第059話 黒化制御

 現代のこの世界において『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』をすら凌ぐ最大勢力、最強組織である『聖教会』


 それを成立させている『聖教会』の秘匿最強戦力、数百年の過去に最初の『岐からの客人プレイヤー』のパーティー・メンバーに選ばれた『六芒星ヘキサグラム


 彼らの平均レベルは驚異の1,500超えOVER


 『魔導剣士』、『竜騎士』、『侍』、『忍者』、『召喚士』、『青魔導士』の6ジョブからなるパーティー構成で、おそらくそれは自分たちでは変更不能固定だと思われる。


 ――とはいえ全員上位ジョブでやがんの。 


 それぞれがきっちり有効な補助職サポジョブもセットされており、盾役タンク1、攻撃役アタッカー3、回復役ヒーラー1、支援弱体役バフ・デバフ1とバランスもとれている。

 男女比も3:3であり、いいパーティーだと言えるだろう。

 これならよほど理不尽な能力を持った魔物モンスターでもない限り、名前付きネームド計り知れな強さノートリアスを相手にしても安定して立ち回れるはずだ。


 なによりもその突出したレベルと、それに裏打ちされた各種ステータス、魔法や武技、取得した能力スキルによって、迷宮都市ヴァグラム序盤エリア近郊であれば敵なしどころか、単独ソロ魔物領域テリトリーを闊歩したとしても魔物モンスターから接敵エンカウントしてくることすらないだろう。


 地上や迷宮ダンジョンの浅い階層の魔物モンスターはすでに、彼らにとってはすべて「練習相手にもならない相手」というわけだ。


 だが彼らが自分の意志で職変更ジョブチェンジをできるはずもないN.P.Cであることは、妙に補助職サポジョブのレベルが低いことからも確定的に明らかである。

 主職メイン・ジョブは1,500を超えるレベルであるにも拘らず、彼らの補助職サポジョブはどれも100にすら至っていないのだ。


 つまりいまだ一人目の『岐からの客人プレイヤー』――今や伝説に謳われている『勇者様』が健在だった数百年前に設定されて以降、自分の意志で変更することができていないということに他ならない。


 主職メインジョブの半分のレベルまではその補助職サポジョブが習得する魔法、武技、能力スキルを使用することが可能となり、そのレベルに応じた各種ステータス増幅ブーストを得られる仕組みシステム補助職サポジョブである。

 自在に職変更ジョブチェンジが可能なのであれば、主職メインがレベル1,500にまで至っている状況で、補助職サポを750まで育てていないはずがない。


 今の主職メインのレベルを1上げるのと同じ経験値で、100にも届いていない補助職サポであれば二桁でレベルが上昇するのだ。

 「強くなる」という効率で考えれば、常に補助職サポ主職メインの半分までは育てるのが最適解となる。

 

 それをできていないということは、少なくとも『聖教会』側に現在『岐からの客人プレイヤー』は存在しないことを示唆している。

 いるのであれば、補助職の育成を放置しているはずがない。


 まあそれが今のこの世界に俺以外はいないという保証にはならない、ということは気をつけておかねばなるまいが。


 ともかく少なくとも『六芒星彼ら』の強さに「隠し玉」や「裏」はまず存在しない。

 数百年をかけて育て上げた各々の主職メインジョブ、その絶対的な高レベルだけが彼らが信じ、頼るべき剛力なのだ。


 であれば怖くはない。

 なんとでもできる。


 それを確認できただけでも、ある程度の危険を覚悟してでも甲斐があったというわけだ。

 どの道今俺が考えていることを実行しようと思えば避けては通れない道でもあるし、その結果が今のところ俺の想定内に収まっていることは僥倖だと言うべきだろう。


 とはいえ躊躇なく放たれた彼らそれぞれの最大技――武技であれば『絶技』、魔法であれば『禁呪』――は絶賛俺へと殺到中である。


 接敵エンカウント状況では職変更ジョブチェンジができないという規律ルールはいまだ実行可能な不正行為チート化はできていないし、まともに喰らえば今の俺の『黒魔導士』のレベルではすべてのH.Pを消し飛ばされてゲーム・オーバーとなることは避け得ない。


 さすがにこの世界においてそうなった場合、どうなるのかの検証はできてはいない。

 試した結果「一度死んだらはいお終い」の可能性もあるし、うっかりゲーム・オーバーになることは避けねばなるまい。 


 『六芒星ヘキサグラム』がいまだ『岐からの客人プレイヤー』のパーティーとして機能している以上、この世界から消えてしまっているように見えてはいても一人目もまだどこかで健在であることは間違いないわけだし、二人目が先に死んでいる場合ではないのだ。


 ちなみに発動すれば刹那に着弾するはずの『絶技』と『禁呪』の飽和攻撃に晒されながらも、俺がのほほんとこんなことを考えていられるのは、戦闘状況における『思考加速アクセル・コギタティオ』が発動しているからに他ならない。


 だがいくら着弾までの時間を無限に切り刻んで思考を重ねても、躱す手段も耐える手段も生えてくるわけではない。


 それとても『時間停止』を発動すればなんのこともなく凌げはするのだが。


 この世界における力の在り方すらあっさり覆すのが俺の不正行為チート能力だが、今ここで晒すべきはそっちの力ではない。


 彼らが理解できないとして諦めている『力』を、彼らが取るに足らないと見下していた『力』を以って制御して見せたのだという事実を叩きつけることが必要だ。


 ――クロ。


 ――ニャッ!


 俺の思考に即座に反応し、足元に佇んでいたクロが短い鳴き声と共に、己が管制管理している俺の異層保有空間ストレージからアイテムを頭上の空間へと現出させる。


 は現出すると同時、自身に組み込まれた膨大量の『魔石』を超過駆動させて即座に自身の機能を発動開始する。


 俺の頭上に魔力を以て浮かぶ、大型魔物の巨躯と並ぶほど巨大な機械の塊。

 各機能に応じて接続された『魔石』の数は万を遥かに超え、自重を支えて浮かぶだけでもかなりの魔力を消費するシロモノである。


 ――まだここまでしかできてないんだよなー


 これでも随分コンパクトになったのだ。


 試作初号機の頃なんて、秘密基地アジトにする迷宮都市ヴァグラムにほど近い魔物領域テリトリー、その地下全域に広がるくらいの規模だったものな。


 それでもまだ、先日広場を騒がせた赤竜レッド・ドラゴンよりもなお大きくはあるのだが。


 作動実験の時とは違って、今この場には俺とクロしかいないから少々不安だが、あれだけみんなで何度も確認したのでまあ問題ないだろう。


 現実時間ではすべてが一瞬で完了するその機械が行う全工程を、『思考加速アクセル・コギタティオ』状態の俺とクロはすべて確認できる。


 接続されたすべての『魔石』が爆縮消滅し、最高効率で膨大量の魔力へと変換される。

それを以って全機能を超過駆動開始。

 その機能によって周囲へ迸っている通常の魔力効果光エフェクトである白が黒へと反転し、機能対象者である俺へと殺到する。


 これだけのカラクリと膨大な『魔石』を使用して起こすことは、たった一つの現象に過ぎない。

 だがそれだけのことを実現するまでに費やされた魔力と才能と時間はとんでもない規模と長さに渡っている。


 まさに悠久の時を越えて、やっと完成した「神の模倣」こそが、この装置アイテムの機能が起こす奇跡なのだ。


 今回の超過駆動たった一回に費やされた『魔石』だけでも、今の俺ですら集めるのに何度かの『時間停止』を必要とするほどの量。


 だがそれを以ってこのデカブツが己が機能を果たした結果、俺の身に起こる現象。

 それはリィンと同じく、肌が黒く染まる『黒化』である。


 ただしこれは俺の意思によって制御され、リィンが自己犠牲――暴走させることによって初めて可能とする能力をすべて自在に操ることができる。


 つまり――


 『六芒星ヘキサグラム』の連中にとっては、自分たちが躊躇なく『絶技』や『禁呪』を放ったと同時に頭上に正体不明の機械が現れたようにしか見えまい。


 それでも自分たちの勝利を疑うことなど無かったはずだ。


 いかな『岐からの客人プレイヤー』とはいえ所詮レベル200にも満たない『黒魔導士初期職』が苦し紛れにはなった魔道具アイテムなど、自分たちの最大攻撃に成す術などあるはずがないと確信している。


 どれだけデカかろうとも、そんなものは虚仮脅しに過ぎない。


 なぜならば自分たちの力に抗することが可能なほどの魔道具アイテムがこの世界に存在しているというのであれば、彼らの数百年に渡る育成レベリング――世界のありとあらゆる迷宮ダンジョン遺跡レリクス魔物領域テリトリーでの攻略過程で必ず発見されていて然るべきだからだ。


 だが残念ながら、は彼らの知っているどんな魔道具アイテムにも当てはまらない。


 なぜならばは、今の時点ではまだ出逢ってすらいない俺の巨大研究室ラボ――『世界の淵ワールド・エッジ』のメンバーがこの世界のコトワリを解析、再構築、作成した『人造神遺物ニア・アーティファクト』――『神の模倣』のひとつだからである。


 暴走した『黒化』状態は、周囲のあらゆる魔力を喰らい尽くす。

 本来であればそれが『魔法』であれ『武技』であれ、『外在魔力アウター・マギカ』であれ『内在魔力インナー・マギカ』であれ一切合切を区分しない。


 ただし今俺の身に起こっている『黒化モドキ』は、その加減を俺の意のままにできるが。

 

「そんなバカな……」


 だからこそ、彼らにとっては刹那の時が過ぎ去った後、俺が平然とその場に立っていることを可能とする。


 『禁呪』であれ、『絶技』であれ、それらはすべて『魔力』を基として成立している。

 を喰らい尽くす現象の前では、『禁呪』も『絶技』もカタチが違うだけで、すべてただのでしかない。


 そして高位の魔法や武技になればなるほど、それらはほぼすべて魔力だけで行使されるのだ。


 たとえ物理的な攻撃――例えば剣の振り降ろしや槍の突きを伴っていたとしても、魔力による威力増加を受けていないただの筋力によるそれが、レベルが100を超えた程度であるとはいえ俺のH.Pを抜けるわけもない。


 結果、すべての攻撃が雲散霧消したようにしか見えないのだ。


 いや自分のH.Pや魔力に影響を与えないように『黒化』を制御するのにものすごく苦労したんだけどな。

 俺ではなく、俺に協力してくれた数多の才人たちが、ではあるが。


 どうあれ彼らの「必殺技」すべてをその身に受けて、平然と立っている俺を見ればそんな台詞しか出て来ないのも無理はない。


 だが驚愕だけではなく、エルフに犠牲を強いてこの数百年を凌いできた彼らだからこそ、今俺がなにをしているのかの予測くらいはつくだろう。


「まさか…………まさか『黒化』を完全に制御しているとでもいうのか!?」


 信じたくはないだろうが、その通りである。

 

 元の見た目がいいと、黒くなったらなったで別のカッコよさがあるよな?

 そう思わないか、『六芒星』の色男リーダー。


 俺も性格が随分悪い、泰然自若に構えていた色男が狼狽しているところを見るのは正直なかなかに胸がすく。


 これがやっとできるようになったからこそ、俺は今回リィンに気持ちを伝えたし、貴方方『六芒星ヘキサグラム』を釣ることを実行に移したというわけだ。


 眼前の男前だけではなく、残りの5人全員が一斉に動こうとしている。

 だが今の俺から見ればそれは、亀の歩み寄りもなおトロくさい。


 それでも即座に『転移』によって逃げる判断を下しているのは流石というべきかもしれないが。


 ああ、無駄だよ。

 こうなったら抵抗は諦めた方がいい。


 この機能の効果範囲において、『魔力』を維持できているのは俺とクロだけだ。

 つまり今あなた方は『黒化』こそしていないが、『魔力』を持たないただの人に堕している。


「どうだい、数百年ぶりにただの人に戻った気分は?」


 こうやって煽りながらも、俺が内心ちょっと安心しているのは内緒である。


 最悪魔力を奪い尽くすことによって、プレイヤーの仲間として与えられている恩恵まで失われ、不老すら解けて砂になられたらどうしようと思ってもいたのだ。


 御無事でなにより。


 ではここからは交渉という名の恫喝に入りましょうか。

 先に実力行使を仕掛けてきたのはそっちだから、まさか文句はございますまい。

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