第051話 5日の1年

 1日目。


 12:00前後は『時間遡行』による世界再構築時に他者と接触していないようにするため、娼館『蜃気楼』の最重要顧客専用個室V.I.Pルーム内にて一人で過ごす。

 『時間停止』が再発動可能となる16:00以降、任意のタイミングで発動して主観時間24時間の育成レベリング開始。

場所は当然ヴァグラム迷宮ダンジョン

 その後は気力次第で『時間停止』を任意に発動し、育成レベリングないしは情報収集を行う。

 時間を進める場合は基本的にアリスさんと過ごす。


 2日目。


 『時間遡行』で戻ってくるタイミングとなる8:00前後のみ娼館『蜃気楼』の最重要顧客専用個室V.I.Pルーム内にて一人で過ごす。

 迷宮ダンジョン魔物モンスターは1日目ですでに枯れているので、『時間停止』を発動して行うのは情報収集のみ。

 時間を進める場合は基本的に『蜃気楼』の人気嬢の誰かを指名して一緒に過ごす。


 3日目。


 『時間遡行』で戻ってくるタイミングとなる4:00前後のみ娼館『蜃気楼』の最重要顧客専用個室V.I.Pルーム内にて一人で過ごす。

 それ以外は2日目と同じ。

 時間を進める場合は基本的に『蜃気楼』の人気嬢の誰かを指名して一緒に過ごす。


 4日目。


 『時間遡行』で戻ってくるタイミングとなる0:00及び20:00前後のみ娼館『蜃気楼』の最重要顧客専用個室V.I.Pルーム内にて一人で過ごす。

 それ以外は2日目と同じ。

 時間を進める場合は基本的に『蜃気楼』の人気嬢の誰かを指名して一緒に過ごす。


 5日目。


 決戦予定日。

 とはいえ基本的には2日目と同じ。

 時間を進める場合は基本的にアリスさんと過ごす。


 19:30からヴァルタイ丘陵において魔物モンスターの異常大量湧出ポップが開始されたのを確認後、20:00前後に『時間遡行』発動。


 4日目20:00へ『時間遡行』

 4時間の再使用可能時間リキャストタイムを消費した後24:00に『時間遡行』発動。

 4日目0:00へ『時間遡行』

 4時間の再使用可能時間を消費した後4:00に『時間遡行』発動。

 3日目4:00へ『時間遡行』

 4時間の再使用可能時間を消費した後8:00に『時間遡行』発動。

 2日目8:00へ『時間遡行』

 4時間の再使用可能時間を消費した後12:00に『時間遡行』発動。

 1日目12:00へ『時間遡行』 振出しに戻る。


 以上が『大海嘯』を解決するために『黒魔導士』の育成レベリングを開始した俺の、ざっくりとした基本ルーチンである。


 だが初期こそ迷宮ダンジョン魔物モンスターを狩り尽くすまでに複数回の『時間停止』の発動が必要だったが、わりとすぐに一度で狩り尽くせるようになった。

 それどころか途中からは『時間停止』を発動すらさせず、実戦においてどれだけの時間で100階層までの魔物モンスターを狩り尽くせるかというR.T.Aに夢中になったりしていた。


 ちなみにヴァグラム迷宮ダンジョンの最下層は第100階層であり、最奥の迷宮主ボスを倒すと同時に最初の成長限界レベル・キャップ補助職サポート・ジョブが解放されている。


 よって今の俺の『黒魔導士』をはじめとした魔法使い系ジョブのレベルはみな、すでに100を超過している。


 もっともヴァグラム迷宮ダンジョンは第100階層で終わりというわけではなく、その先へと進める大扉――迷宮ダンジョンは深度が深まれば深まるほど天井が高くなり、80階層以降はもはや迷宮ダンジョンというよりも地下空間ジオフロントの様相を呈していた――が存在しているが、迷宮主ボスを倒しただけではそれは開かなかった。


 おそらくは『籠護女かごめ』の中の人を解放することのみならず、複数の迷宮ダンジョンを最下層まで攻略完了クリアすることが解放の引き金トリガーになっているような気がする。


 もしも俺の予測通りだったとしたら『最終迷宮ラスト・ダンジョン』とはつまるところ、すべての迷宮ダンジョンが行きつく最深部と共通していることになるな。


 それについてはまだ先の話だと判断したので、他の迷宮ダンジョンの攻略も、『籠護女かごめ』の中の人の開放もまだ行ってはいない。

 辿り着いておいてそんな殺生なという向きもあろうが、『大海嘯』を解決するまでに冒険者たちが心のよりどころとしている『籠護女かごめ様』に、なんらかの異変が発生するのは好ましくないと判断したのだ。


 なに『大海嘯』を解決したらすぐにでも開放する予定なので、中の人の感覚からすればたかが5日間ほどを我慢をしてもらうだけである。

 まず間違いなく中の人が想定していた「救出されるまでにかかるであろう日数」よりは少ないはずなのでノー・クレームでお願いします。


 まあこの世界にとっての5日間を1ループとして繰り返した俺の主観時間でいえば、1年を少し超えるくらいの時間を育成レベリングと情報収集に費やしたことになる。


 初期は1ループに2、3回の『時間停止』を発動していたが、中期にはほとんど使用していなかった。

 地力が上がったことにより第100階層までの攻略に『時間停止』が特に必要ではなくなり、実戦でのR.T.Aが楽しくなったりもしたためだ。

 育成レベリングの効率が落ち始めた後期は再び『時間停止』を使い始め、5日で1ループという大前提を崩したりなんかもした。


 そのすべての累積時間が1年分を超えたあたりで、さすがに初期迷宮ダンジョンでこれ以上の育成レベリングは非効率が過ぎるとの判断の下、やっとこさ『大海嘯』のイベントを進めるという判断に至ったわけである。


 ちなみにその主観時間一年の間に育成レベリングも伴ってのこととはいえ、今の俺の若い躰はガッツリ成長している。

 もはや少年というよりは青年の精悍さを漂わせるに至っており、ざっくり輪郭シルエットで言っても二回りくらいは大きくなっているハズだ。


 おかげでターニャさんたちには、「『大海嘯』に対処可能な力を身につけるために、強制的にそれが可能な肉体年齢まで成長しました」などという、「どこのゴ〇さんですか?」と問いたくなるような説明をするはめになってしまった。


 特に制約も誓約もないのだが。


 いや、このまま『時間停止』と『時間遡行』を乱用していれば、俺に寿命が設定されていた場合はやけにはやく老けて老衰で死んでしまうという可能性があるにはあるか。

 ゲームのお約束としては、スタート時の姿で固定されることが多いのだが、時間経過による肉体的成長要素があるとなれば老衰する可能性も無視できない。


 その場合、ソーサ〇アン形式になるのかな?

 確かあれには不老化する隠し技もあったはずだけど……


 家庭を築いて子供をもうけた場合、その子供もプレイヤーになるとなれば、かなりのホラーだよなあ……

 うっかり女の子に生まれたりしたらコトだし、例えばリィンのような長命種エルフと夫婦になった場合、いろいろとややこしそうでもある。


 まあそれは先々考えればいいか。

 少なくとも普通の人間の一生分の時間は保証されているのだから。


 しかし初期の周回を客観視すれば、俺が状況に絶望して現実逃避しているようにしか見えなかっただろうな。

 なにしろ育成レベリングも情報収集も『時間停止』の発動中にしか行わないため、周りからは娼館に入り浸ってアリスさんをはじめとした高級娼婦をとっかえひっかえ、朝も昼も夜もベッドの上で運動していることしか観測できないのである。

 食っちゃ寝(別の意味でも)を繰り返しているだけの相手にこの都市の命運を預けているとなれば、俺の実力を知っているターニャさんたちであってもさぞや落ち着かなかったことだろうと思う。


 あえて放置していた各所からの間諜スパイがどれだけ素晴らしい能力を持っていても、彼らの目に映る現実の俺はそれしかやっていないのだから無理もない。


 中期は逆に希望を見出せていたはずだ。


 『時間停止』を行わずにヴァグラム迷宮ダンジョンの最下層、第100階層までを数日かけて、より攻略が進めば一日の内に走破してのけていたのだ。

 命懸けで俺の行動を追跡していた間諜スパイたちから、最下層に至るまでの魔物モンスターをたった一日で一掃して娼館に戻っているという報告が上がれば、『大海嘯』で湧出ポップするであろうすべての魔物モンスターを『魔法』で薙ぎ払ってくれることを信じることができたはずだ。


 後期は再び娼館暮らしとしか見えなくなって、そわそわしていたことだろう。


 だが『時間遡行』の最も恐ろしいのは、そういう過程はすべて俺の記憶にしか存在しなくなり、最新の周回でとった行動だけがすべてとなってしまう点だろう。


 ゆえに『大海嘯』イベントを進めることを決めた俺が1日目に戻り、そこから進めた最新の行動のみが、ターニャさんたちこの世界の内側で生きる人たちにとっての唯一無二の事実となるのだ。


 なにをしたかと言えば、次のとおりである。


 1日目から3日目までをすべて投入し、ターニャさん、マスター・ハラルド、ヤン老師にはヴァグラム迷宮ダンジョンの最下層までご一緒していただいた。

 もちろんパーティー・メンバーからは一時的に除外しておいたので、恐ろしい勢いでのパワー・レベリングをうっかり発生させたりはしていない。


 さすがにそこには注意を払った。


 冒険者ギルドによる迷宮攻略最前線が第5階層であり、未だその階層主ボスの間まですら到達できていない状況で、第100階層まで魔物モンスターを実際に『黒魔法』で消し飛ばしつつ到達する。

 それを自分の目で実際に見た以上、パワー・レベリングによる自身の強化など無くても俺という存在がいれば、『大海嘯』を退けることなど児戯に等しいと確信することができたはずだ。


 なにしろ80階層以降の魔物モンスターは通常個体であっても赤竜レッド・ドラゴン以上の強さを誇り、各階層主ボスともなれば伝説や神話で語られる『神敵』の表現が大げさどころか控えめなものであったのだと確信させるほど、巨大で派手なのだから。


 個人的な好みでいえば、第90階層主である六対十二翼を備えた巨大な『黒天使・真躰アウゴエイデス』と、最終第100階層主である『白面金毛九尾狐』が二大巨頭となる。


 巨躯を誇るボス敵最高。


 人型サイズの強敵、例えば『真祖吸血鬼』や『一にして全なる者ヨグソトスの影』なども好きだが、やはり魔法職として戦うのであれば巨大な敵が一番燃える。


 それらを一方的に俺がぶっ倒すところを実際に見せたのだ。

 安心させるという意味においてはこれ以上のものもあるまい。


 ヤン老師は俺のコトを「師」と仰いでよいか許可を取ってくるし、マスター・ハラルドは拳でもを倒せるようになるのかを俺に問い、その答えを聞いてからちょっと様子がおかしい。

 ターニャさんに至っては恋する乙女モードとかになられるのであればまだしも、一国の王女として真剣に俺を篭絡する必要に駆られているらしくてちょっと怖い。

 自分がその方面では結構なポンコツだという自覚を持っていただきたいものである。


 4日目にはその絶大な信頼を持った三人とともにヴァルタイ丘陵から始まる『大海嘯』に対する具体的な対処――とはいっても俺が一人で薙ぎ払い、可能な限りそれを記録し、国の内外を問わずできるだけ多くの人間に見せるための方策を練った。


 5日目は朝からヴァルタイ丘陵へと移動し、実際に薙ぎ払うだけだ。


 こうなると最終の「やり直し」以前にどれだけ爛れた生活をしているように見えていても、俺がものすごく真摯に『大海嘯』を払うために動いていたとしか見えなくなるのが凄い。


 いや実際にそうだともいえるのだが。


 しかしなんというか、5日間を繰り返しながらただただ強くなっていき、イベントを進めないというのはホント、ゲームの頃から好きなスタイルだったのだ。

 高効率の狩場を見つけたら、そこがそうではなくなるまで育成レベリングを続けてしまうというか……

 貴重な三連休、ずっと同じ場所で狩りレベリングをすることなど苦でもなかったばかりか、それが高効率となれば快感ですらあったもんなあ……


 我ながら狂っている。


 それがとてもゲームなどとは思えぬ臨場感を伴う実戦として魔法を乱打し、短距離跳躍ショート・ジャンプで移動し、空中を『飛翔フライ』の魔法で駆けてできるとなればなおのことだ。


 その上狩りを終えて街に戻れば、とびきり旨い食事と高級娼婦クルティザンヌたちが待っていてくれるのだ。

 そりゃ5日周期の周回など、苦痛どころか愉しみでしかなかった。


 さすがに補助職サポート・ジョブが解放された直後は、1日目ばかりを繰り返して育成レベリングを最優先したりもしたが。

 

 ちなみに『三大陸トライ・カンティネンツ』の敏腕買主バイヤーであるカイン・シーカーの手腕はやはりすさまじいものらしく、伝えたその日のうちにトップ娼館『蜃気楼』の所有者オーナーはカイン氏になっていたらしい。


 つまり真の所有者オーナーはすでに俺だということもできる。


 その事実を告げてくれた際のアリスさんの笑顔と、アリスさんの様子からいろいろ邪推した結果、俺に指名されることを望んでいる売り上げ上位嬢たちの様子がちょっと怖い。

 

 実際アリスさんを軸に日々とっかえひっかえだったわけだが、1日目に戻ると彼女たちの中ではその事実もリセットされているので新鮮は新鮮だった。

 彼女たちにしてみれば、なぜ初手合わせの時点で己の手練手管はもとより、自分でさえ自覚できていなかったような弱点すら、すでに把握されているのかは謎でしかなかっただろうが。


 今はそれすらもリセットされて、俺は迷宮都市ヴァグラムの危機に真摯に立ち向かう忠実なる王女殿下の戦士というわけだ。

 そのでさえ、それを知る者はごく限られているのだが。

 

「ヴァルタイ丘陵のエメリア王国における経済的価値は、今聞いた通りで間違いありませんか?」


 個人的にはわりと久しぶりな感覚である、冒険者ギルドの例の部屋。


 そこで今俺はターニャさんに、ヴァルタイ丘陵のエメリア王国における経済的価値を確認しているところである。


「そうですね。確かに肥沃な土地であり、地下資源も期待できるかもしれませんが禁域指定の魔物領域テリトリーである以上、そこは人の土地ではないですから……」


 人の世界における法においては間違いなくエメリア王国の土地であるにも拘らず、ターニャさんの言うとおり人が触れ得ぬ『禁域』となればそれは存在しないも同然なのだ。

 それどころか周辺を危険に晒す、爆弾であるとさえいえる。


「であれば別に消し飛ばしても問題ないか……」


 理想を言えば魔物モンスターを根絶やしにして、エメリア王国が自由にできる土地にできれば最上なのだろう。

 だが今のところまだ、魔物モンスター再湧出リポップを完全に根絶できる方法を俺は知らない。

 一時的に魔物モンスターを根絶やしにできたとしても、最短で7日前後で再湧出リポップされてしまうのであれば、何の意味もない。


「え?」


 俺の不穏な納得に、ターニャさんが疑問の表情を浮かべている。


「ちなみに『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』に名を連ねる大国で、ヴァルタイ丘陵よりも広い王都を持つ国ってありますか?」


「……流石にありませんね。『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』の盟主国、ラ・シュメール帝国の皇都であっても広さでいえば半分程度です。聖教会の聖都はごく狭いですし」


 だが重ねての俺の問いに答えることを優先してくれている。


「ってことは、いい脅しにはなるな……」


 経済的に有効利用できる手段がまだ具体的に明示できないのであれば、あの破壊こそが最もヴァルタイ丘陵を有効活用できている姿である可能性もあるわけか。


 その気になれば一撃でどんな国の王都でもけし飛ばせる力が存在することの圧倒的な証拠として、墜ちる星を以て大地を穿つというのはその意味を理解した上であれば充分にアリだな。


「あの、さっきから、なにを?」


「ああ。『大海嘯』の解決方法を、考えていたものよりは派手にしようかと思いまして。実際にそれをやるのはターニャさんということになりますので、その内容を今からご説明します」


「……お願いします」


 嘘ばっかり言ってすみません。


 言っている当人がビビッてやり直してみたわけですが、情報を総合するとあのままがいいという結論に達したのです。




 よって明日星墜メテオによってヴァルタイ丘陵は抉れることになります。

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