第057話 拙い二人
「ごめんなさい」
はい終劇。
解散! 解散です!!
頬を朱に染めて照れているとはいえ、リィンの言葉は真剣なものだ。
最初は「即時拒否はない」と思ってはいても、実際俺のキモい話を聞いた結果「やっぱ無理」となったということだろう。
はい次、とはさすがにいかないので、しばらくは落ち込んで暮らそう。
そうだアリスさんたちに慰めてもらおう。
ああ、こういう時お金で買える優しさってやっぱり重要だと思ってしまう。
「――正直に言えば、まだよくわからない」
だが続けて発されたリィンの言葉で、辛うじて首の皮一枚繋がっていることを理解する。
答えをすぐに出せないことに対する「ごめんなさい」だったわけだ。
セーフ。
危ない、間違いなく異世界ライフにおける深刻なダメージを受けるところだった。
下手をするとマジで「辛うじて致命傷だったぜ!」になりかねない。
突発発生の貰い事故とはいえ、本気で好きになるのはやっぱ危険だ。
どれだけ膨大なH.Pをこの身に纏っていても、致命の一撃が
「マサオミはかっこいいと思うし、すごい力を持っていることも理解できてる……と思う。私がもう一度他人に触れることができるようになるなんて、考えたこともなかったから」
赤面しつつも、きちんと言葉にはしてくれる。
向こうでは望むべくもなかった評価だが、確かにこっちの俺はカッコいいし、力もある。
力については言わずもがなだ。
「でも、マサオミの言ってくれた「好き」が、私も同じかどうかわからない」
恥ずかしくはあるのだろうが、キチンと俺の目を見てそう告げてくれる。
ああこれ、俺が「好き」に関してかなり突っ込んだ話をしてしまったから、自分にも同量同質のそれがないとだめだみたいな錯覚に陥っている可能性があるな。
「ということはリィンなりの「好き」はあるんだ?」
「なかったら悩まないよ?」
よし、そこはすんなり肯定してくれた。
だったら今のところなんの問題もない。
俺にとっては大勝利確定みたいなものである。
「だったらまずは試用期間を設けてみるのはどうだろう?」
「――えっ?」
リィンは本気で真面目だから、最初に俺が出した条件がどうであれ、真剣には真剣で答えなければならないと思っているのだろう。
別にそんなことはない。
ふわっとした好意でもあれば、とりあえず一緒にいてみればいいのだ。
「一緒にいるのに、お互いの「好き」が完全一致してなきゃいけないってこともないだろうしさ。中には俺とは違う意味での我慢もできるどころか、それこそが醍醐味とかいう強者もいるみたいだし」
「?」
「戯言です、流してください」
余計なことを言ってしまった。
NTR好きなど俺には到底理解できない性癖だが、確かにそれを至高とする方々もおられるのだ。
リィンに余計な知識がなくてよかった。
「とりあえず一緒にいてみない? 好きな者同士――恋人がするようなことはひとまず置いておいて、二人組の冒険者パーティーとして活動するとかさ」
「……やってみたい」
俺の提案に対して、素直な子供みたいに瞳を輝かせている。
死ぬまで一人きりでいることを覚悟していたリィンにしてみれば、いきなり彼とか彼女とか言われるよりも、仲間として一緒に冒険をするなんてことに強く惹かれるというのもわからなくはない。
俺としてもどうしてもすぐに彼氏彼女らしくなりたいというわけでもない。
ここまで時間をかけたのだ、これが後しばらく伸びたところでなんのことはない。
「やりたいことはやってみたらいいと思う」
だったら初手はそれで構わない。
そうやって一緒にいるうちに、気持ちが動いてくれればいい。
「でも……ズルくないかな?」
「なにが?」
なのに当のリィンがそれにもどこか抵抗を感じているようだ。
べつにズルいところなんてないもないと思うけど。
「マサオミは誰でも選べる中から私を「好き」だと言ってくれた。だから後は私がそれを信じるか信じないか、受け入れるか受け入れないかだと思う」
「うん」
それはその通りだ。
「でも私はマサオミじゃなければ触れられないし、触れても貰えない。だから自分で好きだと思い込んで、普通の女の子みたいになりたいだけかもしれない」
「まじめか」
「だって!」
ホントにリィンは恋愛感情がわからないんだな。
でも「好き」とか「嫌い」以前に、自分が受け取れる利益が大きすぎればそういう風に感じてしまうモノなのかもしれないな。
「そのくせ明確な答えは先延ばしして、有利な部分だけは享受しようとしている」
「そこはいいんじゃないかなあ」
「そうなの?」
「惚れた方が負けっていう至言がありましてね。それにリィンが一応は前向きに検討してくれている以上、俺にとっては我慢の内にも入らん」
「…………」
照れる顔は相変わらず可愛い。
「それにその論法だと俺の方がズルくない? 俺の気持ちに応えてくれなかったら、リィンは今のまま誰にも触れられない、触れてもらえないままだぞっていう人質取っているようなカタチともいえるし」
取りようによっては「わかってるよなへへへ」展開とも言えなくもないのだ。
与えられるものが大きいが故に、断ることが損すぎて「気持ち」がどうのと言っていられなくなる状況にするとでもいおうか。
「え? でも応えてもくれない女の子に、そこまでしてくれる理由なんてないよね?」
「またえらく
「でも私はなにも提供するつもりがないのに、利益だけは受け取りたいって変だよ」
どこまで行っても「好きだから損得抜きでそうする」という理由はしっくりこないんだろう、リィンにとっては。
損得が絡んでいて当然で、一方的に享受する関係が歪だと感じるのはある意味では健全でもある。
実際俺だって、ここまで圧倒的な力を持つに至っていなければこんな考え方になったかどうかは怪しいところだ。
向こうでは諦めて悟りを開いていたような状況だっただけに、狡さと真剣さの境界が定かならぬ。
本気で好きだったらきれいごとを言っている場合じゃないというのも、本気で好きだからこそきれいごとが成立しなければ意味がないとも思ってしまうのだ。
「正しくはあるかな。まあいいや、じゃあ俺の「好き」の証明として、まずはエルフや
「私だけじゃなくて、みんなにそうしてくれるの?」
「俺がリィンに仕掛けているのは商談じゃないからね。ただ口説いているだけなので、切れるカードは全部切っていくさ」
無期待献身とは言わない。
期待しているのはリィンの好意を得ることであって、それはあるいはわかりやすい利益なんかよりもよっぽど手に入れにくいものでもある。
それが手に入らないばかりに、地団駄を踏むような想いを抱いている者は世の中に掃いて捨てるほどいると思う。
「――本気?」
「本気。ちなみに手段の方もある程度目途が付いている。リィンが今心配している、『
「!」
そこを解決しなければ、リィンは己の義務を放り出したりはしない。
場当たり的にその時の脅威を排除するだけでは、けっして良しとしてくれないのだ。
それを俺はもう知っている。
そうすることが将来的にこの世界にどんな影響を与えるのか、それが明確にならない限りは己が正しいと信じてきたやり方を踏襲する。
結果自分を犠牲にしてでも。
ホント真面目で融通が利かなくて頑固で――可愛い。
「リィンにもしてもらいたいのは俺を好きになってもらった上で、俺以外からの誘惑を「我慢」してもらうことであって、「我慢」して俺の彼女を演じてもらうことじゃないんだよ」
そういうので良ければ、広い世界からリィンに似た女の子を探させる方がずっと手っ取り早い。
相手の躰だけではなく心まで望むのであれば、こっちも誠心誠意尽くすしかない。
それでもどうにもならないかもしれないのが、「好き」の恐ろしいところだと思う。
「だからまあ、リィンがその気になったら誰でも選べるようになるまで一緒にいてみようか」
「やっぱり
「そもそも好きとか嫌いってのは
このあたりの落としどころでどうですか、と仕草で確認したら、少々躊躇いながらもなんとか首を縦に振ってくれた。
「よっしゃ!」
まずは一歩目。
これが重要だ。
「――私の『黒化』は、マサオミと一緒にいる時にしか解かないでね」
「え?」
本気で嬉しいのでガッツポーズまでしてしまったせいで、真っ赤になったリィンが呟いた言葉を聞き逃してしまう。
「なんでもありません!」
どれだけ耳が良くても、意識がそっちへ集中していなければそれは音として処理されてしまい、言葉として脳へは届かないものなんだな。
まあ今は本気で嬉しいから良しとする。
聞き返した俺に「いーだ」みたいな表情をしているリィンも可愛いしな。
俺のリィンに対する気持ちは嘘じゃない。
だがこれで『
さすがにそろそろ放置もできまい。
素直に釣られておけ、『聖教会』の
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