第049話 魔導器
「以上の状況から、禁域指定
『
最奥の執務机に座って口の前で手を組んでいるマスター・ハラルドと、その左隣に立って後ろ手を組んでいるヤン老師に対して、冒険者ギルドの職員たちが現時点での最終結論を述べているところらしい。
しかしマスター・ハラルドとヤン老師の絵面、碇ゲ〇ドウと冬〇先生みたいだな。
さておき、攻略対象及び監視対象の
監視対象からも外していることからも、そこの
そうでなければ監視くらいは続けそうなものだしな。
その危険を承知した上での今の結論ということは、もはや現実逃避の域だと言っていいのかもしれない。
『凪』からの『大海嘯』が起こることを認めたくないばかりに、いつも通り
だがそんなことに貴重な人手と時間を浪費するのは無駄が過ぎる。
禁域指定された
そうした本人が言っているのだから間違いはない。
「その必要はありません」
打ち合わせでそのことをよく理解してくれているターニャさんが、凜と通る声でその
対策室に集まっているすべての冒険者、ギルド職員たちから一斉に注目を浴びるが、さすが王族というべきかターニャさんにまるで動じる様子はない。
俺も普通であれば
というよりもターニャさんの後ろに付き従っているのが一番大きいな。
戦闘能力とかそういうのとはまた別の意味で、誰かが前に立ってくれているというのはものすごく安心感を与えてくれるのだ。
そして人間には自分に合った立ち位置というものが。どうやら本当にある。
能力のあるなしの話ではない。
前に立って人を引っ張ることによって実力を発揮するタイプもいれば、誰かに前に立ってもらって、その人を支えるためにこそ実力を発揮できるタイプもいるということだ。
その配置を間違えると、組織にとっても個人にとっても「いやな事件だったね」ということになりかねない。
まあどうにかこうにかこなして見せる人がほとんどだろうが、とてもじゃないがベスト・パフォーマンスとは言い難いだろう。
ちなみに俺は自分のタイプを後者だと判断している。
だからこのシチュエーションでのやる気は充分だ。
ターニャさんと俺を注視している冒険者やギルド職員たちがざわめいている。
この危機的状況において昨日
実は着替えたのは俺だけではなく、ターニャさんもいかにも「総督府付き監察官」というお堅い格好から、高貴な者であることを強調することを主眼とした瀟洒なドレスに着替えているのだ。
監察官として、もしくは騎士職としてターニャさんを認識しているこの場にいる者たちの多くが戸惑うのも当然だと言える。
「
そのターニャさんが冒険者たちが最も信用している『
それと同時、事前の打ち合わせ通りに張り出された地図など比べ物にならない精巧な地図が空中に大きく表示され、迷宮都市ヴァグラム周辺に
「これは『
ターニャさんの説明に異論をさしはさむ者は誰もいない。
あるいはこういう形で、皆の前で『
それでも魔法としか説明できない空中の表示枠を見れば、ターニャさんが嘘などついていないことを、誰もが納得するしかないのだろう。
「つまり『凪』が起こっていることは間違いありません。よって迷宮都市ヴァグラムにとって二度目の『大海嘯』は必ず発生します。各
そしてターニャさんが具体的な指示を発する。
だがここは冒険者ギルドであり、監察官とはいえターニャさんに本来指揮権限はない。
あくまでも指揮権限を保有しているのは、この国から迷宮都市の冒険者ギルドを任されているマスター・ハラルドなのだ。
だがそれも問題はない。
マスター・ハラルドにその権限を与えているエメリア王国。
ターニャさんがその王族の一人であることを、今ここで表明すればいいだけなのだから。
そしてこの
間違いなく歴史に残る偉業をこれから成し遂げる王女が、国内ばかりか世界的な視点でも圧倒的な優位に立つことは間違いないからだ。
「迷宮都市ヴァグラム冒険者ギルド・マスター、ハラルド・ゲオルグ・クラム」
「は!」
よってどう反応していいかわからないでいる冒険者たちや職員を前に、いかにも高貴な仕草でターニャさんがマスター・ハラルドの名を呼ぶ。
それと同時、座っていた椅子からマスター・ハラルドが立ち上がり、胸に手を当てる敬礼――おそらくはエメリア王国の正式な作法――をしてから声を発する。
「ヒルシュフルト監察官の本当の御身分は、エメリア王国第三王女。ターニャ・エル・ヒルシュフルト・エメリア殿下であらせられる!」
背後に控えるヤン老師も同じ仕草を取り、机の前に出て共に膝を屈する。
誰もが驚愕に支配されながらも、ターニャ王女殿下に対して臣民としての礼を取り、みな同じように跪く。
だが驚愕や困惑よりも、より大きな期待を誰もが胸に抱いているのは間違いない。
今このタイミングで身分を隠していた王族が名乗るということは、この未曾有の状況に対処できる自信が、その根拠があるからだと期待するのは当然だろう。
――こういう役どころは、生まれが大きく影響するよなあ。
俺だとこうも
正体を隠していたとしても、それを明かした瞬間に誰もが「ああ、なるほど」と納得できる高貴さをその血に宿しているというのはすごいと思う。
いや、かくあるべしと自らを律してきたからこそ、身に纏える空気なのではあろうが。
「卵が先か鶏か」ではないが、高貴な血を持って生まれたことに胡坐をかかず、その血に相応しくあらんと努力を積み上げることで「
俺の前ではわりと派手に崩れつつあった、ターニャさんが持つ本来のクール・ビューティーが如何なく発揮されていると言えるだろう。
こういう時には可愛い系よりも綺麗系の方が、より様になるものである。
「王都へは
実際的な効果どうこうではなく、エメリア王国の王家の一人としてこの迷宮都市ヴァグラムを諦めてなどいないということをまず表明するターニャさん。
まずは逃げない、ということを明確にすることは重要だ。
「監視任務に就かない冒険者の方々は、近隣の村落へ可及的速やかに
そして周辺の国民たちも見捨てないことを続いて表明する。
そのために、冒険者たちへの協力を要請すると。
いちいち口に出しては言わないが、王家の名を以てそれにかかる費用などは保証するということでもある。
トップが諦めていないだけではなく、具体的なビジョンも持ち合わせていれば、そうそう組織は崩壊しない。
危機的状況であればあるほど、トップの在り方こそが重要なのだ。
「『大海嘯』は、エメリア王家に伝わる『魔導器』を以て対処します」
そして止めの一言。
窮地に現れた
そしてこれは、昨日までであれば期待や安心よりも、猜疑の方が勝っていた可能性が高い。
だが昨日、規模こそ違えどこの迷宮都市にとっての危機的状況を鮮やかに解決した実績はすでにあり、その象徴が今も黙してターニャさんの背後に立っているのだ。
つまり俺である。
「
追い詰められていた冒険者やギルド職員たちから、爆発的な歓声が沸き起こる。
これで見事『大海嘯』を退ければ、ターニャ王女のエメリア国内における人気は不動のものとなるだろう。
よし、計画通り。
とはいえ『魔導器』のくだりはもちろん嘘である。
『魔導器』の中の人として俺はいるし、ターニャさんにそんな秘められていた王家の力が解放されたなどというイベントは起こっていない。
だが王家とはこういう期待をされるものだし、危機的状況に対して期待に応えられた王族の人気が凄まじいことになるのは当然だ。
となれば「強力な手下を従えている」というよりも、「本人がとんでもない力を目覚めさせた」という方が、ターニャさんにとっても俺にとっても立ち回りやすい。
妙な駆け引きを『
俺もこういう展開は好きな方だしな。
ターニャさんには『救国の王女』を演じてもらう。
迷宮都市やその周辺村落はこれで落ち着いて行動してくれるだろうし、後は俺が『大海嘯』や、過去にそれを人為的に起こしていたであろう存在に対処できるだけの力を身につければいいだけだ。
よってこの後、俺は念願の『黒魔導士』の
広域殲滅系と言えば、『黒魔法』の独壇場なはずだ。
『格闘士:Lv50』で身に付いた武技も広域殲滅系だったし、期待してもいいはずである。
それに
この世界において、現状
よって俺は
なあに
『大海嘯』発生までに3日もあれば、俺にとっては十分すぎる。
ついでに調べられる限りの情報についても、いい機会だから集めておくことにしよう。
まず間違いなく『大海嘯』への対処へは、リィンも絡んでくるのだろうから。
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