第049話 魔導器

「以上の状況から、禁域指定魔物領域テリトリー、管理区分αアルファからΛラムダに対して、Bクラス以上のパーティーによる調査を正式任務ミッションとして発令することを提案します」


 『竜殺しドラゴン・スレイヤー』のコスプレを完了させた俺を背後に従える形で、『対策室』へとターニャさんが戻ったタイミング。


 最奥の執務机に座って口の前で手を組んでいるマスター・ハラルドと、その左隣に立って後ろ手を組んでいるヤン老師に対して、冒険者ギルドの職員たちが現時点での最終結論を述べているところらしい。


 しかしマスター・ハラルドとヤン老師の絵面、碇ゲ〇ドウと冬〇先生みたいだな。


 さておき、攻略対象及び監視対象の魔物領域テリトリーから魔物モンスターが消失していることが確定したために、常は『禁域』と指定されている魔物領域テリトリーにまで調査を広げようということらしい。


 魔物領域テリトリーとして確認はされているが、そこに湧出ポップする魔物モンスターがあまりにも強力すぎるため、禁域指定して封鎖していると言ったあたりだろう。

 監視対象からも外していることからも、そこの魔物モンスターに捕捉されれば領域外であっても襲われ、殺されるという危険地帯なわけだ。

 そうでなければ監視くらいは続けそうなものだしな。


 その危険を承知した上での今の結論ということは、もはや現実逃避の域だと言っていいのかもしれない。

 『凪』からの『大海嘯』が起こることを認めたくないばかりに、いつも通り魔物モンスターが存在している魔物領域テリトリーを求めているのだ。


 だがそんなことに貴重な人手と時間を浪費するのは無駄が過ぎる。


 禁域指定された魔物領域テリトリーのみならず、迷宮都市ヴァグラムを中心とした半径百数十㎞圏内の地上には、現在魔物モンスターは一体たりとも存在していないのは確定しているのだから。


 そうした本人が言っているのだから間違いはない。


「その必要はありません」


 打ち合わせでそのことをよく理解してくれているターニャさんが、凜と通る声でその最終提案現実逃避を否定してくれる。


 対策室に集まっているすべての冒険者、ギルド職員たちから一斉に注目を浴びるが、さすが王族というべきかターニャさんにまるで動じる様子はない。

 俺も普通であれば挙動不審に陥キョドりそうなものだが、『竜殺しドラゴン・スレイヤー』としての衣装に身を包み、仮面も被っているのでどうにか平静を維持できている。

 

 というよりもターニャさんの後ろに付き従っているのが一番大きいな。

 戦闘能力とかそういうのとはまた別の意味で、誰かが前に立ってくれているというのはものすごく安心感を与えてくれるのだ。


 そして人間には自分に合った立ち位置というものが。どうやら本当にある。

 能力のあるなしの話ではない。

 前に立って人を引っ張ることによって実力を発揮するタイプもいれば、誰かに前に立ってもらって、その人を支えるためにこそ実力を発揮できるタイプもいるということだ。


 その配置を間違えると、組織にとっても個人にとっても「いやな事件だったね」ということになりかねない。

 まあどうにかこうにかこなして見せる人がほとんどだろうが、とてもじゃないがベスト・パフォーマンスとは言い難いだろう。


 ちなみに俺は自分のタイプを後者だと判断している。

 だからこのシチュエーションでのやる気は充分だ。

 

 ターニャさんと俺を注視している冒険者やギルド職員たちがざわめいている。

 

 この危機的状況において昨日赤竜レッド・ドラゴンを討伐した『竜殺し』がターニャさんに付き従うように現れたこともさることながら、ターニャさん自身がいつもとは違う様子なことも大きいだろう。


 実は着替えたのは俺だけではなく、ターニャさんもいかにも「総督府付き監察官」というお堅い格好から、高貴な者であることを強調することを主眼とした瀟洒なドレスに着替えているのだ。


 監察官として、もしくは騎士職としてターニャさんを認識しているこの場にいる者たちの多くが戸惑うのも当然だと言える。


籠護女かごめ様」


 そのターニャさんが冒険者たちが最も信用している『籠護女かごめ様』の名を呼ぶ。


 それと同時、事前の打ち合わせ通りに張り出された地図など比べ物にならない精巧な地図が空中に大きく表示され、迷宮都市ヴァグラム周辺に魔物モンスターが存在していないことを明らかにする。


「これは『籠護女かごめ様』による周辺領域の完全把握です。この地図に光点が示されていないということは、この範囲に魔物モンスターは今、一体も存在していないことになります」


 ターニャさんの説明に異論をさしはさむ者は誰もいない。


 あるいはこういう形で、皆の前で『籠護女かごめ』の能力が示されたのは初めてのことなのかもしれない。

 それでも魔法としか説明できない空中の表示枠を見れば、ターニャさんが嘘などついていないことを、誰もが納得するしかないのだろう。


「つまり『凪』が起こっていることは間違いありません。よって迷宮都市ヴァグラムにとって二度目の『大海嘯』は必ず発生します。各魔物領域テリトリーの調査は不要。Bクラス以上の冒険者の方々はローテーションを組んで一度目の一斉湧出地点震源地である『ヴァルタイ丘陵』の監視をお願いします」


 そしてターニャさんが具体的な指示を発する。


 だがここは冒険者ギルドであり、監察官とはいえターニャさんに本来指揮権限はない。

 あくまでも指揮権限を保有しているのは、この国から迷宮都市の冒険者ギルドを任されているマスター・ハラルドなのだ。


 だがそれも問題はない。


 マスター・ハラルドにその権限を与えているエメリア王国。

 ターニャさんがその王族の一人であることを、今ここで表明すればいいだけなのだから。


 そしてこのは、エメリア王国内の権力争いという観点から見て、ヤン老師が反対するたぐいのことではない。

 間違いなく歴史に残る偉業をこれから成し遂げる王女が、国内ばかりか世界的な視点でも圧倒的な優位に立つことは間違いないからだ。


「迷宮都市ヴァグラム冒険者ギルド・マスター、ハラルド・ゲオルグ・クラム」


「は!」


 よってどう反応していいかわからないでいる冒険者たちや職員を前に、いかにも高貴な仕草でターニャさんがマスター・ハラルドの名を呼ぶ。

 それと同時、座っていた椅子からマスター・ハラルドが立ち上がり、胸に手を当てる敬礼――おそらくはエメリア王国の正式な作法――をしてから声を発する。


「ヒルシュフルト監察官の本当の御身分は、エメリア王国第三王女。ターニャ・エル・ヒルシュフルト・エメリア殿下であらせられる!」


 背後に控えるヤン老師も同じ仕草を取り、机の前に出て共に膝を屈する。


 誰もが驚愕に支配されながらも、ターニャ王女殿下に対して臣民としての礼を取り、みな同じように跪く。


 だが驚愕や困惑よりも、より大きな期待を誰もが胸に抱いているのは間違いない。

 今このタイミングで身分を隠していた王族が名乗るということは、この未曾有の状況に対処できる自信が、その根拠があるからだと期待するのは当然だろう。


 ――こういう役どころは、生まれが大きく影響するよなあ。


 俺だとこうもにはなるまい。


 正体を隠していたとしても、それを明かした瞬間に誰もが「ああ、なるほど」と納得できる高貴さをその血に宿しているというのはすごいと思う。

 いや、かくあるべしと自らを律してきたからこそ、身に纏える空気なのではあろうが。


 「卵が先か鶏か」ではないが、高貴な血を持って生まれたことに胡坐をかかず、その血に相応しくあらんと努力を積み上げることで「高貴な血ブルー・ブラッド」は「高貴な血」たり得ると思うのだ。


 俺の前ではわりと派手に崩れつつあった、ターニャさんが持つ本来のクール・ビューティーが如何なく発揮されていると言えるだろう。

 こういう時には可愛い系よりも綺麗系の方が、より様になるものである。


「王都へはわたくしの名前でこの状況を報告し、『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』ならびに『聖教会』への救援要請を行っていただきます」


 実際的な効果どうこうではなく、エメリア王国の王家の一人としてこの迷宮都市ヴァグラムを諦めてなどいないということをまず表明するターニャさん。


 まずは逃げない、ということを明確にすることは重要だ。


「監視任務に就かない冒険者の方々は、近隣の村落へ可及的速やかに迷宮都市ここへの避難を行うように伝令をお願いします」


 そして周辺の国民たちも見捨てないことを続いて表明する。

 そのために、冒険者たちへの協力を要請すると。


 いちいち口に出しては言わないが、王家の名を以てそれにかかる費用などは保証するということでもある。


 トップが諦めていないだけではなく、具体的なビジョンも持ち合わせていれば、そうそう組織は崩壊しない。

 危機的状況であればあるほど、トップの在り方こそが重要なのだ。


「『大海嘯』は、エメリア王家に伝わる『魔導器』を以て対処します」


 そして止めの一言。


 窮地に現れた王女殿下ターニャさんには『大海嘯』をどうにかできる自身と根拠があり、そのことを明確に宣言する。


 そしてこれは、昨日までであれば期待や安心よりも、猜疑の方が勝っていた可能性が高い。

 だが昨日、規模こそ違えどこの迷宮都市にとっての危機的状況を鮮やかに解決した実績はすでにあり、その象徴が今も黙してターニャさんの背後に立っているのだ。


 つまり俺である。


がその『魔導器』です。エメリア王国建国王以来、わたくしが初めて扱うことが可能となった『神器級魔導兵装アーティファクト・マギカウェポン』。その実力は昨日の『竜殺しドラゴン・スレイヤー』によって皆も知るところでしょう。私はこの『魔導器』の力を以て、『大海嘯』を退けます!」


 追い詰められていた冒険者やギルド職員たちから、爆発的な歓声が沸き起こる。

 これで見事『大海嘯』を退ければ、ターニャ王女のエメリア国内における人気は不動のものとなるだろう。


 よし、計画通り。


 とはいえ『魔導器』のくだりはもちろん嘘である。

 

 『魔導器』の中の人として俺はいるし、ターニャさんにそんな秘められていた王家の力が解放されたなどというイベントは起こっていない。


 だが王家とはこういう期待をされるものだし、危機的状況に対して期待に応えられた王族の人気が凄まじいことになるのは当然だ。


 となれば「強力な手下を従えている」というよりも、「本人がとんでもない力を目覚めさせた」という方が、ターニャさんにとっても俺にとっても立ち回りやすい。


 妙な駆け引きを『竜殺し』に対して仕掛けられることもなくなるだろうという判断から、急遽茶番のシナリオを変更したのだ。


 俺もこういう展開は好きな方だしな。


 ターニャさんには『救国の王女』を演じてもらう。


 迷宮都市やその周辺村落はこれで落ち着いて行動してくれるだろうし、後は俺が『大海嘯』や、過去にそれを人為的に起こしていたであろう存在に対処できるだけの力を身につければいいだけだ。


 よってこの後、俺は念願の『黒魔導士』の育成レベリングに入ることとする。

 

 広域殲滅系と言えば、『黒魔法』の独壇場なはずだ。

 『格闘士:Lv50』で身に付いた武技も広域殲滅系だったし、期待してもいいはずである。


 それに迷宮ダンジョンとは深く潜れば潜るほど、強い魔物モンスター湧出ポップしているものなのだ。


 この世界において、現状迷宮ダンジョンよりも魔物領域テリトリー魔物モンスターの方が強いと認識されているのは、今の人の戦闘能力ではせいぜい迷宮ダンジョンの一桁階層を攻略するのが精いっぱいなために他ならない。


 よって俺は成長限界レベル・キャップに至るか相当育成の効率が落ちない限り、これから限界あきるまで育成レベリングを行う予定である。


 なあに魔物モンスターが枯れても『時間遡行』を行えば、俺のレベルはそのままにその24時間のうちに狩った魔物モンスターはすべて復活するはずだ。

 

 『大海嘯』発生までに3日もあれば、俺にとっては十分すぎる。


 ついでに調べられる限りの情報についても、いい機会だから集めておくことにしよう。


 まず間違いなく『大海嘯』への対処へは、リィンも絡んでくるのだろうから。

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