第041話 【side_ディマス・ラッカード②】

「どうやってを手に入れました?」


 初めから期待はしていない懐柔策にディマスが乗ってこないことなど織り込み済みとばかり、ため息を一つついて極シンプルな質問を投げかけるカイン。


「貴方がここ数日どういう行動をしていたかある程度は掌握できています。魔物商品を仕入れるために向かった迷宮都市ヴァグラムに入らなかったことも含めてね」


 当然だがすでにカインは『ディマス・ラッカード』という商人に関する、この世界で手に入る可能な限りの情報をその手に掴んでいる。

 奇跡が起きてこの場から逃れられたとしても、『三大陸』が存在する限りディマスがその長い手から逃れることは叶わないということだ。

 それに本人のみならず、ディマスと関わりのある人間すべてを必要とあれば眉一つ動かすことなく手にかけることも疑いえない。


 世界的な組織を敵に回すとは、そういうことなのである。


「その前に一つ確認させてくれ。あの荷を狩れる存在が俺の背後にいるってのは、キチンと理解できてるんだよな?」


「そうですね。だからこそあなたの身柄を確保してから今の時間まで待ちました。しかしなんのアクションもない。つまり信じられないような戦闘力を持ってはいても、所詮冒険者の域を出ない相手だということでしょう。そうであれば我々が畏れるには足りませんね」


 ディマスがここから生還できるかもしれない、たった一つのカードですら、期待したほどの効果を発しない。

 しかもカインが特に虚勢を張っているわけではないのが、残念ながらディマスにもわかってしまう。


「アレを狩れるほどの相手だぞ?」


「そういう意味でいうのであれば、我々は『牙鼠』を狩れる冒険者様にも太刀打ちなどできはしませんよ」


 無数のとんでもない魔物モンスターたちの亡骸だけではなく、実際に『牙狼王』を倒してのけたマサオミを見ているだけに、ディマスはカインに喰ってかかる。

 

 本当にアレを敵に回して勝てる算段があるのか、疑問に思うのは当然だろう。


 だがカインは落ち着いたものである。

 彼らのような人間にとって、魔物モンスターに対して強いの存在であれば畏れるに足りないというのはハッタリでもなんでもない。


 だがあまりにも常軌を逸した戦闘力を有していることはディマスの荷を見れば明らかなので、自分たちの理解の及ばぬ力を持っているかどうかを確認するために、この数時間念のために様子を見ていたということらしい。


 もしも誰も知らないような超常の力を持つ存在なのであれば、あれだけの商品を与えた相手ディマスを見殺しにすることなどありえないと判断したのは妥当なところだろう。


 まさかディマスの荷が、マサオミにとっては「ありゃ」程度で済むシロモノだなどとはさすがの『三大陸』の買人バイヤーであっても予測などできるはずもないので無理もあるまい。


 よってカインはディマスの背後にいる存在は「とんでもない戦闘力を有してはいるが、冒険者たちの延長線上に過ぎない」と判断したのだ。


 さすがにその存在が娼館で色惚けて眠りこけてしまった結果、現状を見逃していることを想定できるはずもない。


 超然としているように見えるカインですら、常識的に考えてあれだけの荷が無事に想定通りの場所に到着するかどうかを確認できるまでは、眠ることはおろかまともに食事も喉を通らないだろうと思えるからだ。


 その金銭的価値だけであれば、あるいはもっと悠然と構えることもできるだろう。


 だが今まで市場に流れたことなどない魔物モンスターを扱っていることもさりながら、その黒幕マサオミ手先ディマスが画策しているのが魔物モンスターという商品の既得権益を独占している『冒険者ギルド』を出し抜こうとしているのだからなおのことだ。


 カインとしてみればディマスの身柄を確保する瞬間が、最も緊張していたと言っても過言ではない。

 だが何時間待っても、ディマスを助けに誰も現れることはなかったのだ。


 だったら黒幕とても畏れる存在ではない。


「ただしそれは正面から相対すればの話ですけれど」


 カインはディマスよりも「冒険者」という存在を詳しく知っている。


 人とは思えないような身体能力、超常能力を以て魔物モンスターを狩る彼らの攻撃力は確かに脅威だが、防御力に関しては人とさほど変わらないことを知っているのだ。


 小刀で急所を刺せばあっさり死ぬし、矢で射ても当たり所によってはすぐに死ぬ。

 毒も効くし、寝込みを襲えば魔物モンスターなどよりもよほど簡単に殺せる。


 ある程度以上の強者となればやたら殺気に対しては敏感だが、カインたちのような組織が飼っている連中は、そういうのを消すことには長けている。

 魔物モンスターにはどうやっても勝てないが、連中は刀で突けば殺せる相手には圧倒的な優位に立てるのだ。


 確かに迷宮ダンジョン接敵エンカウントすれば苦も無く排除されるだろう。

 だが地上で暮らす冒険者たちが、日常の中に潜んだその悪意に対抗することは不可能に近い。

 それに「脅す」ということであれば、本人は無敵であっても近しい人間を人質にとることにもなんの躊躇も持ちはしない。


 少なくカインが知っている冒険者がどれだけ強くあったところで、彼らの『悪意』に抗することができるとは思えない。

 冒険者とて社会に所属して生きる一人の人である以上、いくら個としての力が強くても御しようなどいくらでもあるのだ。


 だからこそ警戒すべきは対策どころかそれ以上のこともやってのける、自分たち以上に巨大な組織である『冒険者ギルド』や『聖教会』であって、そこから離れた冒険者個人であればさして脅威ではないと看做しているのだ。


 だからこそディマスの荷のような魔物モンスターを狩りながら、『冒険者ギルド』の規律ルールにも『聖教会』の規律ルールにも従っていないような存在がいれば、なんとしても自分たちの手駒にしたい。


 今までも幾人かはそう言った人材を確保出来てはいるが、今回の荷を狩れる存在ともなれば、たった一人で現在の世界の均衡バランスを崩すことすら可能かもしれないのだ。


 この世界において『三大陸』のような大商会であっても『冒険者ギルド』や『聖教会』を意のままにできないのは、魔物モンスターと戦い得る力のほとんどをその両者に掌握されてしまっているからなのだから。


「今日の日中、迷宮都市ヴァグラムにおいて巨大な『赤竜レッド・ドラゴン』が狩られたなどという俄かには信じられない情報も入ってきています。十中八九与太話だと判断していましたが、そこへ貴方があれらを積んだ馬車を牽いて迷宮都市ヴァグラム方面から現れたのですよ」


 カインは当然、日中は移動していたディマスが知り得るはずもない最新の情報も掴んでいる。

 まあディマスにしてみれば、それをやらかしたのがマサオミであることは話を聞いてすぐに確信できたが。


 おかげで安心もできた。


 かの迷宮都市ヴァグラムでそれだけの大事をやらかしたのであれば、あの妙に世間知らずなマサオミの存在は、すでに『冒険者ギルド』や『聖教会』も知るところとなっていることは間違いなからだ。

 小国とはいえ『迷宮保有国家連盟』にその名を連ねるエメリア王国の迷宮都市ヴァグラム総督府も、確実にその存在を確認できているはずだ。


 であればいかな『三大陸』とはいえ、迂闊に手を出すことも叶わない。

 もっともカインの自信が虚勢ではないとはいえ、それがあのマサオミに通じるとも正直思えないディマスではある。

 手を出せば『三大陸』は自分たちが想定している以上の痛手を確実に喰らう。

 事によっては地上から消え失せることすらもありえる。


 ディマスのハッタリにビビってここで手を引くのが、あるいはもっとも軽傷で済む可能性が高いのだ。


 とはいえディマスが置かれている今の状況が、なにか改善されたわけではない。


 人質という使い方も考えられるが、マサオミ本人はともかく冒険者ギルドや聖教会がディマスを尊重するというのも考えにくい。

 それにこの状況で助けが入らないということは、さすがにマサオミもそこまでとんでもない能力を持っているわけではないということだろう。


 つまりディマスとしては詰んでいるままなのだ。

 誰もその盤面をひっくり返してくれてはいない。


 もっとも己が判断して、命をかけることも理解しながら商人として結果なので、そこをとやかく言うつもりはない。


 あとはできるだけ楽に死ぬか、できるだけ死ぬかの選択だ。


「さて、答えてはくれないのですか?」


 これ以上の会話は無駄と判断したカインが、今までと変わらぬ様子で確認を取ってくる。


 だがこれは最後通牒だ。


 最初にディマスが言ったとおり、ここでマサオミについて知っている限りの情報を吐けるだけ吐けば、別に必要もないので拷問もなしに楽に殺してくれるだろう。

 

 上手くすれば先刻のカインの言葉は嘘などではなく、ディマスなど取るに足りない存在として、明確に敵対しない限りは生かしてくれるつもりなのかもしれない。


 要はディマスが商人としてのったこの賭けの結果に、己としてどういう始末の付け方を選択するかというだけだ。


「……同じ商人として、ずっと格上であるアンタに一つ聞きてぇんだが」


「なんでしょう?」


「アンタが俺のお客様だとして。信頼して任せた商品を格上が現れたからってほいほい譲り渡して、その上アンタの情報までうたう相手を『商人』だと思えるかい? そいつがその格上の背中に隠れてへらへらしながら、「この方々と取引した方が得ですぜ?」とでものたまいやがったらどう思うね?」


「…………」


 だからまあどうせ死ぬなら、死ぬ方をディマスは選ぶことにした。

 万が一命は生かされたとしても、そうなれば「商人」としてのディマスはどのみち死ぬのだ。


 だったらそれがどれだけの苦痛を伴うことになるのだとしても、商人としての負けの精算だけはしておきたいと思ったのだ。

 

 正直ディマス自身にしても、この己の選択は意外なものだった。

 自分はこんな状況に置かれたら、カインの靴を舐めてでも助命を懇願するタイプだと思っていたのだが。


 ――人間、最後の瞬間までは自分のこともよくわかってねえもんなんだな。




「俺は間抜けでしがなくても『商人』だったらしくてな。だから商品は売っても客は売らねえ」




「後程、また同じ質問をさせていただくことにしますよ」


 カインが醒めた目で椅子から立ち上がり、指を鳴らす。

 それと同時に燈されていた灯が落ちた。




 真の闇。




 ディマスが己の負けの精算を終え、なにも歌わぬままに想像を絶する苦痛からやっと解放されたのは、夜が明ける直前頃のことだった。

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