第054話 竜懐石

 とりあえずいわゆる『竜懐石』を一通り食べ終わった。

  

 いろんな意味で堪能しました。

 中でも〆の水菓子『竜魔石と竜肉の車厘ゼリー』は絶品だったと思います。


 味はもちろん素晴らしいし、俺にもきちんと『効果』――モ〇ハンでいうところの食事のような支援効果バフは発動するのだが、残念ながら俺には魔力摂取時の快感は発生しない。

 そもそもからしてこの異世界仕様の躰は各種耐性が高すぎて、感覚による取得情報に振り回されるということが無い。


 『快感』は『快感』としてきちんと認識できるのだが溺れないというか、どこか意志や思考とは切り離されているような感じとでもいおうか。


 あるいは膨大なH.Pを纏っている影響なのかもしれない。


 それがなければ、さすがにアリスさんをはじめとした『蜃気楼』の高級娼婦クルティザンヌたちを相手に連夜連戦連勝とはいくまい。


 だからこそ、魔力摂取に伴う快感に翻弄されるこの世界の人を見るのはかなり楽しい。

 悪趣味であることは百も承知してはいるのだが。

 ちょっと羨ましいと思っていることも否定はしない。


 実際この場にいる俺以外の四人は、食べ終わった今みな例外なく「くったり」してしまっている。

 女性陣は呼吸が乱れているし、ご老体二人は身動きが無さすぎてちょっと怖いくらいだ。


 まともな会話らしい会話が成立していたのは、先付さきづけの『竜眼と管牛蒡の月冠蒸し』を口にするまでだったか。

 それ以後は話しているのは俺ばかりで、誰もみな食事とそれが及ぼす快感に耐えることに集中していたのは間違いない。


 俺が話していた内容など、誰もほとんど頭に残っていないはずだ。

 まあそれは狙い通りなワケでもあるし、最低限最初の自己紹介がお互いの頭に残っていればそれでいい。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせて軽く一礼し、俺の食事もこれで完了である。


 さて。


「この支援効果バフは地上でもほぼ一日は持ちますし、迷宮ダンジョン魔物領域テリトリーに踏む込めばそこから出るまではなぜか継続します」


「え? あ……」


 俺がそう口にしたことで初めて、ターニャさんたちは自分たちに魔力的な支援効果バフが発動していることを自覚できたようである。

 声を発したターニャさんのみならず、マスター・ハラルドもヤン老師も驚いて自分の身体を確認している。


 うーん。


 この世界の内側の人たちにとって、魔力摂取に伴う快感は俺が想定していたよりもはるかにどぎついモノっぽい。

 まだ年若いターニャさんはまだしも、この御年になるまでにの戦績も相当なものであろうご老体お二人がこうまでなるとは、さすがに予想の斜め上である。

 お二人とも痛みなどには相当我慢強いはずだが、同じ触覚に根差していても快感となれば抗いがたいものなのかもしれないな。


 考えてみればまあそりゃそうか。


 快感に慣れているという点では冒険者などよりもよほどつわものであるはずの高級娼婦クルティザンヌたちがあえなく屈するレベルとなれば、素人には『薬膳』レベルであっても耐え難いものなのも当然なのかもしれないな。


 つまりこの世界における『魔石』という代物は、使いようによってはとんでもない媚薬にも化けるというわけだ。


 ふむ。


 今度アリスさんと試してみようかな。

 そういう意味では俺自身が媚薬の塊みたいなものなのであまり効果はないかもしれないが、使いようによっては面白いかもしれない。


「リィン……エルフには残念ながら支援効果バフは発動しないようですけど、一時的とはいえ『黒化』――世間で言われている『エルフの呪い』は解除できるようです。その効果がどれだけ継続するかは要確認ですが」


 一方、リィンの方は三人以上にくったりしているが、その肌はあの時のように純白になっている。


 その代わりというわけではないのだろうが、魔力的な支援効果バフは発生していない。

 『竜懐石』が含有していた大量の魔力は、すべて吸収されてしまったということだろう。

 ということはつまり複数の禁書に記されていたとおり、『黒化』は魔力で一時的に解除できるということがはっきりした。

 それはなにも『魔石』によるものでなくても、リィンの――エルフの躰に魔力を注ぎ込むことができれば、べつになんでもいいということなのだろう。


 こういった魔力系の『薬膳』というカタチでも。


――あるいは膨大な魔力保持者が触れるというカタチでも。


「こ、れは……」


 呼吸を整えることに夢中で自分のことに言及されていることに気付いていない『白化』したリィンを見て、ターニャさんたちがかなり驚愕している。

 勇者無き――つまり『魔石』や高位魔物食材などが存在しえないこの世界の現代において、エルフが一時的とはいえ「本来の姿」になるところなど見るのは初めてだろうしな。


 いやすでにもうこの時代、亜人デミ・ヒューム獣人セリアン・スロープであればともかく、エルフの存在そのものが珍しくなっているのだったか。


「そして『黒化』状態でなければ、エルフに触れても『呪い』――石化は起こりません。リィン、いい?」


 魔力薬膳の摂取によってリィンが『白化』することは想定通りだったので、この機会に人からエルフが蔑まれ、畏れられてもいる主たる要因は人為的に取り除けるのだということを証明しておく。


 『黒化』したエルフに触れられた魔力もつ存在は、その『内在魔力インナー・マギカ』を吸い尽くされ、『石化』としか呼べない状態に陥るのだ。

 そして『外在魔力アウター・マギカ』がほとんど存在せず、迷宮ダンジョン魔物領域テリトリーでさえもごく薄くなっている現代では、そこから回復する手段が存在していない。


 これが世に言われている『エルフの呪い』の仕組みメカニズムなのだ。


 『聖教会』が秘匿する禁書でその情報を知った際には半信半疑だったが、リィンが自ら行ったように『魔石』による吸収だけではなく、今回のような手段でも『黒化』が解かれるということはつまりそういうことなのだろう。


 だからこそあの時、リィンは俺の頬に自分から己の唇を触れさせることができたのだ。


 『黒化』が解けた、あるいは『白化』したエルフであればその呪いが発動しないということが証明できれば、少なくとも今すこしリィン――エルフたちは生き易くなるはずだ。


 そうする手段はいくらでも俺が提供できるわけだしな。


「え? や、ぁっ!?……マサオミ、やめ……」


 だからこそここで、ターニャさんたちだけとはいえそのことを証明しよう、と、思ったの……だが。


 さすがに耳は拙いと思ったので、普通に頭――髪に触れただけである。

 いや女性の髪に触れることが結構大それたことだとはわかっているが、この前はリィンの方から俺の頬に唇を触れさせてきたのだ。


 人前でもあるし、この程度であれば問題なかろうと軽く撫でただけなのだが……


 リィンは最後まで拒絶の言葉を発しきることすらも叶わず、ぱたりと俺の膝に上に倒れ込んでしまった。

 オノマトペをつけるのであれば「きゅう」といったところか。

 

 完全に意識を失ってしまっている。

 だが純白の頬が上気して種に染まっているし、やっと整えた呼吸は今また再び荒い。


 肌に浮いた汗が後れ毛を濡らし、幼いがとんでもなく整っているリィンのかんばせを、妙に色っぽく、同時にどこか背徳的な感じに仕上げている。


 え、どうすんのこれ。


 ああそうか。


 あの時、自分から触れて来たときは頬に唇で一瞬だったけど、今回は俺から頭をなでるというガッツリ触れるカタチになったせいか。

 つまり毎夜マリアさんたち百戦錬磨の高級娼婦クルティザンヌたちが俺に痴態を晒すことになる原因行動を、俺は今うっかりとってしまったというわけだ。


 自分から触れ慣れていない、触れられ慣れていないリィンにはあまりにも刺激が強すぎたのだ。


 やっちまった。


 ターニャさんの半目と、あきれ果てたようなマスター・ハラルドとヤン老師の表情は甘んじて受け入れるしかない。




 なんかこの後の内容を話しにくくなったな、これ。

 自業自得だとはいえ。

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