第044話 オーバー・ライト

 8:30AM


 会社というわけでもあるまいに、なんとなく9:00AM前には冒険者ギルドに到着してしまっている俺である。

 それだけであればごく普通、沁みついてしまっている一般常識として笑い飛ばすこともできるのだろうが、この時間に来ていてもなお「遅い」ような気がして落ち着かないアタリが笑えない。


 我ながら社畜根性ここに極まれりといった感じだ。


 ちなみに俺にとっての一度目のこの時間、俺は娼館『蜃気楼』にを敢行しており、アリスさんとじゃれながら迷宮都市ヴァグラムにおける力関係なんかを確認していたあたりである。


 冒険者ギルドへ行くという約束をすっぽかしてそれって、冷静に考えるとなかなか剛毅というか屑の所業だよな。


 よってディマスさんが殺された展開を無かったことにしたままの流れで、そのために時間を潰していた屑の所業も上書きオーバー・ライトして、本来あるべき流れにしていっている最中というわけだ。


 ともかく昨夜の大事おおごと


 ディマスさんの救出と、まだごく一部だとはいえ大商会『三大陸トライ・カンティネンツ』を自分たちの支配下に置くことは、とりあえず上手くいったとみていいだろう。

 あの後ディマスさんが意識を取り戻したカイン氏相手に、それはもう嫌らしい交渉を仕掛けていたのでそう簡単には敵に回らないはずだ。


 ディマスさん曰く、あんなのは『交渉』ではなくただの『説明』だと仰っていたが。

  

 その過程でどうしても頭が残念だったカイン氏の配下一人を、エメリア王国とヴァリス都市連盟の国境付近に存在する魔物領域テリトリーのひとつを、一時的とはいえ魔物モンスターが不在となるまで狩り尽くした。

 結果『格闘士』のレベルが50を超え、やたら強力な能力スキルを取得できたのは嬉しい副産物といえるだろう。


 人を殺すことにはもうちょっと抵抗があるかと思っていたのだが、相手も人を平気で殺すような精神の持ち主で、その上彼我の戦力差も理解できないような馬鹿だと我ながら意外なほどすんなり首を落とすことができた。


 ディマスさんを一度殺している相手だと知っているのが大きいのだろうとは思う。

 当のディマスさんはかなり引いておられたが。


 いや俺も普通に刃物で首を落とすとかだと躊躇したのかもしれないが、『格闘士:Lv48』としての武技を使えば冗談みたいに簡単なので、なんかサラっとやれてしまった。

 ゲーム脳が極まっていると思わなくもないが、今後「敵対者」に対していちいち殺す覚悟とか構えなくていいとわかったことで、わりと気が楽にもなった。

 

 ゲームの世界が現実化しているからこそ、ある程度の容赦なさといのは必須だと思うのだ。

 実際俺が躊躇なく首を飛ばしたことで、カイン氏以下みなさんには「ごちゃごちゃぬかすと殺される」と理解していただけたようだし。


 あと地味に人を殺しても経験値が入るのが怖い。

 しかも下手な魔物モンスターよりも多いんでやがんの。

 さすがに『分解』はできなかったが、死体を異層保持空間ストレージに取り込むことは問題なくできた。

 

 ちなみに俺が殺した馬鹿は、カイン氏の手下たちの中では頭一つ抜けた強者だったらしい。

その強者とやらがまだしゃべっている途中に俺が首を落としたことで、残りの連中はカイン氏を含めてとても大人しくなった。


 絶対的な彼我の戦力差思い知らせて恐怖を植え付けるという『鞭』が成ったとなれば、あとは利益という『飴』を与えるだけだ。


 ちょうどよかったので近隣にあった魔物領域テリトリーのひとつをボスも含めて狩り尽くし、それらを『三大陸トライ・カンティネンツ』がどう捌くのかを見せてもらうことにしたというわけだ。

 事がこうなった以上、ディマスさんに預けていた魔物モンスターだけでは足りないのは明らかだし、ちょうどよかっともいえる。


 今現在も情報が世界中に拡散していっている最中だろう赤竜レッド・ドラゴンよりは格下ばかりだったが、少なくともボスは『牙狼王』級だったので問題はあるまい。

 それ以上が必要となればまた狩るのもいいし、異層保持空間ストレージから見繕ってもいい。


 これだけの『飴』をあっさり与えることが可能だという事実は、あるいは馬鹿を一人殺したことなどよりよほど『鞭』にもなっただろうし、当面はディマスさんとカイン氏にまかせておけばいいだろう。


 『三大陸トライ・カンティネンツ』では抗しきれない『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』や『聖教会』が出張ってきたら、また俺が出ていく必要もあるのだろうが、その辺は世界を股にかける大商会としての手腕を期待したいところである。


 ディマスさんとカイン氏には「何かあっても意地を張らずに生き残ることを優先してください、時間を稼いでくれた方が俺も駆けつけやすいので」と告げておいたので今後は従ってくれるハズだ。


 今回ディマスさんの危機に実は一度間に合ってなかったのは内緒である。

 カイン氏は実際に経験しているので、力強く頷いてくださっていた。


 カイン氏といえば、意識を取り戻してからは恐怖に恐れ戦くどころか、俺の力を後ろ盾に『迷宮保有国家連盟ホルダーズ・クラブ』や『聖教会』に対等以上の喧嘩を仕掛けられることが嬉しくてたまらないらしく、俺が弱体化でもしない限りは裏切りそうにもなかった。


 命乞いの内容がただ死に対する恐怖ではなく、これから面白くなるのにそれに参加できないことを本気で恐怖しているというのが凄い。

 味方にすればかなり使えそうだし、あっさりディマスさんの手下として馴染んでいたのもすごいというか、なんか怖い。


 ディマスさんはディマスさんで「商人ってのは利が勝る限り裏切らんと思うぜ?」などとからから笑っておられたので、実はいいコンビになるのかもしれない。


 まあお任せしよう。


 そこから再び『時間停止』を発動して迷宮都市ヴァグラムここへと帰還し、アリスさんを味方になるように口説いた上で、今の出社――もとい、冒険者ギルドへ訪れることに相成っているわけである。

 ちなみにアリスさんは、自分も含めた『蜃気楼』の嬢たち全員の安全と生活を保障してもらえるのであれば、全面的に俺の味方に付くと言ってはくれている。


 本来であればとんでもない条件なのかもしれないが、わりと今の俺にとってはお安い御用だと言ってしまえる。

 そのあたりも今日、冒険者ギルドで片づけてしまいたいところではある。

 

 ことほど左様にやるべきことは多いが、『時間停止』発動中に充分睡眠はとれているし、アリスさんに用意してもらった食事も食べているので体調にはなにも問題ない、というかすこぶる調子はいい。


 眠気眼をこすりながら、徹夜明けに無理やり出社というわけではないのだ。


 とはいえこの世界の時間でいえば俺の意識が覚醒してからまだ24時間もたっていないにもかかわらず、俺の主観時間ではすでに『時間停止』×6回=144時間がプラスされているのでなんか妙な感じだ。

 やっていることは徹夜作業どころではないのだが、充分に休養もできてしまうあたりが冷静に考えてみるととんでもない。


 いやゲームとして考えても、ゲーム内時間で一日も経過していないのにレベルは50超えるわ、各種イベントを並行展開しているわとなればまさに不正行為チート野郎の所業である。


 ぐうの音も出ないほどその通りではあるのだが。


 まあ一つ一つ片付けていくしかないし、今のところダルさよりも面白さの方がずっと勝っているから特に問題はない。


 まずは新人冒険者ルーキーらしい行動を開始しつつ、できることからやっていくのみである。

 

「おはようございます、マサオミ様」


「えっと?」


 そう思い定めてギルドの立派な扉を潜ると、入り口で待ち構えていたらしい上品な感じの女の子が挨拶をしてくれる。

 俺の名前を口にしているので間違いということはあり得ないが、この娘いつから待っていてくれたのだろう。


 桜色の髪をロング・テールに纏め、同じ色の優しそうな瞳をした女の子。


 年の頃は20前後か、背はそう高くないがやたらメリハリのきいた曲線の持ち主である。

 籠護女かごめの中のヒトほどではないし、個人的にはアリスさんやターニャさんのようなバランスタイプの方が好みだったりするが、魅力的であることは間違いない。

 美しさだけでいえば頭一つ抜けていると個人的には思っているリィンについては、あえてスタイルに関する言及は避けよう。


「私は本日よりマサオミ様付きの受付嬢を拝命致しました、ティファ・ヴァロアと申します。今後とも何卒よろしくお願いいたします」


 ああ、昨日ちらっと名前が出ていたな。

 確か貴族の子女だとかなんとか……


 確かに綺麗な娘だし、そういわれれば気品のようなものも感じる。

 とはいえ昨日からリィン、ターニャさん、アリスさんとどえらいキレイどころとばかり知り合っているので、意外と衝撃は少ない。


 慣れとは恐いものだし、人間経験を積むことに勝るものはないのかもしれない。



 まあ。


 朝からアリスさんとじゃれついていたので、今もって俺が半賢者モードであるという理由が一番大きそうではあるが。

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