第058話 神敵必滅

 あぁ大変だった。


 なにを勘違いしたのか、リィンは今夜俺とどうにかなる覚悟を決めていたらしい。


 正直俺の話聞いていましたか⁉ と叫びたくなったが、リィンにしてみればごく当然の事だと判断していたところがまた空恐ろしい。

 もっともその考え方と覚悟に反して、本人はそっち方面についてはなんの経験もなく歳だけ重ねた美少女に過ぎないので、その動揺ぶりは見ていて気の毒になるくらいだったのだが。


 あれだけ怖気づいているのであれば、余計なことを言わなきゃいいのにと思う。


 だが本人曰く、


「マサオミがそういう「好き」を望んでいるのは理解できたと思う。私もそうなれるまで一緒にいて待ってくれるのも嬉しい。でも今はまだマサオミと「好き」を共有できていない私だけど、をするだけならできるから、あの、その……」


 とのことらしい。

 伊達に長く生きてないな、耳年魔が天元を突破している。


 心はまだ追いついていないけど、躰だったら今すぐ差し出せるからドウゾ理論。


 その上本人のビビりっぷりに反して、自分の身体を性的に扱われることに対して本当にそんな大した価値を感じていないところがもう、かなり拗らせている。


 態度が本気で「こんなつまらないものでよければどうぞ」な感じなのだ。

 一人の女の子としては本気で震えているくせして、である。


 『旧支配者』とまで呼ばれたエルフたちをしてするしかなかった『外在魔力アウター・マギカ』の喪失と、それによる魔力依存種族の『内在魔力インナー・マギカ』不足に起因する『黒化』


 それを自分のみならず、すべてのエルフ、亜人デミ・ヒューム獣人セリアン・スロープに対して解決し、それもそうせざるを得なかった原因から取り除くと俺はリィンに約束した。


 べつにそれは嘘ではない。


 リィンのこととは関係なく、それはそれで本当に実行する予定なのだ。

 『廃都ア・トリエスタ』を復活させて、そこを被差別種族たちの国にするという計画を実行するには一番わかりやすい花火にもなるしな。


 その対価として俺が望むのであれば、自分の躰を差し出すことはもちろん、俺が望むように俺を好きになろうとしてくれているのだ。


 うーん、あるいみオットコマエだが、俺の言う「好き」には程遠い。


 リィンの真っ新まっさらゆえの純粋さに付け込むのが俺としては正解なのかもしれないが、向こうでは望むべくもなかった自分の「好き」のカタチを追求するのであれば、どうやら長期戦の構えが必要だということだなこりゃ。


 我慢できるからこその「好き」とは言え、完璧に据え膳なところが地味にキッツい。

 まあそういう感じで距離を詰めていくのも悪くないだろう。


 俺の自制心とやらがどこまで持つのかの耐久実験にもなるだろうしな。


 というわけで、最後まで真っ赤になって「一緒に寝る」だの「マサオミの部屋についていく」だの言っていたリィンを『銀砂亭カーレ・サンスィ』の『ハナレ』に泊めてもらえるように手配し、俺は今、迷宮都市ヴァグラムの外壁近くを歩いているという状況なのである。


 リィンとの約束は一応成ったので、さすがにアリスさんのところ娼館へ帰るわけにも行くまいしな。

 

 時は夜半、丑三つ時。


 さて。


「まさかここまで空気を読んでくれるとは思ってなかったな――お待たせしました」


 街灯はすべて消えている。

それでも外壁に常に明滅している魔導光と、空気が綺麗なためか降るような満天の星々と巨大な月の光で、深夜とはいえ充分に仄明るい。


 民家も存在しないひらけた場所に出た時点で、俺の方から声をかけた。

 つまりは俺の想定通り、きっちり釣られてくれたというわけである。


 そのわりには問答無用で攻撃を仕掛けてきたり、リィンがいる場で現れたりしないあたり、結構紳士的だと言っていいだろう。

 正直ちょっと思っていたのとは違って、俺の中の『聖教会』に対する評価を改めているところである。


 結論は今更変わらないが。


「気付いていたのかい。やはり『岐からの客人プレイヤー』とは底が知れないね」


「そっちも落ち着いたものですね『六芒星ヘキサグラム』……が一番有名な通り名エリアスでしたっけ? 俺としてはまさか6人勢ぞろいで来るとはさすがに予想外だったんですけど」


 もったいぶるつもりもないのだろう、俺の言葉に合わせて正面に1人、後は俺を取り囲むように5人の影が忽然と顕れる。


 外連味たっぷりに皆宙に浮いているのは、強者の登場としてのお約束といったところか。


 彼らがどんな能力スキルを使っているのかまでは知らないが、俺の拡張現実A.R索敵能力から逃れることは叶わない。

 彼らがおそらくは『長距離転移』を使用して俺の周囲を囲んだその瞬間から、俺も彼らの存在を完全に掌握していた。


 タイミングでいえば、まだターニャさんたちも共にいた頃から彼らは緩やかに『銀砂亭カーレ・サンスィ』を包囲していた。

 どうせこっちの会話も聞いていたのだろうから、あんな馬鹿なやり取りをじっと今まで耐えていてくれたことに関しては感謝の気持ちすら湧く。


 『聖教会』が誇る生ける伝説『六芒星ヘキサグラム』は、俺が思っていたよりも有情の集団なのかもしれない。


「僕たちの正体もすでに知っている、と。やっぱり怖いね。君がこの世界に顕れた瞬間から僕たちは一度も目を離していない。そこまで確信できるような情報を得る機会はなかったはずなのだけれど」


 さらっと怖いことを言っているが、まあそうだろうな。


 一人目がいたのだから、二人目が現れることを警戒するのは当然だ。

 その一人目の力によって「人を超越する力」を得ている立場ともなればなおのことだろう。


 その力を使って、二人目が現れることをずっと警戒していたのだ。


 ディマスさんを助けに行ったことあたりは、『転移』を使ったとでも思われているのかもしれないな。

 それが間違った情報であることが証明しているとおり、俺の行動すべてから目を離さないことなど彼らにできるはずもないのだが。

 

「僕たちの用件はわかってもらえるかな?」


「神敵必滅――じゃないんですか?」


 神に仕えるという建前の『六芒星ヘキサグラム』が揃って現れるのだ、神の敵を討つ為だと考えるのが妥当だろう。


 実際彼らの最終的な目的は間違いなくそれだ。

 そして自分たちにそれが可能なことを、毛先程度も疑ってなどいない。


「僕らはそこまで野蛮ではないつもりだよ。そのつもりなら君の存在を捕捉した時点でそうしているさ――違うかい?」


 えらい優男が肩を竦めるそういう仕草をするとやけに様になる。

 イラっと来るが、今の俺は負けてない外見のはずなのでぐっとこらえる。


 おそらくは『六芒星ヘキサグラム』のリーダーなのだろう、俺と話しているのはさっきから正面に現れたこの男だけだ。

 他の5人は沈黙を守ったまま、俺の包囲を崩すことなく静かに宙に浮かんでいる。


 純白の仮面と長外套ロング・コートに、黄金の意匠が各所に施されている。

 いかにも『神の使徒』と言わんばかりの尊い外見である。

 

 うーん、謎の存在として仮面をつけるのは我ながら安易だったか。


 ターニャ王女の『神殻アキツミカミ』と被っているというか、色味こそ違えど世間様的には俺の方が『六芒星ヘキサグラム』をパクった感じにならないかこれ。


 まあ実際に彼らの姿を見た者などほとんどいないだろうから、『神殻アキツミカミ』の露出を増やして先に定着させてやるしかないなこれは。


「とはいえ君はやはり『岐からの客人プレイヤー』らしい。しかも『一人目の勇者ファースト・ブレイヴ』よりもずっと破格の力を持っている。僕たちとしては放置しておけないことも理解してくれるだろう?」


 俺の正面に立つこの男のみ、長外套ロング・コートのフードを外して素顔を晒している。


 癖のある長めの美しい銀髪。

 整った精悍でありながら優し気な顔と、強い意志を宿した美しい碧の瞳。

さぞやオモテになることだろう。

 穏やかに響く落ち着いた声も、それを聞く俺に敵対心を抱かせにくい穏やかで耳に心地のいいものだ。


 背中に純白の三対六翼と、頭上に光の環が浮かんでいてもそう違和感はない感じだ。


 さすがに現役で彼らの言う『岐からの客人プレイヤー』の仲間だけあって、俺についてもかなり詳しいご様子。

 というか本人たち的には知らないことなどなにもないと確信しているのだろう。


 確かに正規プレイヤーとしての基本情報は、一人目も二人目もそう変わるまいしな。

 残念ながら俺は不正プレイヤーなわけだが。


「神に仕える世界の調停者として?」


「それと同時に、僕たちが『一人目の勇者ファースト・ブレイヴ』のパーティー・メンバーだからだというのもある」


 そしてそれを俺に対して隠すつもりはないらしい。


 いまだお互いに名乗らぬ故に名も知らぬ、だが彼が言っていることは確かにある程度信用できる。

 初めから敵対する気であれば、こんなまだるっこしいことをしないというのは正直なところなのだろう。


「君がこのまま大人しく僕たちの管理下に入ってくれるのであれば、手荒な真似はしないと約束する」


 まあ目的と言えばそれくらいしかないよな。

 貴重な二人目を、制御可能な状態で自分たちの管理下に置こうとすることは当然ともいえる。

 それに多くは語らないが、ターニャさんに関することなどは悪いようはしないという自信もあるはずだ。


 だからこそリィンの――『贖罪の種族エルフ』のに俺が関わるまでは、あえて泳がせてくれていたのだろうから。

 だがそこに手を突っ込むのであれば、ただでは済まさないということでもある。


「どうせ君も僕らの力が「視えて」いるのだろう? 最終的には『岐からの客人プレイヤー』である君の方が強くなることは僕たちだって知っている。だけど今この瞬間の彼我の差を覆すことができないこともまた確かなはずだ」


 彼の――彼らの自信の根拠はそれだ。


 俺が彼らのある程度のステータスを確認できるように、彼らもまず間違いなく俺のステータスをある程度把握できている。

 それに加えて俺が出現してから今に至るまでの時間も把握できているのであれば、今の時点で俺が彼らに勝てないことを確信しているのだ。


「君がたった今からこの世界に現存するすべての迷宮ダンジョン遺跡レリクス魔物領域テリトリー魔物モンスターを狩り尽くしたとしても、僕たちのレベルには絶対に追い付けない。再湧出リポップのたびにそれを繰り返したって、1年や2年じゃどうにもならない」


 絶対的な積み重ねによって裏打ちされた、静かで揺らがない自信に基づいた言葉。


 それに俺が迷宮都市ヴァグラム周辺百数十㎞半径や、迷宮ダンジョンの一定階層以下の魔物モンスターを現時点ですべて狩っていることも把握できていることを情報カードとして晒してくる。


 そしてそんな彼らにとってでさえ「奇跡」を幾度繰り返そうが、それでも今の自分たちには及ばないのだと。


「僕たちの数百年に渡る鍛錬レベリングの前には、いかな『岐からの客人プレイヤー』といえども顕現してひと月に満たない程度じゃどうにもならない。君の不運は『二人目の勇者セカンド・ブレイヴ』であったことだよ」


 彼ら『六芒星ヘキサグラム』の6人をパーティー・メンバーとしたまま、一人目が消えてから数百年。

 プレイヤーの仲間として不老化した彼らは、かなりの効率で飽きることなく再湧出リポップするたびに魔物モンスターを狩り続けてきたのだろう。


 その結果、四桁にまで至った己のレベルに対して絶対の自信を持っている。


 確かに普通から言えばあっという間にレベル100を突破し最初の禁呪『星墜メテオ』を習得済みとはいえ、未だレベル200にも至れていないと比べれば、彼らが文字通り桁違いの強さであることは間違いない。


 しかもそれが1人ではなく、6人もいるのだ。

 勝利を確信するのも当然と言っていい。


「俺が貴方たちの管理下に入るってことは、今の世界の在り方を良しとせよってことですよね」


「そうだね。少なくとも『一人目の勇者ファースト』が帰還するまでは」


「余計なことはするな、と」


「ここで死ぬことに比べれば、そう無茶な注文じゃないと思うのだけれど」


 つまり俺が彼らの軍門に降るであろうことを、勝手に確信している。

 それだけの力を持っているのだ、君も馬鹿じゃないだろうという空気が滲みだしている。


 この膨大な戦闘力を持つ者同士の対峙であるにも拘らず、どこか弛緩した空気が漂っているのはこのためだ。

 力だけでいうのであれば、蟻に対して慈悲深い人が恭順を勧めている図式というわけだ。

 まあそれは彼らが勝手にそう思っているだけではあるのだが。


 ――やっぱリ俺の結論は変わらないなあ。


「そう言って数百年も経過している。その間、何人のエルフや亜人デミ・ヒューム獣人セリアン・スロープが勇者様のによって犠牲になった?」


「――それが赦せない?」


 おお、この辺は流石だな。

 どういう関係だったのかは知らないが、彼らはやはり「一人目」の仲間なのだ。


 勇者様批判に対して、隠し切れない殺気が初めて漏れ出している。


 だがしかし、知ったことか。


 そりゃ一人目の勇者様にはやむにやまれぬ事情があって、今のこの世界へと至る選択をしたのだろうということくらいは理解できる。

 すべてをうまくやるなんてどんな力を持っていても無理だろうし、多くを救うために少数の犠牲を強いることだってあるだろう。

 目指した理想が果たせなくて、その結果この世界にいまだ帰還することも叶わず、聖女様は封じられたままで、エルフに犠牲を強いてなんとかこの世界が存続している状況なのかもしれない。


 だけどなにがどうあれ、その決定をしなかった俺がそれをとやかく言うべきじゃない。


 俺が言うべきはこの状況下で一人目と似たような力を持たされた者として、なにをどうしたいかだ。

 そして俺は今提案されたように、一人目が帰還するまで大人しくしているつもりはない。


「いや別に。だがその犠牲にリィンを加えるつもりはないってだけです」


 だから言う。


先刻さっきのは『贖罪の種族エルフ』、その最後の王族エフィルディスを手札に加えるための方便ではないとでも?」


「あれ? それを理解してくれていたから、空気読んで待っていてくれていたのじゃなかったのか」


 言われたとおりの意味も確かにある。

 だがそれは枝葉であって、幹ではない。


 ターニャさんに俺が言ったことを聞いていただろう。

 俺はこの世界において、好きになったリィンのため――というお題目で、自分のためにこの力をすべて行使するのだ。


「決裂、ということでいいのかな?」


「そう聞こえませんでしたか?」


「……残念だよ」


 その言葉と同時、レベル四桁の6人による飽和攻撃がノータイムで俺を襲う。

 

 説得できないとなれば即排除に切り替える思考の速さと無慈悲さは流石数百年間、犠牲を強いながらとはいえこの世界を護ってきた力の象徴というべきなのだろう。




 ――だが舐めるなよ。




 たかが数百年、たかがレベル数千で、俺に勝てるはずがないだろう。

 俺が今日、リィンに直接「好きだ」と伝えられると思えるまでに、主観時間でどれだけの時間、育成レベリングを繰り返してきたと思っている。


 そして俺がその繰り返しで手に入れた力はそれだけじゃない。


 プレイヤーのパーティー・メンバーになんかならなくても、この世界の内側に生きる天才たちは、膨大な時間さえ与えられれば、世界の深淵へすらその積み上げられた知識と技術で肉薄するのだ。




 俺の不正行為チート能力との合わせ技で成立した、なんでも創り出せる異世界亜人ドワーフの成果物、その力を思い知るがいい。

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