり生臭いじゃないか。


 そりゃ想い人がいるのであれば、その人を人質になんかされたくはないわな。


「お飾りとはいえ僕がこのパーティーの責任者リーダーです。こういう時に責任を取るからこそ責任者は責任者と看做されるのだと僕は思うんですけど」


 そんな二人の気持ちも、『魔導剣士リーダー』であれば理解できているのだろう。

 無理やり立ち上がろうとする拙者と某を制して、アルドさんが自分こそを人質にせよと仰る。

 

 だが仰っていることはごもっともでもあるのだが、敵のを使える駒としてかすのに、その頭をぐ馬鹿などいない。


「だめです」


 よって却下である。


「うわミスった、ってことはアタシか……」


「私ってことですね」


 わざとらしく諦めの声をあげたのは『竜騎士』と『青魔導士』の女性陣二人。

 上手く人質には先の三人の誰かになってもらおうと黙っていたというていを取っているが、その目論見はかなり露骨だ。


 ホントに仲のいいパーティーではあるのだろう。


 二人ともそれぞれタイプは違えどかなりの美人さんであり、色仕掛けでも仕掛けられたら動じない自信はあまりない。

 我慢できる自信はあるが。


 派手系の『竜騎士』と清楚系『青魔導士』

 それぞれがも覚悟済みですよという表情を俺に向けてくるが、それも演技が過ぎる。


 自分たちが姿形は若いままに歳を重ねた自信からか、どれだけ力を持ってはいても俺のような若造であれば手玉にとれる可能性に賭けているのかもしれない。

 残念ながらお姉さま方、時を重ねれば重ねるほど、を隠すことも上手になるものなのですよ。


 それに男性陣三人だけではなく、残る女性陣二人にまで庇われているとなれば人質候補は絞られたようなものだ。


 彼女を押さえておけば、よほどのことが無い限り彼らが俺の敵に回ることはないだろう。


「君にしようか、クネヴィア・フィルナ・ノーグ」


「はい」


 一人だけ声を発することもなく、じっと跪いていたのが『召喚士』である彼女だ。

 補助職サポジョブが『白魔導士』であることから見ても、彼女がパーティーの回復役ヒーラーで間違いない。


 人間関係としてだけではなく、パーティーとしての継戦能力をそぐという意味でも彼女を人質に取るのは有効だろう。

 俺が彼らに求めているのは『聖教会』の中核存在としての動きであって、魔物モンスターと戦う戦力としてではないのだから。


「他の5人からすごく大事にされていて、それでいて本人は本当に生き疲れている。人質には適役だろう。君の仲間たちが俺のお願いを聞いてくれなかったら、君は死ぬことになる」


「はい」


 俺の言葉にもその無表情はなにも変化しない。

 ほとんど心が死んでいる――と自分でも思い込んでいるのだろう。


 少し癖のある短めの髪と、無表情で冷たい印象を与えながらも整ったかんばせは美しい。

 無口無表情系のこういうタイプが、素で笑ったりしたときの破壊力は半端ないのだ。

 

 ただこの6人の中で、おそらくは彼女だけが明確にその笑顔を向けるべき相手をすでに失っているのだろうが。


 だからこそ仲間たちと同じ時を閲していても、彼女だけがなっているのだ。


「どうして君が他の5人に大事にされているか、なのになぜ君が生きることに疲れているのかは知らない。だけど人質としての価値を上げるためには君が「死にたくない」と思ってくれていた方が俺にとってはより有用だ。そうだろう?」


「――はい」


 俺なにを言いたいのか、俄かにはその本当の意味が解らないのだろう。

 ノータイムで返っていた返事が一拍遅れる。


 わずかな動揺――だがそれは希望ともいう。


は俺と、俺の仲間たちが創り上げたこの世界の理不尽に抗うための力のひとつ。だが俺たちが作っているのはこれだけじゃない」


 だからそこへ付け込む。


 頭上で今も稼働を続けている『人造神遺物ニア・アーティファクト』を指し示しながら言葉を続ける。


「俺たちの目指す究極は、理不尽ならざるかくあるべしな世界のコトワリ。それすらも覆すことなんだ。さすがに世界中の時を逆巻いて数百年前へ戻すことは無理だろう。だけどうまくすれば、数百年前に普通に歳をとって死んでしまった者でも今に再生させ、不老化させることもできるかもしれない」


「!!」


 弾かれたようにクネヴィアさんの顔が跳ね上がり、眼前に立つ俺の目を直視する。


 すでに彼女の瞳には希望という名の毒が滲み、ついさっきまでの全てに疲れ果て、諦観した澱みは失せてしまっている。


 普通に聞けばただの戯言だ。


 だが今頭上で稼働している『人造神遺物ニア・アーティファクト』は事実、神の奇跡――神罰、呪いであるはずの『黒化』を制御し、彼らをしてただの人に戻すという現実の上書きオーバーライトを示している。


 可能性が僅かでもあるとなれば、死んでいる場合ではない。


 ――死にたくない。


 その表情を確認できたと同時、俺はそっと彼女の額に己の指を触れさせる。

 それで終わり。


 彼女は黒化し呪われた『贖罪の種族エルフ』に触れられた人と全く変わらず、その瞬間のまま白く石化して動かなくなっている。

 わずかな希望を抱いた瞬間を、そのままに。


 このまま砕かれて死ぬことなど、彼女を大事に思っている他の連中には赦せるはずもないだろう。

 それでいて俺に武力で抵抗できる手段がないとなれば、ただ唯々諾々と従うしかない。


 俺を超える力が彼らに好意的で、人質である彼女を奪い返しでもしない限りは。

 よってもしもそういった状況になった場合、その正体不明の力の持ち主はまず俺のところへ顕れることになる。


 すくなくとも俺が破れて死ぬまで、俺に関わる人たちに『六芒星ヘキサグラム』の5人が手を出すことはこれでなくなった。


 それこそが人質を取る意味なのだから。


「さて、今俺が言ったことは嘘じゃない。『一人目の勇者ファースト・ブレイヴ』の仲間パーティー・メンバーである貴方たちが協力してくれれば、実現する可能性が上がることは間違いない」


 そしてなにも俺は彼らを虐めたくてこんなことをしているわけでもない。

 協力してくれればもちろん見返りも用意するつもりだ。


 だからこそ生身のまま連れまわすようなことをせず、石化させて人質としたのだから。

 彼女に思いを寄せているのであろう者からすれば、僅かなりともマシなはずだ。


 もっとも彼らが『岐からの客人プレイヤー』の眷属である以上、普通に戦闘で死んだとしても所定の場所で生き返る可能性もある。

 禁書などの過去文献を漁っていると、どうもそうとしか思えない記述が散見されていた。


 さっきのアルドさんの余裕もその事実に起因していた可能性も否定できない。

 自ら晒す必要などないだろうしな。


 そういう意味では今こそ人質は死んでおり、俺にしか生き返らせることができない状況だということもできるのだ。


「そして最終的には俺も『一人目の勇者ファースト・ブレイヴ』の後を追う。この世界に数多存在するすべての迷宮ダンジョン、その最奥を目指すことになるだろう。それはすべてひとつなぎになっているだろうと予想はしているけどね」


 それに人質に選ばなかった5人が数百年を耐えている理由など、そう多くはない。

 個人個人に多少の差異こそはあれど、それらはすべてこの世界から消えてしまった『一人目の勇者ファースト』、その1stパーティーに繋がっているはずだ。


 彼らですら足元にも及ばないと思い知らされた力を以って、『二人目』がそれを追うとなれば、自ら進んで敵対する気もなくなるだろう。


 彼らの望み――もう一度逢える可能性が、今よりもずっと高くなるのだから。


「――その果てに、なにを望んでおられるかをお聞きしても?」


「ラブコメだよラブコメ。朝起きて迷宮ダンジョンに一緒に潜って、その稼ぎで夜ちょっと贅沢して一緒に寝て平和に暮らすんだよ、リィンと。そのために邪魔なシリアス要素など、最初にすべて排除してくれる」


 俺の思惑をすべて理解した上でそう問うアルドさんに、本音のところを答える。

 俺は本当に、それしか望んでいないのだ。


「――笑いますか」


「無理を言わないでください、それは笑いますよ。やはり『岐からの客人プレイヤー』はみな似ておいでなのかな。『一人目の勇者ファースト』――我らが勇者様も、遠い昔に今の貴方と似たようなことを言っておられましたよ」


 思うところはもちろんあるはずだ。


 リーダーとして数百年を共にした仲間を人質にされているというのは、忸怩たるものがあるはずだ。

 それは当然仲間たちも同じだろう。


 だが自分たちから喧嘩を売って破れてなお、死ではなく希望があると理解できたのであれば協力もできる。

 実績を以て信頼を示してくれれば、人質が必要なくなることだってある。


 こうなったからにはお互い、一刻もはやくそういう関係を構築するべきなのだ。


「我ら『六芒星ヘキサグラム』――いえ『一人目の勇者ファースト』の2ndパーティーは全面的に貴方の指示に従いましょう。その果てにあるかもしれない、かの方を含めた1stパーティーとの再会と、我らが聖女様の覚醒を夢見て」


「よろしく頼む」


「ところでこの『魔導器』については、いつか詳しく教えていただけるのですか?」


「次の夜会で『聖教会』が俺に完全に恭順していることを示せたらね」


「お安い御用です」


 よし。


 これで目論見通り、というかそれ以上に当面『聖教会』の方も制御下に置けたとみていいだろう。

 『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』と『聖教会』を共に水面下で制御下に置いたこの状況なら、少なくとも短期的には俺の行動に掣肘を加える要素はないはずだ。


 だが中・長期的にはより深いところに潜んでいた存在が蠢動を始める嚆矢となる可能性もある。

 そんな存在がいるのであればだが。


 ゲームのシナリオ的に考えたらまずいるよなあなどと、メタ的な思考をしてしまうがそれはもはやしょうがない。

 いたらその時々で対処して、下手を打てば『時間遡行』でやり直すだけだ。


 であれば今からおよそ一年間をなんの介入も受けないまま過ごせることは確認できているが、今回初めて今の時点で大きな『分岐』を自ら発生させるに至ったわけだ。


 この後なにがあるかは、今のところ俺にもわからない。


 だがそれでリィンがのであれば、どんなことでもしてみせる所存である。


 敵を倒したいわけじゃない。

 リィンがいなくなることになる遠因となった連中に、報復がしたいわけでもない。


 ましてや世界を救うだの、正義の執行だのにはまったくそそられない。


 俺の目的――リィンと共にこれからの時間を楽しく過ごすことを叶えるために使のであれば、敵も味方も知ったことではないのだ。


 だが。


「ああ、貴方たちが御しきれずに俺や俺に関わる者――特にリィンになにかしてきた者には今後一切容赦しないので、そのつもりでお願いします」


 彼らはの人材だと思うから生かして活用する。

 その要の制御に従わないような者に次は与えない。


 それだけは明言しておかなければならない。


 自分の利にもならない襲い掛かってきた相手を、あえて生かしておく理由などどこにもないのだから。

 「お安い御用」とまで請け負ってくれたのだ、そんなはねっ帰りが出ることはないと期待したいものである。


 ちょっと表情が引き攣っていますよ、『六芒星ヘキサグラム』のみなさん。


 大丈夫です、人質を適用するのはあなた方が直接裏切った時だけですから。

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