第053話 再会

 迷宮都市ヴァグラムの迷宮ダンジョン前広場からほど近い位置にある、高級料理店『銀砂亭カーレ・サンスィ


 新鮮な食材を極力素材の味を活かしたまま、しかし出来得る限りの技巧を凝らして客に提供する有名店である。

 まあ俺にとってみれば日本の高級料亭といった感覚だ。

 ホントに枯山水が中庭にあるしな。


 さすがゲーム風異世界。

 向こうでこんな内容のタイトルがあったという記憶はないのだが。


 とにかく今俺たち4人はそこの重要顧客専用個室V.I.Pルームである「ハナレ」に通され、料理が出揃うのを待っている状態である。


 予約もなしにこんな部屋を押さえられるというのが、一定を越えた高級店の便利なところだと言える。

 上客から無理を言われる可能性を考慮して、必ずフリーの部屋を用意してあるからだ。


 そんな高級店の重要顧客専用個室V.I.Pルームを最優先で使えているのは、ターニャさんやマスター・ハラルド、ヤン老師が正体を晒したからではない。

 というかこの国の王族であるターニャさんだとて、本来であればこの部屋に通されることはない。

 

 なぜならば『銀砂亭カーレ・サンスィ』は『三大陸トライ・カンティネンツ』が資本を掌握している高級店のひとつであり、とあるカードを見せればそれが誰であろうが一切の詮索をすることなく最上級のサービスを提供することを義務付けられているからだ。


 逆に言えばそのカードの提示がなければ、カードを俺に渡してくれた『三大陸トライ・カンティネンツ』の当該区域支配人でもある『買人バイヤー』カイン・シーカーその人であってさえ、この部屋に通されることはない。


 なんか向こうでいうブラックカードみたいだ。

 その効果は比べ物にならないとはいえ。


 俺はそのカードの所有者であるという立場を利用して、この店の板長へは個人的に新鮮な『ドラゴン』や『魔狼』を食材として提供しており、向こうではもちろんこっちでも本来は味わえない美食を密かに味わっていたりする。


 今のところそれを実際に食べているのは俺以外では『銀砂亭カーレ・サンスィ』の厨房の方たちと娼館『蜃気楼』で俺と閨を共にする嬢たちくらいだが、今宵初めてターニャさんたちも口にすることになるわけだ。


 さぞや驚くことだろう。

 その味はもちろんのこと、ターニャさんたちは魔物食材による料理によって『効果』が表れるジョブ持ちだからな。


 ちなみに「ドラゴンの肉が食ってみたい!」という、異世界に来てドラゴンがいればおそらく誰でも思うことを実行した際、『分解』をしているか、していないかで大きく味が変わった。

 要は『魔石』を『分解』で抽出された素材は味が落ちるのだ。


 おそらくだがこの世界の全てには『魔力』が深くかかわっていて、武装やアイテムの素材として使われる魔物モンスターの亡骸たちも、『魔石』を抜かれている場合その性能は下がっているはずだ。


 今後は市場に流す魔物商品については、『分解』をかけないことも視野に入れる必要があるかもしれない。

 『魔石』の市場価値次第ではあるし、この世界の人が狩れない魔物モンスターであれば『分解』されたものが基本となるので問題ないとも言えるのだが。


 もしもこの世界にもドワーフ職人みたいな連中がいて、『分解』されていない魔物素材を使用しなければ創出クリエイトできない武装、アイテムなんかがあった場合にあらためて考えればいいか。


 今回出される食事はもちろん『分解』していない『ドラゴン』の素材が使用されている。

 ジョブ持ちの人間が得ることができる効果としてはH.P、M.Pの固定値付与と、各種ステータスの大幅増加である。

 これは俺のパーティー・メンバーになっていなくても得ることができるので、成長レベル・アップすることこそ不可能でも「高位魔物モンスター素材を利用した薬膳料理」を安定供給できるようになれば、冒険者たちによる迷宮ダンジョン攻略等の難易度をかなり下げることが可能なはずだ。


 まさにモ〇スター・ハ〇ター!


 もともと高級食材とされていた下位魔物モンスター素材による料理では、味こそ素晴らしくてもそういう効果が付与されるまでの魔力が内包されていなかったのだろう。


 これもうまくやれば、我々が独占して大儲けすることができるはずだ。


 ディマスさんとカイン氏にはより大きな負担をかけることになるが、今の俺が想定しているおぼろげな将来像の為にもなんとか頑張って欲しいところである。


 まあそんなことはあくまでも副次的なことで、今回その料理をリィンとターニャさんたちに食べてもらうことを愉しみにしている本命は別に二つある。


 一つは俺に触れられた相手が例外なくなるように、この世界の人間が体内へ魔力を摂取する際には性的な快感が伴うという事実である。

 三大欲求は切り分けたい派の俺ではあるのだが、見ている分には正直面白い。

 いわゆる美食系漫画等でよく見られる、「いやそれ、美味しいっていう表現ちゃうやろ!?」というのが実際に見られるのだ。


 エロ漫画美食。


 マスター・ハラルドとヤン老師の方は極力見ないようにする予定である。

 板長が自分で創った料理の味見で絶頂しているのを見た時は、さすがに食欲が消し飛んだからな。


 もう一つはリィンの『白化』が高位魔物モンスター食材による料理でも発現するかどうかだ。

 もしもするのであれば、三食その食事を摂っていれば『白化の維持』、あるいは『黒化の解除』をできるのかどうかを確かめておきたい。


 可能となれば魔物料理の安定供給さえできれば、エルフが今の世界で忌避される原因の大きな一つを割と簡単に解決可能になるのでありがたいのだ。


 エルフたちがぷくぷくになってしまうかもしれないが。


 まあもしもそれが無理でもリィン一人くらいであれば、本人が言っていたように膨大な『魔石』を費やしさえすればなんとでもなるはずではあるのだが。

 

 どちらにせよ俺が手を「ぱんぱん」して給仕を呼ばない限り、料理が目の前に並ぶことはない。


 ここはさっさと顔合わせを済ませておくべきだ。

 リィンにフード込みの長外套ロング・コートを被ったまま食事してもらうわけにもいかないしな。


「リィン。フードを取ってもらってもいい?」


 俺が口を開くまでは誰も話しだしそうにもないので、シンプルに要望を伝える。


 顔も見せないまま会話など進まないし、そもそもリィンとターニャさんたちを引き合わせておきながら、リィンがエルフであることを隠し続けることに意味はない。


 だが取るのはフードだけでいい。

 長外套ロング・コートまで脱ぐと、ターニャさんはともかく御老体とは言え男性二人にあの格好を晒すことになるからな。

 

 リィンは気になんかしないのだろうが、俺としては避けたい。

 マスター・ハラルドとヤン老師は間違いなく、ディマスさんと同じく紳士的な対応はしてくださるだろうけれども。


「……マサオミの方こそいいのか?」


 だがぶっきらぼうな口調でそう確認するリィンの言いたいことはわかる。

 俺がエルフと繋がっていることを表の人間に晒すデメリットを、きちんと理解できているのかという最終確認をしてくれているのだ。


 というかリィンの口調が出会った直後の感じに戻しているのが面白い。

 確かに第三者がいる前ではそうした方が無難だろうが、すでに膝の上にクロが乗っているのでリィンが思っているほど様にはなっていないと思う。


 まあフードを取るまでは俺以外にはまだ通じているのかもしれないが。


「まあ俺なりには調べたからね。リィンが言っていた意味も、今なら初めて逢った時よりは理解できていると思うよ」


 べつに嘘やハッタリというわけではない。


 5日間を1年間以上繰り返した膨大な時間を、俺はなにも育成レベリングだけに費やしていたわけではないのだ。


 迷宮都市ヴァグラムここで手に入る情報はもとより、補助職サポート・ジョブが解放されて以降いくつかのジョブを残してメインジョブの半分程度までは育成レベリングした後は、便利な能力スキルをいろいろ使用してエメリア王都をはじめとして手の及ぶ限りから情報を収集したのだ。


 リィンはともかく、少なくともマスター・ハラルドやヤン老師はもとより、王族であるターニャさんよりもすでにこの世界の歴史とについては正しくなっている。


 それに伴ういろいろな知識についてもだ。


 ゆえに俺がそういうと、意外なほどにあっさりとリィンはフードを外した。

 曝け出される相変わらず整っていながらも可愛らしいそのかんばせ


 だがリィンの正体を知った三人の反応は、俺が想定したよりも過剰なものだった。


 ジョブ持ちであるが故の優れた身体能力を活かして瞬時に立ち上がり、ターニャさんは俺を、マスター・ハラルドとヤン老師はターニャさんを護ろうとしているのがわかる。


 だが普通の人間にとっては迅雷の如きその初動も、今の俺にしてみれば止まっていると変わらぬくらいに鈍い。


「大丈夫ですよ」


 よって静かな一言でその初動を止める。


「しかし!」


 だがなおも動こうとするヤン老師は、魔術を行使する『黒魔導士』として、『黒化』による「エルフの呪い」により詳しいのだろう。

 目の前に『黒化』したエルフがいるのに、虚心ではいられないというのはわからなくもない。


 なにしろ本来は「触れられたらお終い」なのだから。


「俺の客です」


 だが俺のその一言ですべてを呑み込んで動きを止めてくれる。

 こういう時に圧倒的な力と、それを理解してくれている相手というのは助かる。


 実際リィンがうっかりターニャさんたちに触れたとしても、今の俺にはどうにでもできる手段があるし、俺本人に至ってはリィンに対して試してみたいことがあるくらいなのだ。


 リィンの『黒化』――エルフの呪いはすでに俺にとって脅威ではない。

 いやそれは最初からだが。


「凄いな。まだこの迷宮都市にマサオミがついてから10日程度しかたっていないはずだが、ここまでの実力者たちがすでにマサオミの言葉には従うのか」


「そうなった理由を確認したくて、俺に会いに来たんじゃないのか?」


「……マサオミには敵わんな」


 今の一連の様子を見て、演技ではなくリィンは少し驚いてくれているようだ。

 俺か自分が無力化しなければならないと思っていたらしい。


 だがリィンとて、わざわざ避けていた迷宮都市ヴァグラムに自ら足を踏み入れてまで俺に逢おうとしてくれたということは、『大海嘯』に関する一連に俺が確実に噛んでいると判断したからだろう。


 であればこの街の重職たちが俺の言葉に従ってくれることも、納得がいって然るべきだ。


 そんな実際的プラグマティックな理由でなければ嬉しいのだが、さすがにそんな都合のいい展開はあり得ないしな。


「その前に、一つ聞きたいのだが」


「簡単に答えられることならいいんだけど」


 いきなり突っ込んだ話に入られても困るのだが。

 できれば手を「ぱんぱん」して、料理を一通り楽しんだ後にしてくれると助かる。


「マサオミが今日再会するまでのたった10日間で、そこまで成長しているのはなぜだ?」


「ああ……」


 そうか。

 そうだった。


 リィンの質問は『成長レベル・アップ』という意味ではなく、文字通り身体的な成長という意味においてだ。


 育ち盛りの俺が、一年分成長しているのだから持たれて当然の疑問だった。


 再会してからこっち、ずっとリィンがどこか訝しげだったのはそれが理由だったか。

 自覚しづらいから、うっかり忘れがちなんだよなあ……


「……『大海嘯』に対処するために、強制的にそれが可能な肉体年齢まで成長したんだよ」


 再び無理のある「ゴ〇さん理論」を適用するしかない。

 ターニャさんたちにはすでにそう言って納得してもらっているのだから、ここで違う理由を言うのもなんだし。


「そんなことができるのか!?」


 だが想像以上にリィンがそこに喰いついた。

 『黒化』に伴い身体的成長も止まっているリィンにしてみれば、無視できない情報なのかもしれないな。


 いや嘘なのですけれども。


 怪我の功名とでもいおうか、どこか気が抜けた俺とリィンのやり取りに、ターニャさんたちも肩の力をどうにか抜いてくれたようである。




 とりあえずまずは食事にしましょうか。

 その後ならお互い、もうちょっと打ち解けやすくなっていると思いますし。


 ぱんぱん。

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