第045話 新人冒険者?

「こちらにおいでください」


 と、かなり緊張した様子で言われるので素直についていくと、そのまま昨日と同じ部屋へと通された。

 担当受付嬢になったとはいえそれは実務限定ということらしく、ティファ嬢は幹部専用の室内までは入ってこなかった。


 えらく緊張していたように見えたけど、上からどんな風に俺のことを聞かされているんだかな。


「おはようございます」


 部屋へはいるとターニャさん、マスター・ハラルド、ヤン老師の三人はすでに揃っておられる。


 俺が無難な挨拶をすると、それぞれかなり丁寧にあいさつを返してくれた。


 冒険者ギルドの始業時間が何時なのかは知らないが、24時間営業の場合も十分考えられるんだよな。

 昼攻略組とか、夜攻略組とか普通にありそうだし。


 ティファ嬢と同じく、御三方も何時から俺が来るのを待っていてくれたのだろうか。

 しかしこうしてみると、上書きオーバー・ライト前の俺の所業の屑さが一層際立つな。


 人を待たせておいて、娼館に「居続け」である。

 『蜃気楼』の使いから「俺は娼館で過ごすから今日は来ません」という知らせを受けた際のターニャさんやマスター・ハラルド、ヤン老師の表情をちょっと見てみたくもある。


 さぞやあきれ果てていたことだろう。


「さて、に今日はこの迷宮都市ヴァグラムで冒険者として活動するための基本的なレクチャーを受けに来たわけですが」


 なのでわりと言わんでいいことをわざわざ言葉にしてしまう。

 実際に俺は今ここへきているのだから、なんだってそれを強調するんだという感想しか出ないだろう。


 今現在なかったことになって言っている時間で、一度俺がすっぽかしているという後ろめたさを理解してくれというのは無理な話だ。


「その前に、昨夜の会合でなにか決まったことってあります?」


 とりあえず昨夜『時間停止』中に確認にもいった会合で、なにが話されなにが決定されたのかを確認しておく。

 枝葉まで事細かに問うつもりもないが、俺が動かなければならない事柄もいくつかは決まっていても不思議ではないからな。


「……一度ターニャ王女殿下の『竜殺しドラゴン・スレイヤー』殿との夜会を用意するということになりました。出席をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 案の定である。


 一方で俺が会合のあったことを知っていることついては、さほど驚きはないようだ。

 『聖教会』が背後にいる娼館に行っていたのだから、そこである程度情報を仕入れていることは織り込み済みなのだろう。


「ダンスとかは無理ですけど、それでもよければ」


「ありがとうございます。詳細は確定次第お知らせいたします」


 ヤン老師がわりといいにくそうにしている内容も理解できる。


 とんでもない切り札が本当に手札にあるというのであれば、それを証明してみせろとなるのは当然の流れだし、その場で『竜殺しドラゴン・スレイヤー』がターニャ王女殿下に従うのだということを内外に示すのは意味がある。


 俺がごねなくて一安心といったところだろう。

 いやホントにマナーなんかは全然なので、その辺のフォローはお願いしますよ。

 

 あの仮面付けたままで夜会に出るというのは、ちょっとシュールで愉しみではあるけども。


「では俺からも報告が一つ。娼館『蜃気楼』はこっちにつくそうです。条件は『蜃気楼』に所属する者全員の安全と生活の保障」


 ターニャさんサイドからはそれ以上の報告はなさそうなので、こちらで動いた件を報告しておく。


赤竜レッド・ドラゴンの対価はそのための費用に充ててください。足りなければいってくだされば必要なだけ用意します。あと冒険者ギルドや『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』が表立って動くと露骨すぎるでしょうから、『蜃気楼』の買収は商会『三大陸トライ・カンティネンツ』経由で進めてください。この地域一帯の責任者とか言っていましたから、『買人バイヤー』カイン・シーカーに俺の名前を出せば全面的に協力してくれるはずです。それに完全買収じゃなくても、資本介入できれば当面はそれでいいでしょう」


「……承知致しました」


 さすがに三人とも驚愕を隠しきれてはいないが、どうやってだの、いつのまにだの、無駄な質問が飛んでこないのはありがたい。

 『籠護女かごめ様』すらも支配下に置くような存在であれば、なんでもありだと割り切ってくれているのだろう。


「あと今夜からの宿をどこか手配お願いします。高級過ぎず、新人冒険者ルーキーが家を確保するまでの間の定宿としても疑問を持たれないようなあたりで」


「お任せください」


 これで俺からお願いすることは当面ないかな。


 連日娼館通いというわけにもいくまいし、しばらくの間はその宿を軸に動くことになるので、料理がおいしいところだとありがたい。

 昨日は自分で探したいみたいなことを言ったものの、思いのほか宿の数が多かったので頼った方がはやいと思いなおしたのだ。


「冒険者としてのレクチャーとのことですが、具体的なことは専属受付嬢であるティファ嬢から受けていただくことになります」


 続いてマスター・ハラルドが己の職責に関わる部分の説明をしてくれる。

 となればこの後はこの部屋から出て、ティファ嬢の説明を聞けばいいということなのかな。


「その前にマサオミ殿のパーティーをどうするかという話になるのですが……」


「パーティー?」


「え、ええ、はい」


 うかつにも予測していなかった言葉が出たので、オウム返しをしてしまった。

 ターニャさんが少々の狼狽を見せながらも応えてくれる。


「……単独ソロ迷宮ダンジョンへ潜るのは……ダメですか」


「マサオミ殿であればダメではございますまいが……」


 言いにくそうなヤン老師。


 あー。


 そりゃそうか、成長レベル・アップができないのがこの世界の冒険者たちなのだ。

ごく浅い階層であってもパーティーで挑むことなど大前提で、単独ソロ迷宮ダンジョンに挑むなど自殺行為でしかないわけだ。


新人冒険者ルーキーらしく、とのご希望だと判断しておりましたので、今期王立学院を卒業したばかりの有望株を見繕っておいたのですが……」


 普通の、ちょっと優れた程度の新人冒険者ルーキーとして活動をするのであれば、パーティーを組むのは至極当然で、そうしなければめちゃくちゃ目立つ。

 単独ソロでとっとと攻略して籠護女かごめの中の人を「助けに」行こうかとも思っていたが、そんなことをやらかすのは普通の冒険者じゃないわな。


 現代の迷宮ダンジョン最深攻略階層が、まだ一桁である可能性も充分にあり得るのだ。


 もしもそんな離れ業をしれっとこなせる新人がこのタイミングで顕れたとなれば、そいつが『竜殺しドラゴン・スレイヤー』の中の人だと秒でバレることになるのも当然だろう。


 わざわざ非実在英雄を生み出した意味がまるでなくなる。


 うわあ、めんどくせえ!

 基本的に俺は単独ソロ攻略派なんだよ。


 確かに古き良きM.M.Oではそんなことは不可能だったが、昨今はそうでもないのに。

 だいたい俺がハマったM.M.Oを引退するのは、アイテムにつられてお空L.Sとかに入ってしまい、人間関係にうんざりすることが理由だったりするんだよなあ……


「…………わかりました。ただちょっと実験しておいていいですか?」


 いや人間関係はどうとでもなる。

 俺の方が圧倒的優位にある状況で構築する人間関係は、否応なく俺にとって優しく都合のいいものになるのは自明なのだ。


 そうそうもめたり、、ギスったりすることにもなるまい。

 

 だがそれとは別に、パーティーを組むとなれば確認しておかなければならないことがある。


 俺はこの世界にとって「外側の者プレイヤー」なのだ。


 ただ数人で群れて迷宮ダンジョンへ潜るというだけではなく、まず間違いなくシステムとしてパーティー認定される。


「実験ですか?」


「ええ」


 不思議そうに確認するターニャさんに対して、俺は重々しく頷く。


 プレイヤーが自分のパーティーに選んだN.P.Cは普通、プレイヤーと共に成長レベル・アップする。

 解散すれば元に戻っているのかもしれないが、再び組めば解散時のレベルになっているのがまあ定石セオリーだろう。


 イベントなどではあっさり死んだりしているので、「いやお前、俺と一緒にラスボス倒せるまで強化したやんか!」となることも少なくない。


 それがこの世界でも適用されると仮定した場合、かなりめんどくさいことになる。


 俺がパーティーメンバーに選んだ人間は、プレイヤーに準ずる力をその身に宿す可能性があるのだ。

 適用されるとしたら、パーティーメンバーたちには組んだと同時に『レベル』と『H.P』が生えることになる。


 本当にそうなるのか。

 なるとしてそれはパーティーを組んでいる間だけなのか、解散しても維持されるのか。


 そのあたりを明確にしてからでないと、うっかり他の新人冒険者ルーキーたちとパーティーを組むのは危険なのだ。

 結果如何によっては、俺自身が「超人製造機」という、この世界にとっての不正行為チート装置になる可能性も否定できないのだから。




 よってとりあえずの実験体は、『騎士』のターニャさんと、『格闘士』のマスター・ハラルド、『黒魔』のヤン老師にお願いするしかない。


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