第047話 異変

 育成レベリングに数百年という時間をかけた結果がどれほどまでのものに至っているのか、さすがにちょっと想像がつかない。


 それこそ雑魚魔物モンスターの代表格であろう『牙鼠』や『角兎』のみを狩り続けていたと仮定しても、システム的に『練習相手にもならない』とでもならない限り、数さえ狩ればいくらでもレベルは上げられるということになる。


 アリ〇ハンの周辺でレベル99まで上げるようなモノか。


 いや『勇者がいない』この世界において、地上の魔物領域テリトリーはもちろん迷宮ダンジョン遺跡レリクスのほとんどには人の手が及んでおらず、狩るべき魔物モンスターなどいくらでも余っている。

 いわゆる『狩場』は常にガラガラであり、最高効率の場所を独占して再湧出リポップするごとに狩り尽くしていても誰も問題視したりはしないし、表沙汰になることもない。


 なにも最弱魔物モンスター限定で育成レベリングする必要など、どこにもないのだ。


 とはいえ初期こそは楽しいのかもしれないが、そんな行為を現実で数百年繰り返し続けるとなれば正気の沙汰ではあるまい。

 どれだけ強さを積み上げても『勇者様』――プレイヤーを失ったこの世界において、その力をぶつける先――イベントやシナリオが発生するとも思えない。


 いわゆる「そんなに強くなってなに狩るの?w」現象である。


 が本当にゲームが現実化したような世界であるとすれば、恐ろしいのはだ。

 プレイヤーによってイベントが進められない限り、世界そのものが永遠の停滞に囚われたままになってしまうという「ゲームであれば」当たり前の現象。


 それこそサービス開始時から言えば数千年の時をけみしていても、進んだシナリオの範囲内でしか世界は変化しない。

 倒されない魔王は君臨したままであり、明日にも陥落しそうな前線の城塞都市も「落城前夜」を無限に繰り返す。

 現実化していることによりある程度の整合性――N.P.Cの世代交代など――は取られているのかもしれないが、基本的にはそういう呪いにも似た「不変」に支配されているはずだ。


 そんな世界で数百年間、勇者プレイヤー無きままに育成レベリングを続けていたN.P.Cパーティー・メンバー

 最近見かける「放置している間も強くなる」系だとしても、二度と再びプレイヤーがログインしてこないとなれば、もはやそれはホラーに属する世界でしかない。


 そんなやつらがいるところへ、へらへらと「新しい勇者プレイヤーです」などと言いつつ俺が現れたら、どんな反応を示されるのかなどまったく予測がつかない。

 新たな「世界を先に進める存在もの」として受け入れてくれるのであれば問題ないが、ニセモノだの成り代わりだのと「敵認定」でもされたらたまったものではない。


 本当に『勇者様プレイヤー』が消えてからの数百年間、放置されながらも育成レベリングを続けてきたのであれば、その思い入れも尋常なモノではないだろうしなあ……


 敵認定のそうなる可能性を否定しきれない以上、俺は自身の育成レベリングと並行して、俺にとっての『勇者の仲間プレイヤー・パーティー』たちも強化する必要があるわけだ。

 数百年繰り返された育成レベリングの果てに至っている強さがどれほどかはわからないが、いかにプレイヤーが強くともそれに準ずる存在に数で来られたらさすがに勝てまい。

 となればこちらもを揃えるのが一番手っ取り早い。

 

 ある意味においては成長限界レベル・キャップが低い――例えばレベル100で頭打ちになってくれていることを祈るべきなのだろうが、プレイヤーである俺がその成長限界レベル・キャップを突破する方法を見つけ出さない限り、数の前には屈するという事実に変わりはないしな。


 まあ俺は『時間停止』と『時間遡行』という二つの不正行為チート能力を持っているからなんとでもなる気もするが、できることはやっておくにしくはない。


 システム上、『俺の仲間プレイヤー・パーティー』として育成レベリングしたN.P.Cが俺に敵対することは不可能だし、超常の力を身につければ身につけるほど、その力を失わないためにこそ俺の味方になってくれるはずだ。


 それは今、迷宮ダンジョンの第三階層でレベルが2に上がって年甲斐もなくはしゃぎ倒しているご老体お二方――マスター・ハラルドとヤン老師を見ていれば確信できる。


 自身も『騎士:Lv2』になっているにもかかわらず、俺の隣で大人しくしてくれているターニャさんの方が変わっているというべきなのだろう。


 あの後、御三方には育成レベリングまでの実験に付き合ってもらうことにしたのだ。


 俺専属の受付嬢に任命され、俺に『冒険者』としてのレクチャーをする予定であったティファ嬢。

 彼女はその俺がギルドマスターであるハラルドさんと、エメリア王国総督府の重要人物であるターニャさん――ヒルシュフルト監察官とヤン老師を伴って迷宮ダンジョンへ潜ると聞いて目が点になって口が開いていた。


 昨日のうちに渡されていたのであろう、俺とパーティーを組む候補者リストを頭に入れていたら、組織の上層部トップたち新人冒険者ルーキーがパーティーを組んで迷宮ダンジョンに潜るとなったらそういう表情にもなるのだろう。


 マスター・ハラルドが「見込みのある新人ルーキーなので、我々の目でその実力を見ておきたい」云々の言い訳を用意してくれてはいたが、どこまで通じているやら甚だ心許ない。


 まだ会ったばかりでそのひととなりを詳しくわかっていない俺でさえ、ご老体二人がめちゃくちゃうきうきしているのは一目瞭然だったのだ。

 付き合いの長い冒険者ギルドに所属する連中からすれば、尋常ならざる事態であることは明白だろう。


 まあ昨日の赤竜レッド・ドラゴン討伐以降、非日常感は振り切れているだろうし、冒険者としての俺の方もある程度目立ってしまうのは許容するしかない。

 『竜殺しドラゴン・スレイヤー』としても動ける状況が出来上がっているだけで良しとするべきか。


 というわけで、迷宮ダンジョン第三階層程度では確かに地上の魔物モンスターよりも弱い――レベル2から3あたりの小型魔物モンスターを相手に無双しているマスター・ハラルドとヤン老師を、ターニャさんと少し離れた位置から眺めている状況である。


 さすがに熟練の古兵ふるつわものがレベル1から2に成長レベル・アップしたことで、その戦闘能力が攻略の及んでいる階層の魔物モンスター相手に後れを取る可能性は皆無に見える。


 まあ低レベルの頃の方が、ステータスのが及ぼす影響が大きいのは確かだ。


 それに前衛のマスター・ハラルドが削り、後衛のヤン老師が魔法で止めを刺すスタイルであれば、レベル5程度までの小型魔物モンスターが相手であれば二人組ツー・マンセルでも危なげは感じない。


 ご本人たちにしてみれば、6人フル・パーティーで一日一体斃せれば御の字であった第三階層の魔物モンスターを、二人で連続して狩れることが楽しくてしょうがないというのも理解できる。


 それに後衛のヤン老師は実感できる機会はそうそうないだろうが――前衛であるマスター・ハラルドにしてみれば、従来であれば一撃受ければお終いであった魔物モンスターの攻撃を、ある程度喰らっても無傷ならしめる『H.P』の恩恵は絶大だ。


 どうやら自身でH.Pの数値は把握できないらしいが、それでも1撃や2撃喰らった程度で0にはならない。

 それまではマスター・ハラルドの今までの感覚で言うのであれば、「無敵」状態を維持できるということに他ならない。


 言われてみればH.Pとは、確かにそういう代物である。

 残りがたった1であってもなんの問題もなく自在に行動することが可能なのだから。

 ゲームによっては赤点滅している時だけ使用可能な『超必殺技』が在ったりもするしな。


 とにかく攻撃を喰らいながらも相手を薙ぎ倒すという、いわば脳筋にとってはたまらない戦闘が可能となれば、今までに感じたことの無い万能感に満たされるというのはすごくわかる。

 戦闘中に哄笑をあげてしまうのも、むべなるかなというものだ。


 その様子を見たターニャさんはどんびきしておられるが。

 呵々大笑しながら魔物モンスターを狩った経験がある俺にはマスター・ハラルドを笑うことはできない。


 その戦闘能力が俺によって仲間と看做されている間限定だと理解してもらえれば裏切ることもないだろうし、育成に余念もなくなることはまず疑いえない。


 そんなはしゃいでいる二人をすでにレベルが50を超えている俺が邪魔するのも無粋なので、引いているターニャさんと眺めているというわけである。


 今の戦闘が終わったら、しばらくH.P、M.Pを回復させる必要があることをマスター・ハラルドとヤン老師に告げる。

 ヤン老師はヤン老師で、そうやってしばらく休めば従来は一日に数発しか撃てなかった「魔法」をいくらでも放てることが楽しくてしょうがないらしい。


 よって素直に従ってくれる。

 しかし改めてこうして客観視すると、プレイヤーの仲間というのは通常のN.P.Cと比べれば破格の存在ではあるよなあ……


「ところでターニャさん。現代最強の冒険者や封印騎士シールズと言えば、有名どころっているんですか?」


 とはいえウッキウキで魔物モンスターを蹂躙するおじいちゃん二人を眺めていてもそう心楽しいものではないので、暇な時間を有効利用するべく気になっていることをターニャさんに尋ねてみる。


「ええ、各迷宮都市を代表する冒険者や封印騎士シールズの方々は数多くおられます。通り名エリアス持ちの方々がマサオミ様の言われる「有名どころ」になるかと」


「……なるほど」


 ターニャさんも俺と同じだったのか、これ幸いとばかりに会話にのってきてくれた。


 王族であるターニャさんであればその手の情報も詳しいだろうしありがたいのだが、そういう「普通」の範疇にある有名人には現時点では興味はない。


「冒険者ギルドや迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブが裏を取れていない――眉唾物の話でよろしければ、まさに伝説級の噂話などもあるにはありますけれど……」


「! 例えば?」


 俺の反応から察してくれたものか、「普通」から逸脱した与太話のたぐいでよければ、という方向へ舵を切ってくれた。


 ありがたい、そういう俺の「同類」である可能性のある話をこそ聞きたいのだ。


「一番有名なのは『聖教会』に属する『6人の御使い』とか『六大天』、『六芒星ヘキサグラム』などと呼ばれている存在ですね。大聖堂地下に眠るといわれている『聖女様』を守護し、世界の危機にはその力を以ってドラゴンすら倒すと言われています。ただの御伽噺だと思っていたのですが……」


 ……いきなりビンゴくせぇ。


 『勇者様』とともに迷宮ダンジョンの奥深くに消えたのが1stパーティーだとすれば、その御使い様たちが実在するのであれば2ndか3rdパーティーである可能性が高い。


 なるほど宗教系のフィルターが掛かっていれば、御使いだとか天使だとかでなんとなく説明はついてしまうモノなのかもしれないな。

 というかそういう存在があるからこそ、『聖教会』が『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』と互角以上に渡りあえていると考えた方が自然だ。


 なんか【39】の中の人が言っていた文言と重なる「聖女様」とやらもいるらしいし、『勇者様』はどうやら『聖教会』とえにしが深い存在だったのだろう。

 まあ『勇者』と言えばそういうものだと言われれば、確かにそうなのだろうが。


 それに俺という存在が実際に赤竜レッド・ドラゴンを斃している以上、そういう存在が実在しても不思議はないと思えるようになったという、ターニャさんの言葉ももっともだ。


「あとはエルフや亜人デミ・ヒューマン獣人セリアン・スロープの中には『大魔導期エラ・グランマギカ』当時の力を失わず、勇者様の言葉に従って人知れず世界を守護している者たちがいるとも言われていますね」


 なるほどそっちが3rdパーティーのメンバーといったところかな。

 レベルやH.Pを持っていなかったリィンはそのうちの一人というわけではないのだろうが、勇者様について詳しそうだったことからも完全に無関係ということはあるまい。

 

 それに『勇者様』が現役であった頃をさして『大魔導期エラ・グランマギカ』と呼ばれているわけだ。


 そこの頃は今よりももっと、人という種が世界に覇を唱えていたのだろう。

 まだ二日目とはいえ、そっち方面の情報も本格的に調べるのを急いだほうがいいかもしれないな。


 エメリア王国の王族であるターニャさんの存在は、それを知るのにはかなりありがたいと言えばありがたいわけだし。

 王都の王立図書館あたりに案内してもらえるとホント助かる。

 今後開催予定の夜会とやらで、『聖教会』方面にコネがある知り合いもできればいいのだが。


 少なくとも『御使い』たちと『聖女様』については早急に調べるべきだろう。


「そんな話がありながら、エルフや亜人デミ・ヒューマン獣人セリアン・スロープたちが人から蔑まれているのはなぜなのでしょう?」


 だが当然そんな疑問もわく。


 どんな理由があれば『勇者様の仲間』であり、今もってなお人の世界を護ってくれている者たちの生まれた種族をうとみ、さげすむことになるのだろう。


 普通に考えれば人という種がとんでもない「恩知らず」にしか思えないわけだが。


「それは……エルフ、たちが勇者様の言葉に従わず、『大魔導期エラ・グランマギカ』を終わらせたからだ、と教わっています」


 なるほど。


 一瞬詰まったのは、ターニャさん一国の王族であってさえ「エルフども」といってしまうのがごく普通ということなのだろう。

 リィンの知っている歴史と、ターニャさんが教えられた歴史、そのどちらが正しいのかはおくとしても相当の乖離があることだけは間違いないな。


 ターニャさんにしてみれば、教えられた知識を疑問など持つことなくは信じていたのだろうが、『籠護女かごめ』の中の人がエルフであることを知ってしまったので揺らいでいる部分もあるのだろう。


 それに俺がエルフや亜人デミ・ヒューマン獣人セリアン・スロープに対する人の認識に対して懐疑的であることも今の会話から察しておられる御様子。

 そこはさすが王族というべきなのか、俺の不興を買いかねない発言は急けようという判断が働いているらしい。


「ってことは世界を護っているエルフたちは、扱いってことなんですかね?」


「それは……当然の贖罪とみなしている者が多い、かと……」


 へー。


 リィンと先に出逢っているせいもあるのだろうが、どうも人が恩知らずのように思えてしまうな。

 

 これはこの後ターニャさんからその辺のことを詳しく聞いた上で、今夜にでも『籠護女かごめ』の中の人が「囚われている」という第100階層まで行くべきかもしれない。

 『時間停止』の連続発動をすればそう難しいことではないし、早急にどれか一ジョブであってもレベル3桁以上にはしておくべきだろうから、悪くない判断な気がする。


 あとは17名を早急に選出して、可能な限り育成に励んでもらうべきだろう。

 状況次第では突出したレベルを持つ俺による、パワーレベリングも視野に入れるべきかもしれないし。


 それでもなんとか1stパーティーについては、共にレベルアップしてゆく普通のパーティーを堅持したいところではあるのだが。


 プレイヤー・パーティーの一員としての特権で休憩によるH.PとM.Pを全快させたマスター・ハラルドとヤン老師にそのことを告げ、どのタイミングで夢中になっているご老体二人に切り上げていただくか考えていたら、急に目の前に表示枠が浮かび上がった。


 これはクロの仕業ではなく、【39】によるものだ。

 よって見えているのは俺だけではなく、ターニャさん、マスター・ハラルド、ヤン老師も含まれている。


 もっとも迷宮ダンジョン内でもそんなことが可能であることは知らなかったらしく、三人とも相当に驚いている様子だが。


 そんなことはお構いないに、【39】が必要だと判断した報告を行ってくれる。


『昨日の報告を受けて正式任務ミッションとして発令していた調査が完了いたしました。攻略可能な魔物領域テリトリーだけではなく、調査限定の魔物領域テリトリーもすべて魔物モンスターが存在していないことが確認されました』


 それを聞いたマスター・ハラルドとヤン老師、ターニャさんが硬直している。


魔物領域テリトリーになんらかの異変が発生しているのは確実です』


 ああ、なるほど。


 迷宮ダンジョンか最寄りの魔物領域テリトリーで実験継続をお願いした際、マスター・ハラルドが迷宮ダンジョン一択だったのはそういう正式任務ミッションが発令されていたからなのか。

 

 迷宮ダンジョンの方が成長レベル・アップしても深く潜っていけばいいだけだから確かになと思っていたが、よく考えれば自身が成長レベル・アップすることをあの時点では知らなかったマスター・ハラルドがそんな判断をできたはずもない。


 そして三人の表情から察するに、観測可能な魔物領域テリトリーすべてから魔物モンスターが姿を消すというのは、なかなかに深刻な事態であるのは確実らしい。


「……魔物モンスター再湧出リポップサイクルってわかります?」


 俺の質問に、ターニャさんも、マスター・ハラルドも、ヤン老師も応えてはくれない。


 そりゃ1パーティー6人で1日1体の魔物モンスターを狩るのがせいぜいな状況で、そんなサイクルを正確に掌握できるはずもない。

 魔物モンスターがなぜか尽きぬことは理解できてはいても、『再湧出リポップ』という概念すら持っていない可能性の方が高いくらいだ。


『それぞれの魔物領域テリトリー外在魔力アウター・マギカ濃度にもよりますが、通常個体であれば7日前後。大型以上になれば一月ひとつきから一年以上まで幅があります』


 しれっと答えてくれたのは【39】


 ということはつまり、この異変の犯人はどう考えても俺である。


 【39】の情報通りであれば、少なくともあと5日ほど迷宮ダンジョン以外に魔物モンスターはただの一体も再湧出リポップしないということになる。




なにかそれが拙い事態を引き起こすのだろうか。

 冒険者のみなさんの稼ぎがなくなるという程度であれば、補填させていただく所存ですが……




 どうもそんな程度ではなさそうな空気である。

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